第16回:烏猫の動揺
以前から別に不満はなかった。
他のネコより速く駆けられた。他のネコより狩りも上手かった。力も強かったし、なにより色が黒かった。
烏猫。町一番の使い魔、ジェラス。
仕えるご主人、グロリア様も強い力を持っている。優秀な魔女と使い魔であることが、誇りだった。自分に劣るネコを従え、または追い散らし、使い魔として充足した日々だった。自分がうまくやり続ける限り、贅沢な生活も、自分の立場も、約束され、欠けることなく続いていく。
でも、どこかそんな新鮮味のない日常に飽きるような、時折そんな気がしていたのも確かだった。けれど、だからといって変化はこなかった。
そいつはある日やってきた。留学という名目の若い魔女につれられて。
嘘くさいまでに真っ黒。純朴そうなご主人。なんとなく、気に入らない。
だから、いつものように先輩猫としてこの町でのルールを教えてやった。
タンゴの化けの皮がはがれるのにそう時間はかからなかった。
ミルクに溶けた染料。びしょ濡れの惨めな姿。
その日からジェラスはタンゴをバカにし始めた。
ジェラスにはタンゴが他のネコと同じネコとは思えなかった。
意地悪すると、かわいそうな顔をする。偽黒と呼ぶと、見た目にも明らかに落ち込む。でもおいしいお菓子を食べると、とたんに笑顔になる。
追い詰められたネズミにどこか似ていた。おもちゃみたいだった。
気づけば、意地悪せずにはいられなくなっていた。待ち遠しい集会の日には、自然とタンゴの姿を目で探す。どういじめてやろうかと嗜虐心に火がつく。もっとあいつの泣き顔が見たい。あいつの落ち込むさまが見たい。
知らずに夢中になっていた。
今日は集会。
待ち遠しかった、タンゴをいじめる日。
けれど、タンゴはジェラスの予想外の行動に出てきた。
目が合うなり、タンゴは駆け寄ってきてジェラスを動揺させた。
「ジェラス、君を待っていたんだ」
「なんだい、突然」
動悸がする。
妙に焦ってしまう。こいつの方から話しかけてくるなんて初めてだ。
けれど、すぐにジェラスは驚きでそんな気持ちさえ吹き飛んでしまうことになる。
「君にお願いがある」
そのお願いとは。
「悪魔と契約する。協力して、ジェラス」