第14回:アンチユダ
その日の夕食はシチューだった。ぷりぷりのエビがたくさん入ったあつあつのシーフードシチューと海草サラダ。タンゴの皿には別に用意された冷めたいわしカレーが盛られていた、猫舌だから。
夕食を終えるとすぐに「門限があるから」とステフは帰っていった。ワインをしこたま飲んでちょっとふらふらしながら。
魔術の本を読むユーワに寄り添いながらタンゴは今日のロンドとの会話を思い出していた。
「お前にはまだ早い思うが……その目は聞くまであきらめんちゅー目やな。しゃーない教えたる」
タンゴの真摯な態度にロンドは応えてくれたようだ。
「アンチユダってのは人の名前でもなければ動物とか化け物の名前でもない。思想のこと。信仰って言ってええ」
「シソー? シンコー?」
「なんや、それもわからんのか、ええかタンゴ。お前の未発達な脳みそにもわかるよーに言うたるからしっかり聞けや」
「口が悪いー、ぷー」
ロンドの言うには、アンチユダとは伝染する物の考え方のこと。
アンチユダにはとりつかれた者は神にあだなす存在を一切許せなくなり、憎むようになり、不殺の掟に背いてでも人を罰したくて仕方がなくなる。
たとえば、昨年わいろに手を出した神職者や新興宗教団体とは名ばかりの悪徳法人の幹部などがわかっているだけで十三人殺された。同一犯はいなかった。
暴走する正義感なんて新聞の見出しに載ったこともあるが、もう見飽きて誰も目にとめない。
偽神罰執行は魔女もターゲットにする。一昨年には魔女もアンチユダの手にかかった。
「本当にそのアンチユダは悪いやつなの?」
「ああ、そうや。魔女の天敵。しかも、だれがアンチユダかわからない」
誰もがなりえる存在。
「もしかして、魔女さえも、な」
ロンドの脳裏に殺された魔女のことが浮かぶ。だが、魔女たちの間ではアンチユダよりは秘薬のレシピ目当ての犯行なのではないかという線が有効だ。一部の魔女だけに相伝の秘薬。現行の魔女制度に満足していない実力主義の魔女たちはこぞって欲しがる代物だ。ステフは魔女の古い家柄出身だから、ロンドは何人もそういった魔術至上主義の復権に固執する魔女に出会う機会があった。
悪魔との契約は危険すぎるし、退廃的な儀式ともども規制されている。
そういった連中が、手段の一つとして秘伝のレシピの獲得を選ぶのも想像に難くない。
ロンドは主と同じ顔と母を持ちながら、別々に育った魔女のことを思った。彼女の家もまた伝統と格式に縛られた魔女の古い名家だ。
主の嬉しそうな顔を見ていると、そんな考えは後ろめたくなってくるが…使い魔としては最悪の事態も想定しておかねばなるまい。
ロンドは「どうしたの?」という顔をしているタンゴに気づいて「なんでもない」とはぐらかした。
「ところで、夕飯になったら、お前の分の海ぶどうくれや」
「ぶどう? 今日のデザートはりんごだよ?」