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上官殿の申すことには。  作者: 此花タロウ
上官殿が仰ることには
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君に捧ぐ言の葉

今回前半は第三者視点で始まります。

「それでお前、ほんっとうに言ったんだ!!」


笑いすぎて身体をくの字型に折り曲げ、息も絶え絶えになりながらも、ミナトは眼前(がんぜん)に座る、士官学校時代からの古い友人にどうにか視線を向けた。

友人は相変わらずの無表情ではあったが、古くからのつきあいでもあるミナトには、その瞳の中で怒り、困惑、そして焦燥がないまぜになっているのが見て取れた。



何事にも頓着せず、よく言えば落ち着いた、悪く言えば感情の起伏に乏しく見える彼がこうもなるのは実に珍しい。

再びこみ上げそうになる笑いを(こら)え、真面目な表情を顔に貼り付けて相手に向き直る。

・・・その明るい色の瞳には、相変わらず好奇心と笑い、そして少しばかりの同情と罪悪感が浮かんではいたが。



友人は最近部下の少尉にプロポーズしたらしい。

部下に手をつけるけしからん輩もいないでもない、この軍という組織の中においては珍しいくらい、そういう面においてはある意味清廉な彼らしいというか、何というか。

愛人にするでもなく、飲みという名の誘いをかけるでもなく一足飛びにプロポーズに踏み切るあたり、確かにヒューバートらしいなと、得心(とくしん)がいく。



そして彼、ヒューバート・ヴァン・ラーツィヒの今回の行動に一役買っていたのがこのミナト・シノノメ中佐、28歳。

なにをかくそう今回のシズリの災難は、ヒューバートの士官学校時代の同期にして親友、そしてシズリの兄でもある彼が面白半分にけしかけたことでもあるのだ。



そもそも、ミナトとヒューバートのつきあいは十数年来にのぼる。

幼き日より机を並べ、同じ釜の飯を食べ、共に同じ戦場で死線をくぐったこともあれば共に潰れるまで酒を酌み交わしたこともある。

無表情で生真面目なヒューバートと明るく洒落っ気に溢れて陽気なミナトは一見、水と油のように見えたがその実、妙に気があった。



氷の男、軍人の(かがみ)、鉄仮面などと囁かれるこの男が、その薄皮を剥げば冷たくもないし感情に乏しいわけでもないことはよく知っている。

その実、表情に出ないだけで友人・部下想いでもあるし、百を考えて一の行動をする慎重さの持ち主でもあることも長年の友人関係の中でよく知っている。



だが、そんな彼がミナト達兄弟の掌中の珠、シズリに恋をしたと知ったときの驚きといったらなかった。

ヒューバート自身のことをよく知っているだけに、ミナトの住む官舎の自室にわざわざ、しかも夜中に彼が訪れ、遠まわしにシズリの話題を持ち出した瞬間にぴんときた。



勿論、ミナトとしては自慢の可愛くて優秀な妹だ、大事な妹を誰かよその男にかっ攫われるのは面白くない。

しかし、どうせいつか誰かに盗られてしまうのならば自分の認めた男がよい、そう思ってしまうのは兄として当然だろう。



その点、ヒューバートは顔、身長、収入、将来性共に文句のつけようがない。

まぁ、性格に難がないとは言わないが・・・シズリに惚れていることは明らかだし、愛人を作ったり、浮気に走ることはまずないだろう。

危険の伴う軍人というマイナス面もあるが、その点シズリ自身が兄達の反対を押し切って、軍人になってしまったという以上、その上官という点では好ましいとも言える。

しかし、どんなに完璧な人間だとしても、兄である以上は面白くはない。



だから思わずからかってやりたい、という茶目っ気がでたのだ。

ごくたまに癇に障るほどのポーカーフェイスが崩れるのを見てやりたい、というささやかな、ごくかわいらしい悪戯心とちょっとばかりの好奇心だ。


だから彼にミナト達兄弟とシズリの出身地のヒイヅルクニに伝わる、伝統的かつ男らしいとされるプロポーズの言葉だと言い聞かせながら、その文言を教えてやったのだ。

内心にやりと黒い微笑(笑い)を浮かべながら。



        *       *       *




その運命の日の朝、(シズリ)がいつも通り1番であろう時間に出仕すると、既に上官殿(ヒューバート)が執務室に座っていた。

いつも定刻どおりの行動をされる方なのに珍しい、とやや訝しく思いながらもそんな日もあることだろう、と丁寧に朝の挨拶をするといつも通りの簡素な返事が返ってくる。



ただ、顔はいつも通りに無表情ながらもその声にやや蔭りがあったように感じ、シズリは思わずおやっと見返したが、そこにはいつもと変わらず、きりりと背筋を伸ばして執務席に座る上官の姿があった。

決してだらけた姿勢をとることがなく、文字通り定規が背に入っているかのようなその姿が。



私の気のせいか、とひとりごちながら自席の椅子をひいて座る。

ただ、この時間帯はいつも1人なせいか、朝から上官殿と2人きりというのも何だか居心地が悪く感じる。



そのとき、後で思い返せばある意味不穏な空気を、予感を私は感じ取っていたのかもしれない。

そもそもその日の朝の私は少々、いや、かなりおかしかった。

同期の友人に無理矢理押し付けられた甘ったるい恋愛小説を夜半まで読んでしまったせいかもしれない。

はたまた、ただでさえ重くてつらい2日目だったせいかもしれない。


がたり、と椅子を引く気配がしたと思ったら、上官殿の靴音が室内に響き、背後で窓を開く音がする。

窓から外の庭を眺めながら、上官殿が私にこうおっしゃいました。



「私のために毎朝味噌汁を作ってくれまいか?」



と。

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