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死神伝  作者: 原沙良葉
2/2

第一話


ちかり、と電球が瞬いて

(あ、)

レイは床に伸びる自分の影がゆらめくのを眺めていた。

窓のない長い廊下は人っ子一人いない。レイ以外の死神はおそらく皆仕事に出かけ、それ以外の死神見習いは眠っているのだろう。

自分も先ほどまで眠っていた。にも拘わらず廊下に設置された長椅子に腰かけて、こうして一人で入室の許可を待っているのは、直接の師匠であり自分の担当教官でもある彼女の執務室に急に呼び出されたからに他ならない。

(一体、なんの用事なのかなあ)

今季の任務目録は先日発表されたばかりだ。もう長いこと見習いと実習の立場の狭間で宙ぶらりんになっている自分に充てられた任務は、今回もなかった。

それを喜べばいいのか悲しめばいいのか。

(残念がらなければいけないはず、なんだろうけど)

く、と眉が寄るのが自分でも分かった。

惨めだ。仕事がなくてほっとしている自分も、同情を含んだ周囲の視線も、嘲笑を含んだ口さがない噂も。

出来そこないの死神見習い。

窓のない廊下は薄暗い。もっとも、この建物の中に窓のある部屋なんてありはしない。薄暗いのなどいつものことなのだけれど。

(師匠、まだかな・・・)

皺になったスカートの裾をゆっくり握りこんだ。


一方で、部屋の中にいる彼女もまた一人顔を顰めていた。

ほどよく筋肉の付いた高身長は、いまは堅そうなデスクの椅子に収まっている。

手の中にある書類を見おろし、何度目かのため息。

酷く不機嫌そうな腹立たしそうな表情のまま、飲みかけのコップを邪険に押しやって、デスクに肘をつくとまたため息を吐く。

「あーくそ」

どうしようもないことだと、いつかは来ることだったのだと頭では分かってはいるのだけど。

機嫌が急降下していくのは止めようがない。くしゃりと殺鬼は自身の薄い茶色の髪を掴んだ。

(それもこれも、あの糞馬鹿弟子のせいだ)

殺鬼にはもう見慣れた指令書。そこには殺すべきターゲットと場所と時間と。そして仕事を実行すべき死神の名前が記されている。

彼女に人が殺せるとは思えなかった。

初めて出会った頃からずっと変わらない。いつも間抜けな笑顔を浮かべている、出来の悪い馬鹿な弟子。

それでも。

ターゲットを殺さなきゃ消される。

既に一度失敗している彼女にもう「次」はない。役に立たない存在は排除される。

(レイが消えるところを、)

見たくは、ない。

今日でもう何度目だろう。また一つ、深いため息をついて。

廊下で自分の言葉を待っているだろう少女を部屋に入れるために、殺鬼は重い腰を上げた。




はあ、と窓枠に腰かけたままライは一つため息を吐いた。

吹いていた笛をゆっくりと降ろす。

最近はもっぱらこの笛を吹くことが自分のストレス解消にでもなっていそうだ。

俯くと、自身の髪が微かな月明かりに光るのが分かった。綺麗な金色のそれを耳にかけ直す。

何もしていない今も淡く青い光を発する笛をくるり、と手の内で回した。

(キョウは眠れているのだろうか。)

静まり返った隣の部屋を思う。小さな手のひらと白い肌。

何を考えているのか分からない無表情なあの守護者は、自分たちを恨んでいないだろうか。

何百年と住んだ住処を奪われて、存在意義であるはずの笛を奪われて。

(たとえ恨んでいたとしても、)

自分たちの目的の為にも、もうこの笛を返してやることはできない。

今夜はやけに空が暗い。

(もう眠ろうか。)

ベッドへと踵を返そうとして、

ふと、足を止めた。

笛が手の中で震えた。気のせいだろうか。それでも、

(この気配はたぶん、気のせいではない)

窓の外に何かが、いる。

「誰だ」

警戒心を滲ませた、低く落とした声が部屋に広がる。

一瞬、二瞬。広がる闇はそのままで、答えはないように思えた。次の瞬間、

「よく、分かりましたね」

ふわりと、窓の外から返ってきた澄んだ声と共に、闇の中から大鎌を抱いた少女の姿が浮かび上がった。

肩までの黒髪を揺らしてにこり、と笑う少女の足は宙に浮いていて。

「っ、」

死神。

とっさにライは窓から後ろへと飛び退った。同時に反射的に湧き上がった憎悪を理性で抑え込む。

(どうして死神がここに来た?)

自分たちの行動がばれたとは考えづらい、はずだ。派手な行動はしていない、笛の譲渡も穏やかになされた。笛を手に入れたからといって自分たちの目的を死神側が知るはずもない。

「何しに来た、死神が。」

とっさに腰を落として応戦の構えを取る。投げかけた問いはただの時間稼ぎだ。死神が現れる理由など一つしかない。

騒ぎにすれば無関係な宿の人間まで巻き込まれる。隣の部屋の仲間たちは眠っているだろう。ここで自分が食い止めるしかない。

ライの言葉に少女は虚を突かれたようにぱちぱちと瞬いた。部屋へ、性格にはライへと進めていた足をふと止めた彼女に、先ほどまで隠れていた月の明かりが差す。

「私たちのこと、知ってるんですか。」

珍しい。少しだけ小首をかしげ呟いた少女の唇は、

震えていて。

(?)

ふと、強烈なまでの違和感にライは眉を顰めた。

こつりこつりと響く足音は間隔がばらばらだ。胸元で鎌を握りしめた手は小刻みに震えている。

何よりライを見つめた瞳の奥のあの感情は、

(恐怖・・・?)

握りしめた笛がふるり、と震えた。

ふと視線を下げた少女は、ライの1メートルほど手前で足を止めた。

「何か言い残したいこととかあります?」

「言えば、伝えてくれるとでも?」

切り返すと息を飲んで

難しいでしょうね、と返答がなされる。

(恐れている?死神が?)

手の中の笛に注意を払っているようには見えない、無防備にここまで近寄ってきたことを考えても、ライの能力自体を知っている様子もない。しかし他に既に死したる者の死神が恐れるようなものがあるだろうか?

警戒するというよりむしろ怯えるような感情のそれは、

(一体何を、恐れている?)

す、とうつむいていた彼女の顔が上げられて

「それでは、」

(ああ、)

真正面から見た少女の瞳は

(この死神は、)

殺すことを恐れている。

「サヨナラ」

振り上げられた鎌が勢いよく振り下ろされて

ぎゅ、と少女が目を閉じるのを感じ取って、ライはとっさに右手に握る笛をかざした。


勢いよく振り下ろした鎌に伝わったのは覚悟していたそれではなかった。

肉を裂くそれでも骨を突くそれでもない

(、なぜ)

鎌をとどめているのは、

(笛?)

恐る恐る目を開いたレイの視界に真っ先に飛び込んできたのは群青色の笛だった。

少年が逆手に持つ横笛。材質は石か何かだろうか。なめらかで硬そうではあるが、この大鎌を受け止められるような物質が現世にある訳がない、と一瞬でそこまで思考したところで、レイはもう一つ妙なことに気が付いた。

(光っている)

笛が発光している。

手が動かない。

明らかに異常事態だ。早く逃げるべきだ、何をしているんだと脳のどこかで警鐘が鳴り響く。

青い清浄な光は熱を持たず、しかし確実にどんどん大きくなっていった。

笛を持つ少年の腕を、受け止めた鎌を、鎌を持つレイの腕を包んで狭い部屋を満たしていく光。

自分を見つめているであろう少年のことはもうレイの意識にはなかった。

ただその光に見とれていた。

(ああ、私は死ぬのかもしれない)

ばちばち、と鎌が小さく不吉な音をさせ始めていた。

(消えるのは嫌だけど)

師匠の顔が頭をよぎる。ちくりと罪悪感が刺さるのを感じた。

(ああ、でも)

自分を愛してくれた優しい彼女を置いていくのはとても悲しいけれど。

ふわり、と光が収まっていくのと共に意識も遠のいていく。

彼を傷つけなくて良かった。

その思いが胸をよぎるのと同時に光が消え、レイはその場に崩れ落ちた。



横たわる少女を複雑な思いでライは見おろした。

自分とてこの笛をそこまで完璧に操れる訳ではない。笛への意識を高め、その力を対象へと向ける。

強い力を持つこの笛で相手の意識だけを奪うなんて器用な真似が出来るとは思っていなかった、のに。

(事実として目の前にある、か。)

何事もなかったかのように静まり返った部屋に、ライはやっと体から力を抜いた。

意識を失って倒れ伏す死神は、正体を失くしてはいてもその命までは失っていない。もっとも、死神はもとから死んでいるのでその表現は適切ではないのだが。

(なぜこいつを消さなかったのか、)

否、消せなかったのか?

コントロールが難しいはずの力の調節を出来たのは自分がそれを無意識に望んでいたから、なのだろうか。

(死神に慈悲なんて抱くつもりはなかったのに)

それでも恐怖の意味を知りたいと思ってしまった自分がいて。

翌日の仲間の反応を思って、ライは一つため息を吐いた。




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