第24回:月下憂愁
月下憂愁は造語です。四字熟語ではありません。念のため。
日が経つにつれて、見る見るタンゴは元気になっていった。
まるでご主人様のことなど忘れてしまったかのように。
いや、忘れるはずなどないのだ。
その証拠に、時折タンゴが空をあおいでみせる表情はそこにはいない誰かを見るように、愁を帯びてジェラスの目に、大人っぽく映った。
「ねぇ、ジェラス。今日のお月様はきれいだね」
満月の夜にタンゴは言った。
夜空に浮かぶ黄金の標。猥雑とした町並みを鏡のように表面に移す。
月の女神が微笑んでいるような魅力は魔性を感じさせ、あまりの美しさに寒気すら覚えた。
「きれいだね。あんなに大きくて、きれいで、星たちはお月様のことどう思っているんだろう」
月光を浴びて、その身に薄ぼんやりとした灯りをまとう。
瞳の揺らぎの中にすっとまっすぐを見つめる意志。
ジェラスには、タンゴに月の精が宿っているかと思えた。
「ぁあ……」
生返事がこぼれて、消えた。
「うらやましかったりするのかな、大きくて邪魔だなって思っているのかな、ボクは違うと思うけど」
「じゃあ、君はどう思うんだい?」
「うん……そうだね。とっても……頼ってる、かなぁ。自分たちよりも明るくて、温かくて、安心しているのかもしれない」
その後は二人とも声をあげることもなく、ただ見ほれるばかりだった。
タンゴはユーワのことには一言も触れず、毎日を送った。
午前は庭で運動をし、昼に食事と食休みをとるとまた運動。グロリアが帰宅すると許可を得て読書をした。当初、グロリアはタンゴを書庫に立ち入らせることをしぶったのだが、ジェラスの口添えで許された。
「ありがとう、ジェラス」
「夜までバタバタされても困るからだ」
「あ、そっか。そうだよね。夜は静かにしないとね。まっくらは静かな方が似合うもんね」
「……そういう理由じゃないと思うけどね」
この時点で既に気づいているべきだった。
ジェラスも優秀な使い魔ネコとはいえまだ歳若い。
適応力や柔軟な思考とは持っているはずだったが、長年の経験の積み重ねから来るような変化を見極める鋭敏な嗅覚とでもいうようなものが欠けていた。
また、変化の先にある未来を想像する力にも乏しかった。
烏猫とはいえジェラス程度に責任を求めるには酷というものかも知れなかった。
真に優秀な使い魔ネコの素養に多少の魔力の大小など……毛色など関係がないのだから