貴方の瞳に胸騒ぎ
――白き炎矢となりて蒼穹に射し、緑の炎地に萌え天を衝き、蒼き炎その舌もちて海路を開く――
―――まるで詩のようだ。
謡うように言葉を、音を声に出さずに唇にのせ、飴玉のように舌に転がす。
眼前に広がるその緑に、碧さに圧倒されたから。
シズリは高山列車と駅をつなぐタラップに脚を踏み出しながら、思わず見仰いだ。
白く燃えるような陽光に輝く鉱山とそれを守るように包み込む深い緑は美しく、遥か眼下を見下ろせば、彼方に水面の地平線が広がる。
訓練、実験、指令、死線・・・多くの場所に行き、多くの物を見てきたと思ったが、自分はこの広い世界の一体何処まで行ったのか?何を見てきたのか?
いや、何所にも行けていないし、何も見てはいない、と改めて思う。
(―――見るべきものは見つ、今はとくとく首を切れ―――、か。)
思わず故郷の古い物語の若武者の科白が頭に浮かんだ。
こんな自然のうつくしさを前にすると、自分がいかに矮小なものかを感じ、無常観というものがこころを苛む。
ただ、自分はまだ何も見ていないし、知ることもできていない。
だからまだ死ねないし、死ぬつもりも予定もない。
若武者のように潔く諦めることはできない。
滅びの美よりもただ、この生あるうつくしさをしばし胸に抱えて生きたいとただ乞い、願うのだ。
そのために多くのいのちをこの脚の下に踏み拉いて。
タラップに乾いた音がこだます。
2人分の足音を響かせて。
2人分?
振り返ると、目の前に星が2つ下りてきた。
「シノノメ少尉?」
背後から覆いかぶさるように、窺うようにこちらを見つめるヒューバートの群青の星が。
頬に炎がともるのを感じながらシズリは慌てて向き直った。
「失礼いたしました!・・・少々・・景色に見とれておりました」
「いや、―――気にするな。・・・確かに美しいな、ここは・・」
シズリの横に並びながらヒューバートが鉱山を仰ぎ見てつぶやく。
――――君と来ることができてよかった―――。
そう呟いた彼の言葉は、風に舞い、列車から降りる人々の喧騒に溶けて消えた。
駅から街への道は意外なほどに綺麗に舗装され、滑らかだった。
これも輸送経路が命である鉱山の街特有の恵みとも言えるのだろう。
先程仰ぎみた自然とは裏腹に、便利に整備された道がアンバランスさを際立たせる。
自然の恵みと魔導石がもたらす繁栄を享受する街―――それがここ、ローザンヌだ。
魔導石とは通常の鉱石とは異なり、内にチカラを溜め留めることができる稀有な鉱石だ。
溜めるというだけでなく、伝導にも優れており、魔導銃等の火器、魔導光などなど、様々なものに利用されている。
もっとも、普通の人間にとってはただの鉱石であり、正しく扱うためには精製に調整、研磨等は勿論全て魔導鉱士に魔導技術者など、専門の者の手にかける必要があるのだが。
ゆえに鉱山の街には自然と腕のよい技術者が集まるようになった。
魔導石の精錬者等の石専門の技術者だけでなく、魔導銃の技術者達が。
これらの者達がローザンヌを支え、繁栄させ、線路をこの鉱山まで呼び寄せたのだから。
シズリは軍人というだけでなく魔導銃の使い手としても興味深い、この由緒ある街に足を踏み入れたことに改めて気を引き締めた――――。
――――ハズだった。
慇懃丁寧な給仕が空いたテイーカップに手を向け、囁くように問いかける。
「紅茶はお注ぎいたしましょうか、お嬢様?」
嗚呼、何て優雅な仕草。
そして軍のティーパックとは違う、ちゃんとした茶葉の薫りがいたします。
「・・・はぁ・・お願いいたします・・・」
押し合いへし合う軍の食堂とも、酔っ払いががなりあう飲み屋とも違う、静かな給仕の声。
リネンのクロスのかかったテーブルにはシミ一つ無く。
「デザートはいかがいたしましょう、お嬢様?」
いえいえ、もうお腹いっぱいです。
ていうか、むしろ胸いっぱい??
「では彼女には『蕩けて☆愛恋心・ローザンヌ風』を。いや、私は結構」
ちょ、中佐!何さらっとものすごい名前のもの注文してるんですか!
え、特製の自家製フォンダンショコラ?
焼きたての熱々で中からベリーとショコラのソースが!?
・・・まぁ・・はぁ・・では頂きます・・・。
・・私は何でこんな優雅な所で上官殿とご飯をしているのでしょう・・。
・・・えーと・・・任務は・・・?
今、何してますか?
私服でおでかけ☆イケメン上司と遠い街でのんびりお茶してまーす♪
やっぱり素敵なお庭を眺めながらの美味しいお茶とお菓子って和みますネ♪
・・・じゃないし!!
慌てて立ち上がろうと身を起こすと、薫り高いカップに静かに目を伏せていたヒューバートの瞳が「もう行くのか?」と問うてくる。
きちんと椅子に座り直しながら、テーブルの向こう側の上官殿に向かって改めて口を開く。
「そ、そろそろ参りませんか?確か、魔導銃のよいものを作るという、工房の視察でしたよね?」
静かな群青の瞳がこちらに向けられる。
え、と、何でそんなにゆったりしてるんでしょう?
「私もぜひ見てみたいです。願わくば、鉱山の内部もぜひ視察したいものですし!」
思わずたたみかけるように続ける。
上司と二人だからなのか、それとも相手がヒューバートだからなのか、こうして二人でいると―――妙に居心地が悪いというか―――座り心地のよい籐の椅子に腰掛けているのにもかかわらず、むずむずと、奇妙な感覚が走る。
この眉目秀麗な上官といると、その沈黙がつらく、いたたまれない。
言葉がなくともその瞳が、まなざしが、たまにふ、と笑むその唇が問いかけてくるのだから。
――目は口ほどに物を言うというけれど、中佐殿の場合、口の代わりに目で物を言う、だな―――
なので、ついつい思わず馬鹿なことばかり口にしている気がする。
いつもペースが乱れてしまい、彼の副官として到底至らない点ばかりなのではと。
彼は、そんな自分を一体どう思っているのだろう?
そして、そんな自分自身に内心腹が立つし、常に泰然自若とし、一分の隙もない上司に対し、己の心身の修練の足りなさを突きつけられているようで焦り、苛立つ。
そんなシズリの内心を分かっているのかいないのか、当のヒューバートはどこ吹く風といった、相変わらずの寡黙ぶりだ。
―――私ばかりが意識して、慌てているみたい。自意識過剰みたいだ―――思わず唇を噛み、下を向く。
足元に広がる緑の芝生が目に眩しい。
正午の陽があかるく、まあるく自らを照らしているのを背中と後頭部で感じる。
一瞬その眩しさに、思わず瞳を閉じてしまう。
瞳を閉じると、自身の内側で自己嫌悪や何か――自分自身でもよく分からない名状しがたい感情が渦巻くのを感じ、思わずその顔を伏せた。
―――だが―――足元に人影がさすのを感じ―――その瞳を開く。
目の前に差し出されたその手に。
思わず見開いた目が、次に丸くなる。
途惑ったのは一瞬だけ。
大きく筋張ったその手―――普段は白手に包まれているそれ―――をおずおずと掴み、立ち上がると――その手は包み込むようで、彼の持つ氷の通り名に
そぐわず、温かでさえあった――。
そして、この手に感じる掌は剣を扱うせいで皮が硬く厚ぼったくなり、タコさえできていることにシズリは不思議と安心した。
あぁ、この手は私と同じだと。
そして温かいのだと。
その群青の瞳が誘うように、なだめるようにまたたき、微笑んだ、気がした。
何気にヒューバートのペースに巻き込まれてるシズリの図、と。
ヒューバート氏は無表情仮面の下で、上司部下の枠など
取っ払った意味で距離を縮める気マンマンですが、シズリ嬢は
そんなことは露知らず、尊敬する上官との差を真面目に考えてますww