第15回:捨て身の決意
「ねぇ、ご主人様。ご主人様は好きな人いる?」
「どうしたの、急に?」
「いいから、教えてください」
「そうね…ステフに、ばあやに…みんな好きよ。もちろん、タンゴ、あなたも」
ユーワはタンゴを抱え上げ、ひざの上で優しく毛並みをなでる。
「とても大好きで、とても大切に想っているわ」
「ご主人様ぁ」
タンゴは猫らしく猫なで声をあげる。
「ボクもね、ご主人様が好き。大好き」
「ありがとう、タンゴ」
ユーワの「ありがとう」を聞く度に、気持ちが明るくなる。優しくなでられる度に、心に灯りがともる。好きっていくら言っても足りない気がする。ずっとそばにいて欲しい。ずっとそばにいたい。
でも、あの小鳥のように、ユーワが大好きだった祖母がいなくなってしまったように、どれだけ好きでいても、ずっとそばにはいられないのかもしれない。いつか終わりがくると、先輩ネコもよく言っていた。
好きな人を好きだって言い続けられる力が欲しい。
少しでも長く、好きな人の想っていられる力が。
いばりんぼうのジェラスも力があると思う。取り巻きの猫たちは逆らわないし、鼻もねずみや虫取りの腕もいい。
けど、タンゴが欲しいのはそうじゃなく…うまく言うことはできないが、とにかくユーワのそばにずっといてもいいよと認めてもらえる力だ。
ジェラスのおどし。
アンチユダの話。
殺された魔女。
タンゴの心の隅っこに積もった不安感は、いつかユーワと自分を引き離すように思わせる。
力を手に入れないと。タンゴはこっそりと忍び寄る焦燥に襲われていた。ユーワの腕に抱かれながらも、それは虎視眈々と機会を狙っている。
早くしないとダメだとも思う。なぜなら、タンゴは黒猫じゃないから。魔女の使い魔は別に黒猫でないといけないということはない。烏や黒猫なんかがポピュラーだけど、基本的に魔法と相性の良い動物ならなんでも良いとされている。けれども、ネコならば黒が常識だ。黒はもっとも魔力を高め、神秘に通じる相性の良い色であるからで、ちなみにタンゴの地毛はそんなに良くはない。
タンゴは使い魔のネコの家に産まれた。
できそこない。役不足。期待はずれ。
最初にもらった言葉と、おぼろげな記憶。
「いらないな」
「あぁ、いらない」
生まれた瞬間に味わった喪失感。母ネコの落胆の色。使い魔のネコはなぜかなかなか丈夫な子が産めない。タンゴの兄弟は数匹いたが、ほとんどすぐに死んでしまった。かろうじて生きながらえたタンゴは黒じゃなかった。
「なめてはくれないの?」
母のぬくもりはなかった。だって、もうすぐ捨てられるから。母ネコも、すぐ別れさせられるとわかっている子供にいちいち愛情を注いでいては、後から来る悲しみに耐えられないのかもしれない。そういう環境だった。
さむい。
おなかすいた。
初めて出てきた世界はあんまりにも辛かった。
そこから救ってくれたのはユーワだった。でなければ、あのまま、見捨てられたまま死んでいた。その運命からユーワは救い上げ、母代わりの愛でみたしてくれた。
ユーワのためにならタンゴはなんでもできる気がする。いや、なんでもしなければいけない。
今は黒くはないけれど、黒くならなければ。優秀な使い魔にならなければ。役に立つ存在に。ユーワの枷にならない存在に。
ずっと愛してもらえる存在に。
タンゴはあまえを振り切ることは決意した。