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上官殿の申すことには。  作者: 此花タロウ
<閑話>本当に残念な人は誰?
31/33

<閑話小話>彼と彼女とその兄と 最終話

幕間のシリアスから一転、コメディです♪

 



 久しぶりにお互い腹蔵なく語り合い、そろそろ帰ろうかという話になったとき、その人物はやってきた。


「ミナトにヒューバートじゃねぇか!」


 背後からかけられた大声に、手にしたボトルを取り落としそうになる。慌ててボトルを机の上に置き直せば、木製の荒い削りのテーブルが鈍い音を立てた。

 あたり憚ることのない大きな声にミナトの背筋がぴくりと震え、ヒューバートの眉間に僅かながらも皺がよる。何もやましいことなぞしてはいないし、隠れていたというわけではないが――この声を聞くと条件反射で背筋が伸び、どこか隠れ場所を求めて目が空を彷徨う自分がいる。


 だから、という訳ではないが――ミナトはこの人物が少々苦手だ。

 いや、嘘です。嘘をつきました。正直に言えば少々どころじゃありません。苦手です。とっても。上を超える特上で。並よりもさらにモリモリでノリノリ、特盛つゆだくな感じに過剰でしつこいぐらいに強引グ・マイウェイなこの人が。


 恐る恐る振り返れば、予感的中。

 入口の扉の横に立つはミナトよりもさらに丈高く、がっしりとした肩幅と癖のある赤銅色の髪を短めに刈り込んだ男。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように――或いは獲物を見つけた猫のようにきらめくその瞳の色は明るい緑だ。目と目が合えば、目尻に皺をよせてにまり、と笑うその人物の名は……


「……えぇっと、マイヤーシュミット大佐……。こんなところで会うとは奇遇ですねぇ」(ミナト心の声:げげっっ! あんたに会いたくないからわざと軍部から離れた、いかにも人気のなさげな店ばかり選んでんのに! 何でこんなとこまでくるんだよコノヤロー!)


 げんなりと虚ろになりそうになる目元をひきしめつつ、ひくひくとひきつりそうになる口の端を必死に引っぱり上げながら、ミナトは何とか口だけでも笑みを形作ろうとする。思わぬ人物の突然の登場に、先程までのほろ酔い気分、いい旅夢気分なぞ雲の彼方へ吹っ飛ぶ勢いだ。

 だが、目の前の大男、ミナトの直属上司でもあるマイヤーシュミット大佐(31歳、独身。彼女、いやむしろ嫁、かわいい嫁さん大・大・大絶賛募集中!)はそんなミナトの内心なぞどこ吹く風、知らぬが仏とばかりに肩で風を切る勢いでづかづかとこちらへと近づいてくる。堂々とした体躯を支える筋肉質の脚に勢いよく踏み締められ、年季を経てきた木の床がみしみしと、底も抜けますよとばかりの悲鳴を上げた。


「いや~。いっつもおんなじ店だと同じ顔ぶればかりになるだろ? それに客も軍部の人間ばかり、つうのも何だか肩が凝ってしょうがねぇし。最近は色々あちこち足伸ばしてんだよ。んで、そう言えばミナトの奴はいつも見ねぇな~と思ったというわけだ」


 見ればマイヤーシュミット大佐の後ろにはメルツァー大尉をはじめオーガスタス曹長、フロリンデン軍曹等、ミナトの部下たちまでもがいる。大佐の後ろで泣きそうな、拝むような顔で両手を合わせているところを見ると……なぁるほど、と腑に落ちた。

――あいつ等、我が身可愛さに俺を、上司であるこの俺を売りやがったな――!! 覚えとけ! おまんら、後でお仕置きだべ――――!!


「はぁ……さいデスカ」


 内心の苛立ちはさておき、とりあえずいかにも関心なさげな表情を(おもて)に貼り付ける。いいからさっさとどっか行ってくれ、いや――障らぬ神に何とやら? 絡まれぬうちにこちらのほうから退散、撤退、即時撤収せよと本能がそう叫んでいる。憎むべきは敵前逃亡? 勝って活路を切り開け? 尻尾を巻いて逃げ出すとは――それでも軍人か、ヒイヅルクニの男子かだと?

――いやいや、これは賢明な判断というものです。無益な争いは避けるべし、厄介事も避けるべしとが父の遺言でございマスから。(注:ミナトの父はまだまだ若く、ちゃんとご存命です!!! まったく縁起でもない……)


「まだ飲んでいくんだろ? たまにはちったぁつき合えや。ヒューバートとも長らくご無沙汰だしよ。……まぁ、聞くとこによると、最近コレ(・・)ができたってハナシだからしょうがないってか?」


 にやにやと意味深な笑いを浮かべながらミナトの後ろに立つヒューバートに向けてくいくいと小指を立ててみせる。無表情なヒューバートの反応に構うことなく、バチコーイと片目でウィンクをきめながら「G☆J!」(グッジョブ)と親指を立ててみせるその姿が自分の直属の上司かと思えば――溜息が、がっくり肩が落ちそうになるのを必死に堪える。


 オッサンか! どこの親戚のオヤジだっつうの! だからまだ31なのに妙に動作と言動が親父クサいって言われんだ! てか、ヒューバートのコレ(・・)って……もしやシズリのことか! そうなのか!? そして指をわきわきさせる、その妙にえろい仕草はやめんかい!


 ミナトは顔には必死に笑顔をはりつけつつも、心の中でそう毒づく。

 いざ訓練、もしくは実戦においての彼はその強さ、勇猛さはまさに鬼神の如しと称され――剣を持てば大木をもなぎ倒し、電光石火の如く斬りつける鋭い疾さは魔刀の主たるヒューバートにさえも肉薄し、現にミナトは未だ一本取ることすらできないというのに。

 そして何よりも――厳しくも明るく強い精神(こころ)と朗らかで人を惹きつける求心力は果ての見えぬ、厳しい行軍においても士官たちの士気を高め、挫けそうになる気力をも鼓舞させる。

 ゆえに信頼に値する、尊敬すべき上司だ。

 ただし戦においては、という一言、もしくは注意書きが付くのだが。


 平時では、特に飲みの席では残念ながら酒癖と性質(たち)が悪い、残念なオヤジキャラだ。(あくまでも年齢ではなく、中身が、だ)

 ミナトはヒューバートにさりげなく視線を流し、傍らの椅子に脱ぎ捨てたままだった軍服の上着を引き寄せる。マイヤーシュミット大佐以下3名(3バカトリオ……もとい、ミナト直属の部下たち)の思わぬ登場にすっかり酔いも冷めた今、窓から吹き込む秋風がいささか肌身に()みる気もする。


「残念ながら俺とコイツは明日が早いもので。実はちょうど帰ろうとしてたところだったんですよ」


 いやあ残念だな~ぜひまた今度、とにっこり微笑みながらも手元に引き寄せた上着を羽織るべく、袖を通そうとしたところでばさり、と何かが羽音のような音をたてて床に落ちた。はて、懐に何ぞ入れてただろうか、と視線をやれば一冊の本が落ちている。ロイヤルブルーのカバーをかけられたそれにミナト自身は見覚えなぞない。同じ軍服なだけにヒューバートの上着と取り違えたか、と拾い上げるべく屈もうとしたところで一瞬早く、別の手がそれを拾い上げた。


「何だこりゃ? お前が本読むなんざ珍しいな……なになに? 何の本だ??」


 拾い上げたその手はマイヤーシュミット大佐だった。

 大きな背中の後ろから、三人の部下たちもぱらぱらとページを捲るその手元をどれどれ? とばかりに覗き込む。

 ごつごつとした、常にタコとマメが刻まれた大佐の大きな手指の上では本がやけに小さく見え、それが何だかやけにおかしく映る。見れば上品なロイヤルブルーのカバーに金の箔押し、濃い臙脂の見返しのそれは何やら高尚な雰囲気を醸し出し――いかにもヒューバート好みの小難しげで(さか)しげなつまらん本に違いない。

 ならばむしろ本なぞ似合わないのは大佐(アンタ)のほうだろうが、と笑いたくもなるが、うっかりいらぬことを言おうものなら後が怖いので、とりあえず余計なくちばしを入れるのは控えておく。


 と思ったが。


 なにやらマイヤーシュミット大佐の様子がおかしい。

 うろうろと視線を彷徨わせたかと思えば、何やら気遣わしげな、どちらかといえば――憐れむような、生あたたか~い眼差しをこちらに向けている。おかしい、何ですかその顔は、その反応は。

 普段ならばミナト自身よく知ったる彼の性格上、挙動不審とも言えるような態度を突然とり始めた上司の姿に呆気にとられる。

 そして、そのまま後ろに立ち並ぶ部下たちに目を向ければ――三者三様ながらも彼らの態度も何やらおかしい。


 メルツァー大尉はあからさまにその視線をミナトから背けている。まるで合わせる顔も視線すらもないとばかりに。だが、その口許が震えているのが見える。まるで泣くのを――或いはこみ上げる笑いを堪えているかのように。

 オーガスタス曹長はメルツァー大尉とは真逆の反応。うんうん、と熱心に頷きながらやけにきらきらと輝くような視線を、熱心にこちらに向けてくる。

 やめろ、何だその目は、そしてその合図は!「スベテ理解シタ」「何モイウナ」「我々ハナカマ、ナマカ!」――・・? 一体何の話だ! そして、軍の手指暗号を送ってくるのはやめんか! いつから俺たちは暗号でわけのわからぬ会話をするようになったんだ!!

 一番年若く、ようやく二十歳になったばかりのフロリンデン軍曹なぞはトレードマークの黒縁眼鏡を外し、いつの間に取り出したのか、白いハンケチで目許を拭っている。一体何故、何を泣く! 嗚咽を堪える!? ちょ、今! 今、まさに「シノノメ中佐……かわいそう……」って呟いたろ! 唇が動いたの、読んだぞ!!


 って、俺のどこが、何がかわいそうなんだ!?


 意味が分からない。

 理解ができない。


 縋るような眼差しを後ろのヒューバートに送るものの、やつは相変わらずの無表情のまま、我関せずと言わんばかりにぼけっと窓の外なぞ眺めている。そのしれっとした態度に、ただでさえわけのわからぬ上司と部下の態度にいらつきながらも問いただすべく口を開きかけたところ、背後から両の肩を、胸元を大きな腕でがしっと力まかせに掴まれた!


「ミナト!!!」


 耳元で叫ばれたマイヤーシュミット大佐の大声に、鼓膜がきぃんと震え、思わず足元までもがふらつきかける。

 ミナトは咄嗟に丹田に力を落とし、胴造りで必死にその衝撃に耐えに耐えた。だが、押さえつけられた両肩が、押し付けられた背中が、ぎゅうぎゅうと締めつけられた胸元が――上司のおぞましくも硬すぎる厚い胸板と太い腕に挟まれ、馬鹿力のおかげでみしみしと音を立ててる!


「気持ち悪い真似はやめ――うっっ!」


 何とか抵抗すべく、背後から回された腕を振りほどいたところ、その手に握られた先ほどの本がばさり、と音を立てて床に落ちた。だが、それに構わず大佐に向かって振り向いたところで――ミナト・シノノメ、28歳、階級は中佐――は絶句した。

 なんと、でかマッチョ大佐――いやいや、マイヤーシュミット大佐は――男泣きに泣いていたのだ!


「ミナトぉぉぉ! かわいそうに! 彼女がいないのは知っていたが、そんなに悩んでいたとは知らなかった! 俺に、上司たるこの俺に一言相談してくれればよかったのにぃ!」


「はぁぁぁ?」


 言うべきはずの抗議の言葉ごと、思考までもが空を飛ぶ。開いた口がふさがらないとはこのことだ。何をいきなりぬかすか、このオッサンは! アンタだって今は特定の彼女ナシだろうが!


「こんな本を読む必要があるほど困っていたとは――よし! てめぇら、来週の今夜は実地訓練に行くぞ! 俺の奢りだ! 女の口説き方について専門職(プロ)のおねーさんからみっちりしっかり学ばせてやる! あ、メルツァーは新婚だからとっとと帰って家で実戦にでも励んどけや?」


 3人の部下たちからの怒号のような歓声、および声援を後ろに従えた大佐の笑顔は恐ろしく晴れ晴れとし、ミナトを見つめるその眼は――まるで病人を労わる医師のような慈愛と、憐憫の情に溢れていた――。

 ぼんやりと表情を失くしたミナトの視線がゆるゆると足元へと移動する。落ちた時の衝撃か、先程の本がカバーが外れた状態で床に転がっているのが視界に入る。それがようやく目の中で正しく像を結んだその瞬間――空色の瞳がかっと見開かれた!


 その本のタイトルは――


「交際のすゝめ~恋愛初心者のための恋のアプローチ方法eins・zwei・drei(アイン・ツヴァイ・ドライ)~」


 曰く、女の子へのアプローチ、交際の仕方が分からない、恥ずかしがり屋な僕たちへの必勝本(らしい)……。それが何でこんなところに?

 そういえば、と思い当たる。

 先日、ヒューバートと街を歩いていたときに通りがかった書店の前に山と積まれたこの本と「空前絶後の大ベストセラー! さくらんぼな僕たちから感謝の声と恋愛成就の報告多数!」とでかでかと書かれた広告宣伝文を見ながら黙するヒューバートに「いっそ、お前もこれで勉強すればいんじゃね?」とからかった己のことばを。


 ミナトは必死に叫んだ。まったく冗談ではない!!


「ち・違うんです! それは俺の本じゃなくて、ヒューバートのです! たまたま上着を間違えただけで!!」

「……ミナト。恥ずかしいのは分かるが、もっとましな嘘をつけ? な、ヒューバート? コイツにこんなもの、必要なわけないだろうが」

「…………」


 当の本人であるヒューバートは無表情な沈黙を決めこんだまま、あさってな方向を見ている。そこはお前が否定しろよ! 上着を間違えた俺も悪いが、元はお前のせいだろう!! 心の中で地団太を踏みつつも必死に弁解すべく、ミナトは大佐に詰め寄った。


「いやいやいやいやいや! ほんとに違うんですってば! それに俺は彼女ができないんじゃない! 今は作らないだけです!」


 ミナトのやや見栄をはった必死の弁解に、マイヤーシュミット大佐の普段は男らしく引き結ばれた口元がふっっと緩む。その手がミナトの頭に伸ばされ、大きな掌の下でやわらかな茶色の髪がくしゃり、と音をたてた。訓練では鬼と言われるその人の、ミナトよりもさらに高い位置にある明るい緑の瞳が、今は慈しむような色を浮かべていることに、そのやさしいまなざしに逆にぞぉっと背筋が冷たく、むしろ寒気がする。捲り上げたままのシャツの腕に、ざあっと鳥肌が立った。


「……作らない、か。そうか、そうかぁ。うんうん、そうだよな? そうだろうなぁ。俺はちゃあんと分かってるから。な、ミナト?」


 はは、と笑うその人の眼はあくまでもやさしく――要するに同情に満ちていた。聞き分けのない子供を扱うようにゆっくりと首をふる仕草までもがさらにミナトの焦りと憤りを煽りたてる。やめろ、やめて下さい! 確かに作らないと見栄を張りました。でも、でもそんな憐れむような、残念な奴を見るような哀しい視線で俺を見るな、見るんじゃねぇぇぇ――!!

 ぽん、と両の肩に手を置かれる。先ほどとは異なり――あくまでもやさしく、慰めるかのように。


「分かった。そういうことにしておこう。だから今日はもう遅いから帰って寝ろ?来週は俺が男の天国(ヘブン)に連れて行ってやるから、な?」


 まるで駄々っ子を宥めるような口調で。

 先ほどの本を手に押し付けられて扉の外へとそっと押し出され、背後でぱたんと扉が閉まる。木の扉と蝶番がぎいぎいと軋む音だけが人気のない店の廊下に余韻を残しながら静かに響き――それから一拍の後、言葉にならない、獣のような叫喚が響き渡ったのだった――・・。



<現在のミナト中佐の闇討ち予定者リスト>


 第1位: ヒューバート(むっつり)中佐

 第2位: マイヤーシュミット(でか・脳までマッチョ)大佐

 第3位: 以下順不同(日替わり) 




この一件の後、ミナトによるヒューバートへの復讐が?(笑)

そのネタはまた後日。


やっと閑話終了!次より新章に入ります。

さてさて、ようやくシズリの気持ちも動き始める?

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