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上官殿の申すことには。  作者: 此花タロウ
上官殿を邪魔する者には
18/33

上下に浮かぶは二つの月

カンザキ少佐、再び登場。新キャラも出ます。

 結局、受付前でずぶ濡れのまま押し問答を繰り広げる、という迷惑極まりない客だった私と上官殿は、宿屋の主人自らに有無を言わさぬ剣幕で部屋に放り込まれてしまった。

 ――ででん、と部屋の真ん中にダブルベッドが鎮座する、明らかにカップル向きだろうが!!とツッコみたくなるこの部屋へ。


 

「どうかこちらで濡れたお身体をお拭き下さいませ。」と、大きなタオルを2人分、押し付けるように渡してくれたので、風邪をひかないように、との純粋な親切心だとは思うのだけれど・・逃げるように立ち去るその背が・・・やや怯えていたように見えたのは気のせいだろうか・・・?

 

 ・・・きっと忙しいんだな、うん。

 この大変な天候の日に時間を取らせて申し訳ないことをしてしまった。


 

 ―――で。

 何が何だか分からないうちに、いつの間にやら摩訶不思議にもこういう状況なわけで。


 

「―――まずは服を脱いで貰おうか。・・・それとも脱がされるほうがお好みかな?」


 

 上官殿の・・・その不穏なお言葉に、その怜悧な微笑を称えたその美貌(かお)に・・・そして、その甘くも腰にくる声に。

 ・・・思わず数歩、後ずさる。


 

 だが、つまずいた挙句に倒れこんだその先は、リネンと(なぜか)白いレースとリボンをふんだんに使って美々しく飾られた、同じく真っ白な羽毛布団の海で。

 普段の自分なら喜んで飛び込むそこが、なぜか危険な・・・何よりも危険な底なし沼のように思われる。

 そのやわらかで弾力のある立派なマットレスに沈みこんだ身体が、足を取られ、めぇめぇと鳴きながらずぶずぶと沈みゆく子羊のようで。


 

 本能という名の第六感が告げる。何かが変だ、危険だと。

 ―――なぜならば。


 

 見上げた先に蒼穹(そら)はない。

 見つめる先に星空(そら)もない。


 

 そう、ここは宿屋の部屋なのだから。


 

 シズリは仰向けに転がったまま、となかなかどうして無防備な姿勢のまま、コンマ1秒で自問自答を繰り返す。



 ―――それなのに、と。


 

 室内なのに、あるべきものが視界に入らず、あるはずがないものがまさに目の前、至近距離のここにある。

 白い天井の代わりに煌めく銀の海、橙の魔導灯の代わりに群青の星2つ。

 その2つが指し示す状況は明確で・・。


 

 ―――さて、施錠された部屋とかけて、ヒューバートと解く――

 その心は如何に?


 

 その心は、滅多なことでは逃げられない!!

 ・・・さしずめ貴方は猟師さんですか、それとも・・・?


 

 シズリが何とか半身を起こそうとしながらも後じさりを試みる、という、非常に困難かつ無駄な努力に励もうとじたばたする様を、ヒューバートのその手があっさりと封じた。

 だが、ゆっくりと抱き起こされ、改めてベッドに座らされると・・・シズリはおとなしく従った。

 ・・もっとも、その左手が腰に回されたまま、という点が非常に気になったが。


 

 ヒューバートの右手がシズリの左手を捉え、指の腹で掌から肘にかけてのラインを確かめるように、そっとやさしくなぞる。

 その動作のもたらした意味に・・感覚に・・どこかむず痒いような、こそばゆいようなものを感じつつも・・・、ヒューバートに物問いたげな視線を向ける。

 視線があうと・・・ゆっくりと頷かれ、ようやくシズリはほうっと安堵の溜息をつけば、強張った身体からふ、と力がぬけた。


 

 ・・・どうやら我ながら相当気を張っていたらしい・・・。


 

 シズリの身体から力が抜けたことに安堵したのか、ヒューバートはシズリの左手に沿えたその右手をゆっくりと頬へ、頭へと移動させた。


 

「暴れるな。こういうときこそ・・・私に任せればよい」

 私は君の上官なのだから、と。


 

 ゆっくりと囁きながら、安心させるようにやわらかく、シズリの頭を撫でるその掌から、その声から・・・ヒューバートのシズリを労う心がじんわりと伝わってくる。


 

 ―――彼の手は魔法のようだ・・・。

 あれほど無口な人なのに、その手は不思議と雄弁で・・・穏やかで優しい。


 

 シズリは頭から頬へとゆるやかに流れながら、相変わらずやわらかく撫でてくれる手の感触をしばらく楽しみ・・ようやく心が落ち着いた頃にそっと送り返した。

 雨で冷え、冷たくなってしまったシズリの指先とは異なり、その手はやはり大きくあたたかで。


 

 ―――やっぱりこの手、好きだな・・・安心する―――


 

 だから、ヒューバートが貸してくれた彼の上着が肩からするり、とベッドの下に滑り落ち、その手がそっとシャツのボタンに手をかけても、もはや抵抗はしなかった。

 武骨な手から、指先から彼の優しさが、シズリを心配するあたたかな気持ちが伝わったのだから。

 その群青の瞳を窺うように下から覗き込めば・・・安心させるような頷きが返される。


 

 ・・・シズリはようやっと・・・若干恥らいながらも・・・彼女の傷の手当をしてくれようとする彼の、その手の厚意を受け入れた。

 もっとも、さすがに袖なしの、ぴったりとしたアンダー1枚の半身を仮にも上司に、男性に、何よりもヒューバートに晒すのは・・・いささか・・・いや、かなり恥ずかしいものではあったが。


 

 その左の掌から肘にかけての傷は・・・ヒューバートとその魔刀を招喚するため―――触媒である水の代わりに血を使うため―――に自ら切り裂いたためのもので。

 ・・・上官殿はそれを気にしているのかもしれない・・・シズリは薬湯を用意しているその背を眺めながら・・・そう思った。






 

 ――――― 一方、大嵐に襲われたローザンヌからはるか数百里先 ―――

 その国の夜は穏やかな月夜であった


 

 月影さやかにあたりを照らし・・ほのかに枯葉の匂いを含んだ秋の風がやわらかく頬を撫でる。

 水面にくっきりと浮かび上がった月も足元から照らしてくるようで、秋虫の鳴き声が静寂の中、静かにこだます。



 

 そんな穏やかで、明るく爽やかなその夜に男はいた。

 白い道着に黒の袴を着け、闇夜のような髪と同じ色のその瞳は今夜の夜空と同じく曇りひとつなく見える―――。

 ただひたすら前を、眼前を見つめるその瞳には一欠片の感情もないかのようで、男をよく知る者以外にはその瞳の奥底に、さざ波のように揺れ動く感情があることは分からないだろう。



 

 男は月の明るさを、今なお鮮やかな緑の色を、穏やかな風をなじるかのようにひたすら剣を虚空に向かって振るう。

 上段から斬りつけ、払い、また下段から切り上げ、剣の切っ先が呼ぶ音だけが、その静けさを震わし、乱す。

 巻き起こる風が周囲の草花を、空気をゆらし、水面の月の姿を歪ませ・・弾けさせた。



 

 ―――やがて、月が厚い雲に蔭り・・・辺りを再び暗闇と静寂が包んだ頃、ようやく男は剣を鞘に納めた。

 きん、と冷たい音が周囲に響く。


 

「今晩はずいぶんと熱心だったな」


 

 タイミングを見計らっていたのだろう、足音と共に声の主が現れる。

 

 短く切った金茶色の髪と広めの肩幅を持つ大柄な男で、頬にうっすらと白い傷痕のようなものが残っている。

 その表情は誰もが気を許してしまいそうなほど人懐っこく穏やかで、黒髪の男とは対照的に、白いシャツにくすんだ茶色のパンツといった、ごく普通の服装だ。

 

 だがその朗らかな姿とは裏腹に、シャツの下の鍛えられた筋肉と隙のない身のこなし、腰から下げた剣と短銃が彼が軍人――しかも相当の実力のある男だということを物語っている。

 そして髪の色と同じ金茶色の瞳は穏やかで、興味深げに漆黒の男を見つめるそれは面白そうに躍っていた。



 

 声をかけられた黒髪の男―――シノブ・カンザキ少佐―――はつ、と一瞬だけ視線を向けた後、汗を拭き、衣服を整えると金茶の男を無視してくるりと背をむけ、すたすたと歩きだす。



 

「ちょ、おいおい、無視すんなよ。今日はずいぶんとご機嫌だな?」


「・・・五月蠅い」

 

「昼間のことでまだ機嫌が悪いのか?・・いや・・ははぁ・・さてはシノブちゃん・・・女だな?

・・・って!おい、殺す気か!!」

 

 金茶の男―――ラタトスク・フォン・フォースリンゲン少佐―――は電光石火のスピードで抜かれた剣を紙一重の差でかわしながら情けない声をあげてみせる。

 もちろん、加減されたのは分かっているし、これぐらいをかわせないようでは軍人は・・いや、この男の友人は務まらない。


 

「あぁ、そこにいたのか。・・・虫がいたものでつい、な。羽音の煩い、やけにけたたましい羽虫だった。」

 それにあの程度がかわせぬお前ではあるまい、あとその呼び方はよせ、心持(こころもち)が悪くなる、と付け加えながらもしれっとそっぽを向く、いつも通りに落ち着いたその横顔が憎たらしい。


 

 だがそれは、普段なら無視するはずのラタトスクの軽口に今回ばかりは反応するということは、それがおおよそ的外れではない、ということで。

 ちらり、とその秀麗な顔を見やれば、やや憮然とした表情でひたすら歩いている。

 いつも皮肉るような、斜に構えた腹立たしいほどに余裕たっぷりの態度の彼には珍しい態度だ。


 

(・・・まだまだ青いね、シノブちゃん♪

 コイツに女、か・・・?こんな面白いネタ、逃す手はないな・・。)


 

 ラタトスクは内心にんまりとしながら作戦を切り替える。

 丁度いい、退屈していたところだ。

 ラタトスクはその穏やかで人好きのする外見と裏腹に、常に刺激を好み、何よりも退屈が嫌いだ。


 

 だから、今回のシノブの珍しい様子は彼に十分な刺激と楽しみを与えてくれるだろう。

 そのためには、と―――。


 

「なぁ、シノブ。さっきの任務――ローザンヌで隣国の奴と出くわしたって聞いたけど、誰だ?


 

「・・・氷の魔刀の主、ヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ中佐・・・その部下らしき女。」


 

 簡潔に、質問の答えだけだが返ってきた。

 だが、そのぶっきらぼうな、棒読みのような口調の中からにじみ出る色は明らかで。

 その黒い瞳に剣呑な、危険とも言える光が宿る。それで分かった―――負けたのだな、と。

 かの魔刀の使い手、氷の男の二つ名を持つヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ中佐に、青い焔の魔剣の使い手、シノブ・カンザキ少佐が土をつけられたのだと。

 

 

 だが、最後に付け加えた〝部下らしき女〟という言葉にぴん、と耳がそば立つ。

 シノブはたとえ味方だろうと彼にとってどうでもいい者、興味のない者は記憶にも残らず、視界にすら入らないといった男だ。

 その男が隣国の佐官階級の部下・・しかも女を気にしてる。

 ・・・ということは。


 

「へぇ・・・。あの〝氷のヒューバート〟に会ったんだ。あの見た目に若さのくせに、すげー使い手なんだってな。俺も一度は手合せ願いたいもんだ。

 ・・・でもそんな隊長級の奴が何でたった2人で、しかも女の部下を連れただけで、ローザンヌにいたんだ?―――実はデートだった、とか?」


 

 半ば冗談、半ばシノブにかまをかける目的で言ってみただけなのに、その黒い瞳が不穏な光を帯びたことで・・・ラタトスクのかまかけが正鵠を射たと、ビンゴだと教えてくれたことに思わずにやり、とする。

 尤も、旧知のつきあいでもあるラタトスクだからこそ、その微妙な表情の機微に気がつけるのでもあるが。

 すぐにその感情の揺らぎは消え、相変わらず前だけを向いて歩いているが、若干歩く速度が速まったことでいらいらとしていることが分かる。


 

(・・・まったく分かりやすい・・俺にとっては、だが。)

 ラタトスクは内心苦笑しながら一人ごちる。そしてそんなシノブの、らしくもない、珍しい反応に、ややもすると手を貸したくもなる。


 

 分かったところでこれ以上探りを入れるのをやめ、単刀直入に聞くことにした。


 

「・・・なぁ、その部下の女、どうだった?綺麗系か?それとも可愛い系か?」


 

 カンザキの足がひたと止まり、くるり、と後ろに向き直る。

 ラタトスクにぴたり、と視線を向けた後、何か言いかけ・・・思い直したように口を閉じられた。

 漆黒の瞳が様々な感情がないまぜになったかのように色づき・・揺らぎ・・・再びもとの色に戻る。

 

 そして・・・再び開かれた口から出てきた言葉は思いがけない言葉であった。

なかなか話を途中で切れず・・なんとか短くしようと努力はしたのですが

5,000字超、と長くて申し訳ありません・・。

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