第1回:ぷろろーぐ
夕暮れ迫った放課後、西日を遮る黒いカーテンのかかった窓からはグラウンドで行われている部活の声が遠く聞こえる。
暗室のような室内で少女が1人、もう1人いる少女に教えを請うようにパイプイスに座っている。
少女は地味な印象でそばかすが目立つ、おどおどしている少女とは対照的に静かな笑みを浮かべている少女は長い黒髪の、どこか神秘的な雰囲気をまとっていて、例えば占い師を思わせた。
「……それで、どうでしたか、おまじないの効き目は」
占い師の少女が尋ねた。
「はい……効き目はばっちりだったんですが、ちょっと……」
「なにか問題でも?」
「確かに私は『彼に私だけを見て欲しい』とは願ったんですけど……首が私のいる方向しか向けなくなるっていうのは違っているんじゃないかなって」
「……そう」
「私が相談したいのはそういう物理的なことじゃなくて……」
「わかりました。では、もっと直接的なものにしましょう」
占い師の少女は学生カバンの中から中身の入った香水ビンを取り出すと少女に渡した。
「これ、非常に強力な『惚れ薬』なんです。これを一滴でも飲んだ人は貴女の事しか考えられなくなります。ただ、扱いにはくれぐれも注意してくださいね」
「いいんですか? 魔女なのに普通に相談に乗って薬も渡しちゃって」
少女が去ったのを見計らって、占い師の少女の足元にうずくまっていた黒猫がしゃべった。
占い師の少女はネコが話すのがさも当然であるかのように答えた。
「魔女だからって、たまには人に親切にしたっていいじゃない」
黒猫は『たまに』が『いつも』であることを知っている。魔女の役割は『人の世に災いをもたらすこと』と定められているのに、ネコの主人はお人よしである。そこが好きでもあるのだが……ネコは嘆息した。
「さ、今日はここまでにして、帰りましょう。晩御飯はなにがいい?」
「イワシカレー」
黒猫は答えた。
後日、あの少女が彼女のことしか考えられなくなった少年に辟易して助けを求めてきた。なんでも話が飛躍して彼は駆け落ち云々をつぶやきだしたとか。詳細はわからないが、これも魔女の役割を果たしていることになるのだろうかと黒猫は思った。
それは、ご主人様の本意ではないのだけれど。
好きになって欲しいと思ったら、今度は別れたい。
人の気持ちは難しくてネコにはわからん。