第20回:スケープゴート
「なんや、えらい落ちこんどるなぁ、どないしたん?」
ロンドがふさぎ気味のタンゴに声をかけた。
集会から数日。今日は学期末試験に向けて魔女たちの勉強会。
ユーワの家にステフとその妹のエリーが来ていた。
「なんでもないよぅ、ひみつ」
「ひみつってことはなにかあったってことやんか」
苦笑をもらすロンドの後ろでぬらぬらと光る緑色。
「こんにちはぁ〜」
エリーの使い魔であるカエルのポルカ。とっても動きのスローリィな彼はゆっくりと近づいてきた。
3匹は集会で既に顔見知りだ。フレデリアが殺される一件があってからは3匹のご主人たちはよく話をするようになった。双子の魔女は他の魔女たちに忌避されているから唯一彼女らを受け入れるユーワとは当然のように話す機会も増え、その延長として勉強会を設けるようになった。
「最近おもろいことはないか?」
しかし、なにか。
「お前、どんな魔法知っとる?」
タンゴは会話の端々に緊張感のようなものが漂っているような気がした。ロンドはなんだかなにかを探っているような雰囲気がして、ポルカものらりくらりとした態度で本音を言ってるように見えない。
ギスギス?
そんな音がしている気がしてタンゴは余計にぐったりした。
なんかやだなぁ。なんでもかんでも。
昔みたいにみんな仲良くすればいいのに。あの草原の家に帰りたい。
玄関の呼び鈴が鳴った。
洋風の扉が開かれゴージャスな服をまとった女が入ってきた。
つばひろの帽子に黒いドレス、肩にアイボリーのカーディガンをかけて、きつい薔薇の香りが全身から漏れ出している。
「あらぁ、みなさんおそろいで。お元気そうね」
黒煙の魔女、グロリアはその場に居合わせた歳若い魔女たちの顔を見回して言った。濃いめのアイシャドウの下の釣りあがった瞳が、すべてを見透かしているかのように鋭く走る。唇の端は笑っていた。
「今日はユーワさんにお話があってきたの。少しだけ借りてもよいからしら?」
「ユーワに、なんのようやねん。組合筆頭のグロリア様が」
「プライベートなことよ。話す義務はないわ、ステファン」
グロリアはフレデリア殺害の犯人探しに人一倍執心していて、ステフもエリーも問い詰められた経験がある。それからというもの、2人は犬猿のような仲になっていた。ふっと鼻で笑うと、グロリアはユーワに向き直り、
「ユーワ、いいかしら?」
ユーワはうなづき、グロリアをつれて2階へと消えた。去り際、エリーやタンゴに安心するよう微笑みかけて。大丈夫、なんでもないから、と。
「今度はユーワを疑っとるっちゅうことか? それともユーワにあたしらのこと聞こうってのか。どっちにしろ、あのすました態度、ほんま腹立つわ」
「まぁまぁ、ステフ。ええやないの、根も葉もないことなんやし、そのうちわかってくれるわぁ。それよりあんたは試験のことだけ考えぇ」
ステフは頬を膨らましてシャーペンを握りなおした。
「ジェラス……」
グロリアとともにやってきた使い魔ジェラスは、今日はひどく元気がないように思えた。
「なんや、いつもの調子でこいや。気味悪いやんか」
ロンドの軽口にも、とげとげしさはない。ポルカも心配そうに見えていた。みんなジェラスの表情のおかしさに気づいていた。
「タンゴ……悪いが僕はご主人様に報告義務があるんだ」
ジェラスは辛そうに言った。
「悪魔との契約の話。ご主人様に言わせてもらった」
2階からゴウと暴風がガラス戸を叩くような音がして、氷が割れるような音が続いた。間に、悲鳴のようなものも混じっていた気もする。
「あるんだろう? 悪魔との契約方法が書かれた本」
それは、魔女の間ではごくありふれた書物。よほど位の低い出の魔女でなければもっていて不思議ではない。けれど、公的には所有しているだけで処罰の対象となる禁忌。
ロンドは察した。
グロリアは魔女たちの動揺を収めるためにいけにえを選んだんだ。
犯人を捕らえたとあれば、とりあえずは落着するし、自分の株も上がる。たとえフレデリア殺害の犯人じゃなくても、禁忌の本所有は確かであるから誤認逮捕ではないし、処分を下すことで監視側当局への面目も立つ。
ユーワはスケープゴートにされたのだ。
「悪い……」
タンゴにはなにがなんだか理解できなくて、ジェラスの声も耳に届かない。
呆然としたまま立ち尽くすしかなかった。
一身上の都合によりこの第20回以後しばらく休むことにしました。半月くらいでしょうか。せっかく評価もいただいたのに、すみません。充電してきます。まぁ、待っている人なんていないわけですが(苦笑)