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上官殿の申すことには。  作者: 此花タロウ
上官殿がセクハラな件には
24/33

理性と記憶のパラドクス

 シズリはシーツに突っ伏したまま、心の中でありったけの、知る限りの罵詈雑言と俗語(スラング)を自分自身に投げつけた。



 今すぐ消えたい!何処かへ消えた昨晩の記憶と同時に消えてしまいたかった!!

 だが・・・何があったのか、自分が一体何をしでかしたか知りたい気もする・・・。

 でも・・・いや、ごめんなさい!

 やっぱり・・・やっぱり知りたくないぃぃぃ!!!



 そんな気持ちが心と思考の海の底でせめぎ合い、塞ぎあう。相反する感情がごた混ぜに入り混じり、自分自身何をどう考えていたのかすら分からなくなる。

 まるでバケツに満たされた透明な水に、赤と青のインクを垂らしたときのようだ。それぞれの色がバラバラに波紋を描き、絡まり、入り混じり・・・最後には深く、ほの暗い澱となって水底に沈みこんでいくかのように・・・。



 視界を閉じ、耳を塞いでも他の感覚は正確に周囲の空気の流れを辿る。シーツにつっぷしたまま身じろぎをすれば、肌から立ち上るうっすらとした香りがほのかに鼻をくすぐった。

 既にうっすらとしか、その香も残っていないが、恐らく複数の薬液の入り混じった香り。ハーブのように甘くて、清涼感があり・・・平時ならばその香に癒されたことだろう。

 だが・・・今はそれもシズリにとっては慰めにはならない。



 なーぜーなーら!!!



 それらを調合し、擦りこんで下さったのはあの人で・・・さすが上官殿、調合の腕まで〝ネ申〟の腕ですか!・・・てか、どんだけ有能なんですか!

 おかげさまですっかり肩も腕もスッキリパッキリとっても楽です。しかも香りまで素晴らしいとは・・・有能っぷりに涙が出ます。

 なぜなら以前、私が調合を試みたときは効能はばっちりだったものの・・・異臭騒動になりましたから。(涙)



 これだけ有能なら、むしろお荷物になる副官(シズリ)なぞいらないのでは、と思えてきてさらに落ち込む。



 しかもしーかーも!

 

 

 改めて自分の駄目さかげん、昨晩の出来事が瞬間的に甦った。薬液を調合し、擦りこんでくれたのはあの指で。

 その指が肌を辿ったかと思うと、そして自身がしでかしたと思しきこと(?)がおぼろげに甦り・・・ぎゃふん!!


 心の中で絶叫。


 かあぁぁぁと音を立てて燃えそうなほど、頬が熱い。再びシーツに突っ伏しながらただひたすら身悶える。

 色んな気持ちがせめぎあい、喉の奥からはくぅぅぅぅという呻き声となって複雑な心持ちが音となって洩れる。シーツにぐりぐりと押し付けた額が地味に痛い。

 だが、そんなこともこの混乱のなかでは些末なことで、今はどうでもいいことだ。



 むしろ頭よ醒めろ、記憶よ戻れ!・・・いやいやいや!!むしろ時間よ戻れ!戻ってください、お願いしますから!!!

 もしくは瞬間(とき)を止めて!このまま永遠に!!!




 だが・・・皮肉にも、ようよう窓から差し込み始めた明け方のまだほの暗く、緩やかで穏やかな光は涙に霞んだ目にはありがたくも優しかった。少しずつ明るくなる光源にひかれて顔を上げ、目を向ければ窓の外はすっきりと雲ひとつない空。まるで昨晩の嵐が嘘みたいに思える。


 茜色と透明な青にうっすら白い色が入り混じった明け方の色に染まったバニラ・スカイ。まっさらな洗いたての、生まれたての空。

 シズリは胸に嵐を抱えたまま、呆けたようにしばし見とれた。そう、まさに現実逃避、にすぎなかったわけではあったが。




 ―――その瞬間(とき)、ギシリ、とベッドが軋む感触がシーツごしに掌から伝わった。思わずびくん、と身体が震えれば―――背に視線を感じた。

 ひやり、と背筋が震える感触に、心の臓が鼓動を大きくひとつ打つ。

 その視線の主は・・・暗がりにぼんやりと光る白いシーツの波間からゆるりと身を起こした彼の人は。




 未だ半ば夢か現か幻か、といった風情の男はぼんやりとした表情のまま、こちらを見つめている。開いたシャツの襟もとから僅かに覗く喉仏と鎖骨が色気を誘う。

 少し乱れた銀色の房の下から覗く群青色の双眸は常よりも少しにぶい、ぼんやりと蕩けるような色を浮かべていた。

 それはとろり、とろける濃い青さ。

 少し黒っぽくも深く溶け込むその色は―――心を、感情をその(おもて)についぞ映さない彼の心を唯一映すその色は――今は濃い霧に蔽われたかのようにけぶった青だった―――。

 そしてその背に立ち昇るオーラは・・・黒い不機嫌オーラそのもので。





 ぎゃぉぅうう!!こ、これは・・・間違いなく怒っていらっしゃる!!!!





 えぇっと、(最近知ったのですが)、美男と書いてイケメンと読むそうです。そして上官殿は今日も美男(イケメン)ですね!

 寝ぼけた顔してても、寝癖ついててもイケメンってどういうことですか!??むしろ隙を作って色気アッピール大作戦なんですか?生まれつきDNAにイケメン遺伝子配列済み、とか??

 そもそも何で朝っぱらからそんなに色気だしてるんですか!焦点の合わない視線でのエロビームの乱射は止めて下さい。無駄弾です。資源?の無駄遣いです。誤爆します。

 悪霊退散!!・・・じゃなくて。(あわわわわ)

 美男(イケメン)退散!エロエロえっさいむ!!水平リーベ僕の船・・・じゃなくて!!




 眠れるイケメン、じゃない・・・寝起きのぼんやり不機嫌イケメンオーラビッシバシの上司の姿に頬がひきつるのが分かる。

 逃げたい・・切実に逃げたい。我知らず歪む口許が、震える背が本能の叫びを己が理性に訴える。



 もしシズリが犬か猫で尻尾があったなら、その尾は間違いなくぶわっっとタワシ状に膨れ、股の間に尻尾を挟んでキャン!と鳴きながら隠れ場所を探してぐるぐるしていたただろう。

 だが、残念ながらシズリは人間。当然ながら上官殿―――ヒューバートもどんなにチートでレアキャラな設定だろうが、彼もまた(おそらく・・たぶん)人間。

 そして、この部屋には隠れ場所も、逃げ場所もありはしない!




 ここは腹を括ろう!私も女だ、責は取らしていただきますとも!!

 シズリは即座にベッドの足元の床に飛び下りた。磨き抜かれた硬い床木が裸足の足裏の下でぎしり、と軋む。





 シズリ・シノノメ少尉、21歳。まずは、やれることからやりましょう!

 今できること―――それは―――・・・



 〝謝罪と土下座〟



「中佐、昨晩は誠に申し訳ありませんでした!!!!!」




 説明しよう!

 土下座、それはシズリの出身地、ヒイヅルクニに古来より伝わる最大敬意の謝罪のカタチである。

 方法としては、



 ①一歩、左足を後方へ下げ、そのまま勢いよく左膝をつき、続いて

  右膝もつけて立膝になる

 ②立てた膝ごと臀部を床に下しながら、膝を僅かにハの字に開いて座る

 ③親指を開き、手指を真っ直ぐ揃えて床に三角形を形作るようにつける

  (肘はくの字に曲げた状態)

 ④がっっと相手の瞳を強く見つめ、謝意を目で示す

 ⑤そのまま勢いよく、心からの謝罪の言葉を相手に告げ、上半身ごと額を床に

  つけんばかりの位置までひたすら平伏

 ⑥ひたすら相手の許しを請う




 シズリは一声叫ぶと、がばっっと床に額をこすりつけんばかりに平伏した。姿勢は正しく、背筋は床から平行に伸ばして、だ。

 女たる者、軍属たる者は清く、正しく、美しく!謝りましょう、誠意を込めて。










 ―――これは一体・・・どういうことか―――。




 ヒューバートは寝起きの、未だよく働かない頭をひねった。ちなみにヒューバートは早起きが苦手だ。正確にいえば・・・朝に弱い。すごく弱い。

 さすがに遠征や任務中には切り替えるだけの気概と軍人根性はあるが、平時と休日はつい気が緩むらしい。我ながら情けないとは思っていることではあるが。


 そして起き抜けはとにかくぼーっとしがちで、機嫌が悪そうに見えるらしい。そのことで下士官時代に同室だったミナトから、散々っぱら文句を言われていた。

 起き抜けのお前は本当に怖い、その不機嫌オーラをなんとかしろ、歩く大魔王が!と。もっとも、ヒューバートとしては一切そんな気はないし、単に寝起きゆえ、ぼうっとしてるだけのつもりなのだが。



 だが、そんなヒューバートが今朝に限り、普段よりも早い時刻に目が覚めたのには理由があった。

 先程まで確かにやわらかであたたかな感触が腕の中にあったはずなのに、その感触が、ぬくもりがなくなったから。先程まで確かにあったはずの胸の中の存在の消失感。

 胸の中が急速に熱を失い、冷えていく。ぽっかりと空いたそれが、これまでついぞなかったはずの感情を己に教えた。

 〝サミシイ〟と―――。




 だが―――先程まで確かに腕の中にいたはずの彼女が―――なぜか床で土下座。




 ヒューバートは再度頭をひねった。ひねったところで解はなく、甲斐もない。

 やはり謝られる意味が分からない。下げられる頭の意味が分からない。何よりもそんなところにいたら身体が冷えるだろうに。傷にも障るだろうに。


 ヒューバートは即座にベッドから下り、無言のままシズリの両脇に腕を差し入れ、その身体を腕にすくい上げた。その軽さとたよりなさに改めて庇護欲を覚える。

 そういえば、昨夜はあのまま夕食も食べずに寝てしまった。朝食はしっかり取らさせねば。

 子供のようにシズリを抱え上げたまま、そんなことを考える。




「え―――っと・・・中佐・・殿・・?」



 とまどったようなその声でようやく我に返り、彼女の脇をすくい上げ、まるで子供に高い、高いをするかのように抱き上げたまま、という不安定な状態にいたことに気づく。

 ゆっくりと彼女をベッドに下ろし、少し乱れた黒髪の一房を撫でつけてやれば、指先がかすめた頬が赤くそまっていることに目がいった。思わずその顔を覗き込んでしまい、不注意な己を今さらながら後悔した。

 翠と青の入り混じった碧い瞳で上目使いに見上げられると・・・クる(・・)ものがある。不安げな、心配そうな瞳が潤んでいて・・・(以下自主規制)。


 やばい。反則だろうが、その瞳は!!

 思わず心中ながらも呻き声がもれそうになり、一旦ぎゅっっと目を瞑った。




 ――これは、健常な男の朝の生理現象を知っての態度だろうか。朝からどうぞ、召し上がって下さいとでも?

 だが都合よくもとってしまいそうになる己自身を即座に打ち消す。

 いや、間違いなく彼女は何も知らないだろう。なぜなら間違いなく彼女は・・・処女(おとめ)だろうから。本当の深い部分は未だ手つかずの手折られていない花、それが彼女だ。




 昨晩の出来事が一息に脳裡に甦る。

 あのとき―――襟首を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた瞬間――――沸き起こった感情、それは愕き、困惑・・・そして湧き上がる歓喜と期待。

 あと少し、もう少し――――甘い蜜はすぐそこに。

 ヒューバートはそっと甘い睦言を囁くように、その名を囁き・・・それを受け止めるべく顎の角度を下げた・・・が!





 がっっ!





 目には目を、歯には歯を・・・そして唇には唇を、といくはずが。

 響いた音は空しくも。

 重なる期待は甲斐もなく。





 次の瞬間――――火花が飛び散った。

 残念ながら、男と女の熱情の火花ではなく、物理的な火花が。

 急遽がくん、と軌道が逸れたシズリの額がヒューバートの下顎にクリーンヒットしたときに。




 顎を押さえ、呻きながらも空いた方の手でぐらり、とかしいだシズリを胸に受け止める。どうやら自らの歯で口内を切ったらしい。

 錆びた鉄のような血の味が口腔内に広がった。



 腕の中でくったりと脱力した彼女。上記した頬、熱く・・・熱を帯びた肢体。先程の頭突き攻撃さえなければ誘っているかのようだが・・これは・・・。




「・・・にゃおう~~・・・・」



 寝てるのか!??

 先程までヒューバートに向けていた視線はどこへやら、高みに高められたボルテージも落下傘兵もかくやとばかりに一気に急降下!全身を一気に脱力させる平和な寝言にがっくり気が抜ける。

 猫じゃあるまいし・・・一体どういうことかと頭を抱えたくなる。・・俺の理性を試しているのか、とがくがくとゆすぶってやりたくなる。この高ぶりをどうしてくれるのか、と。

 だが・・・寝ている、にしては様子がおかしい。



「いや・・これは―――酔っている、のか・・?」



 酒の匂いはしない。・・・が、この香りは・・・覚えのある香りに、身に覚えのある自分の行動にがっくりと膝をついた。

 ヒューバートは改めて自らの不覚を呪った。それこそ深く、深く。(駄洒落ではない・・・たぶん。)・・・いつだったか、「反省だけならサルでもできるー♪」とミナトが嗤っていた記憶があるが。



 そう、この香りはマタビタの香り。

 常人にはその実は単なる滋養強壮剤となるが・・・一部の体質のヒト・猫科の動物に強烈な効果をもたらす植物、それがマタビタ。

 そして先程、シズリに塗布すべく調合した薬液にマタビタの薬液を混ぜた記憶があるからだ。

 勿論よかれと思って、だったが・・・こんな風に作用する体質だったとは!たいていの毒物に耐性はあるはずだが、マタビタは毒物でないだけに耐性もなかったらしい。

 そして・・・滋養強壮以外のマタビタの効果は・・(もっとも通常は出ない効果だが)――食欲増加、興奮、催眠、刺激―――そして媚薬効果。




 ヒューバートの脳裡におぞましくも忌まわしい、マタビタの悪夢が甦る。




 以前、ミナトと飲みに行った際にたまたま出されたマタビタ酒をミナトが飲み、酷い目にあった・・・そして、あれは悪夢としか言いようがなかった。

 散々懐かれ、抱きつかれ、耳にかじりつかれ・・・挙句の果てにキスを迫られたときの記憶とおぞましさは鳥肌モノ以外のなにものでもなく!!

 懐くミナトをちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・最終的には寝こけた奴を延々とかついで帰ったものだ。


 あのときはよほど腹に据えかね、何度途中の路上に放り捨てて帰ってやろうかと思ったことか!!そして・・・酔っぱらいの御多分に洩れず、覚えていないときた。

 以来、決してミナトをマタビタには近づけていないというのに・・・妹たるシズリまで同じ体質だったとは!




 ヒューバートに抱き止められた状態で、シズリはすぴすぴと寝息をたてている。まさしく安心しきった、平和そのものな顔で。

 うぅ~ん、と吐息とともに胸元に擦り寄られ、心臓がどくりと音を立てた。

 そして・・はた、と気づく。

 先程のシズリの平時―――常に理性的で冷静沈着な彼女―――ではありえない様子は・・・まさかのマタビタ効果なのか、と。




 そして・・・図らずも、俺は一服盛った、ということになるのだろうか・・・




お話自体は書いてあったものの、UPしないで放置してました・・。

まだローザンヌ編終わらんのか、と自分にツッコミです。

そしてヒューバート、悪気なく一服盛ってた、の巻ww

ここのところ、シズリは不幸が続いております。

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