第10回:聖者達にささげるネコの悪夢
まぶしい。目が開けてられないくらいまぶしい。
ランプじゃない、人口の光。白熱灯。
パイプオルガンの音が流れている。腹に響く重低音。そういえば、聖歌も聞こえる。
「ここはどこ?」
ようやく目が慣れてきた。
新造のコンクリート床。真白い壁。妙にアルコールくさくて、タンゴは顔をしかめた。病院みたいだ。
「時間だ」
その声を聞いて、タンゴはすぐそばに男たちが立っていることに気づいた。
洗濯したばかりのようなシミひとつない白のローブ。頭にはもったいぶった縦長の帽子をかぶり、首からは十字架がたれさがっている。
その格好をしているのは1人だけで、他の男たちはローブは着ているものの頭をすっぽり白い布で覆っている。目のところだけくりぬいているわけではなく、前が見えているのかよくわからない。
縦長帽が一歩前に進み出て懐から出した本を取り出した。朗々と聖書の一節を読み上げる。タンゴは少しだけ聞き覚えがあった。
この人たちはなにをしているんだろう。なにかの儀式だろうか。
なんでこんなところに紛れ込んでしまったのか。それよりユーワはどこだろうとタンゴは頭をめぐらせる。
縦長帽は聖書を読み上げ終わると続いて声高に言った。
「汝、魔女ユーワ・レイ・クロウリー。罪深き悪魔の花嫁よ。我、たとえ地獄の業火に身を投じようと赤き血を清浄せしめん。いざ、いざ、汝の穢れを浄化せん」
え!?
最愛の主の名前を聞いて視線をやると、縦長帽の前の壁に大きな緑色がある事に気づいた。
それは緑系統の色でまとめられたステンドグラス。壁にはめ込まれたステンドグラスの手前には人一人乗れるほどの大きな十字架があり、実際、その十字架には人がはりつけにされていた。
はりつけにされているのは間違えようがない、ユーワだ。
「ユーワ!」
叫んで、近づこうとしたが白い男たちの足が邪魔をする。しかもなぜか、床が粘ついてタンゴはそこから一歩も動けなくなってしまった。
儀式は続く。
裸にむかれているユーワは静かだ。まるでもうなにもかもを諦めているかのように憔悴しきった目でぼんやりと宙を見ている。タンゴの存在にも気づいていないようだ。もしくは気づいていて、こうなのだろうか。
「穢れを浄化せよ!」
「浄化せよ!」
縦長帽の呼びかけに呼応して、ぬっと白い男の1人が進み出る。ジュウジュウと音がする。白い煙がたなびいている。煙をたどれば男の握る赤い棒に辿り着いた。むっとした熱気がタンゴの鼻先をあぶった。
「浄化せよ!」
あ
と、声を上げる間もなく、赤熱する金属の棒はユーワの額に押し当てられた。
絶叫。
断末魔にも似た。
それが自分のものなのかユーワのものなのか判断がつかない。
肉の焼けるにおい。
足が震えた。
男は休む間を与えることなく次々と場所を変え棒を押し当てる。つま先。内腿。わき腹。へそ。手の内。秘所。乳房。目…。
絶えることのない絶叫を押しつぶすかのように、歓声が湧き上がる。
喜びの声。
ハレルヤ。
魔女の罪悪を焼き清めるため、我らはあえて罪を犯そう。
我らがこの世のすべての悪を焼き尽くし、最後の咎人となるのだ。
ああ、ハレルヤ。
幸いなるかなこの世界。
神よ、罪深き我らにどうかご慈悲を。
タンゴは取り乱して、思いつく限りの罵詈雑言を放った。
どれもが、バカだの、トンマだの、怒る気にもならない稚拙なものに過ぎなかったが。
縦長帽は振り返り、高みから見下すようににやりと笑った。
直後、ユーワの焼けただれた身体に巨大な十字架が突き立てられた。
血が飛び散り、白い壁や床を赤に、緑のステンドグラスをどす黒く染めた。
事切れるユーワを呆然と眺めながら。
タンゴもまた十字架の下敷きにされた。
骨の砕ける音と肉の弾ける音が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでも良かった。
タンゴの意識は深い絶望の向こうへ消えていった。