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上官殿の申すことには。  作者: 此花タロウ
上官殿を邪魔する者には
16/33

春の足音は未だ遠く。

こういう有名な詩がある。



 時は春、


 日は朝(あした)、


 朝(あした)は七時、


 片岡(かたおか)に露みちて、


 揚雲雀(あげひばり)なのりいで、


 蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、


 神、そらに知ろしめす。


 すべて世は事も無し。





生命の誕生と始まりの春、そして朝。

蝸牛はのたりのたり、とのんびり薔薇の棘の上を進む。

彼の路(かのみち)はどこまでも平坦に、なだらかに続き、悩むことも惑うこともなく開ける道をただ進むのみ。

鋭い荊の棘も彼を傷つけることはないのだから。




・・・あやかりたいもんですね!!



―――私も精神的な意味で(いばら)(みち)を進んでいる気がします、いえ、むしろ棘なんぞ鷲掴みの勢い?

前後に迫る棘を切り払い、避けては進み・・・こけつまろびつしながら必死に走っているような気がします。




―――  一 体 私 が 何 を し た ! ! ―――





今日は厄日ですか、神様?

空から見てるというならば、ぜひ聞いてみたい。




「何事もない平和な日ってあるんですかね?」、と。




やっとの思いでたどり着いた宿屋にて、ぽたり、ぽたりと自らから垂れる雫が渇いた床に水たまりを作る音を聞きながら・・・じっとりと水分を含み、すでに衣服としての役割を放棄した服を雑巾のように絞りながら・・・シズリは車軸を流すような豪雨を降らす天に向かい、心の中で(こぶし)を振り上げるのであった・・。









時は半時ほど前に遡る。




ごうごうと雷鳴が響き、稲妻が轟く。

一瞬の間が空いたと思えば、大粒の雨が一斉に頬を叩き始めた。

つい数時間前までは目も覚めるような蒼穹の空が広がっていたというのに。


降りしきる雨は時と共に勢いを増し、足元の土を溢れ、ぬかるむ泥の河に、木々の枝のカーテンをばたばたとしなる鞭へと瞬時に様変わりさせた。

山の天気のきまぐれぶりは、春風の気まぐれさに、女心のうつろいやすさにたとえられるが、これでは浮気にもほどがあるだろうに。




ヒューバートがクリスピンを抱え、飛ぶように泥水の路を駆け抜ける。

そのすぐ後ろにシズリがぴったりとついてくる様はまるで2つの影が風を切りながら飛んでいるかのようだ。




焔の魔剣に中てられて意識を失っていたかと思われたクリスピンだが、どうやら単に魔剣に驚き、後ずさりしたところを石に躓いた、と。

したたかすっころび、後頭部に大きなたんこぶを作ったものの、気絶していたおかげで魔気に侵されることもなく、ぴんぴんしている。



・・・いささか元気がよすぎるくらいだ、とヒューバートは苦々しく思う。

ヒューバートとしては彼のおかげでシズリがどんな目に遭ったかを考えると、文句の一つも言ってやりたい様子であったが、当のシズリがヒューバートの肩にそっと手をそえ、目だけで窘めてくる。



そんな風に〝お願い〟されては、ヒューバートも何も言えなくなってしまう・・・。


かといって、彼個人の〝クリスピンに対する数々の私怨〟が消えたわけではないのだが。

そこはそれ、ここはこれ、というわけで。




もっとも。



神崎(カンザキ)・・・隣国の指揮官(クラス)が何らかの思惑でここ、ローザンヌの魔鉱石採掘場に

現れた、そのことから鑑みるに民間人(クリスピン)が気を失っていたというのは―――ある意味幸運であったかもしれない。


強盗だったとでも言っておけばよいのだから。

そうすれば・・・下手に巻き込まれずに済む。



知らないことが幸福、ということもある。

伏せられることが温情、ということもある。



―――何も知らなくてよい、それが彼の進むべき真っ直ぐな路への正しき道なれば。



だから―――何も、言わなかった――。










稲光と横殴りの雨の中、ようやく3人が鉱山から街へ辿り着いたときにはすでに濡れ鼠もいいところ、まさに歩くボロ雑巾のような恰好になっていた・・・。

まず、一番近かった工房にクリスピンを送り届けた後、とりあえず濡れた服を乾かすためにも宿を探す。

さすがにこのような時間、状態では帰還は無理だと判断したためだ。



クリスピンを始め、工房長達が熱心に引き止めてはくれたが、この大雨だ。

急がねば宿も早仕舞いしてしまうかもしれないと挨拶も話もそこそこに再び飛び出したところ・・・これだ。



要は、部屋がない。

それもさもありなん、ただでさえ観光客の多い街、ここローザンヌ、しかもこの嵐だ。

当然列車は止まり、誰もが帰ることを諦め、宿に腰を落ち着けようとするに違いない。




「・・・ないわけではありませんよ?」



お客様さえよければですが、と宿屋の主人が帳簿をめくる手をとめ、意味ありげな視線で見やる。

床に水滴を垂らしながらも真っ直ぐに立つ背の高い、シルバーブロンドの美貌の男とその男のものと思しき上着ですっぽりと身を隠した黒髪の美女を。


怪訝そうな表情を浮かべる、いかにも軍人らしい風情の彼等を見るその瞳に茶目っ気めいた光が浮かび、告げた。




あることにはあるが・・・〝一部屋だけ〟だと。





たっぷり10秒。

短くも長く感じたその時間、シズリは二の句が告げれず・・・

ずきずきと痛む腕がこれは現実と訴えてはいるが、頭がついていかない。言葉が理解できません!!



そして・・・気づきもしなかった。

背後に立つ上官殿の口の端がすっと上がり、瞳が蠱惑的な光を、唇が艶然と微笑(えみ)をきざんだことに。






以下、8話の冒頭に戻る。



「どうしましょう・・・。」


「どうしようもない。」


「何か他の方法を・・・。」


「他に選択肢はない。」


「・・・はい・・・。」


シズリは眼前に立つ、背の高い上官殿の背中を見上げながら困惑していた。

彼はいつも通り静かな、感情の読み取れない表情のまま、テキパキと宿の主人を相手に宿泊の事務手続きをしている。

上官殿の操るペンが、紙の上でサラサラと奏でる音だけがその静かな空間にこだまする。



その表情を見る限り、彼は一切、まったく、毛ほども気にしていないようだ。

それもそうだろう、彼は軍人の(かがみ)、冷たき氷の男とあだ名される

ヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ中佐だ。



シズリは些細なことを気に病み、未だに些細なことですぐに心乱るる未熟な己を恥じ、

軍人としての在り方、姿勢を尊敬する上司のその背にみるのであった。




そう、上官殿と同じ部屋に泊まることなど野営と思えばたいしたことがない!

むしろお前(したっぱ)は野宿でもしてろと放り出されて然るべきほどだ。

それだけ上官殿は紳士で部下想いなのだから。

うん、雑魚寝と同じ、遠征と同じ、と己に言い聞かせつつ・・・。




・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・ってできるか!!



シズリは異議を唱えるべく、再び上官殿に向き直った!

・・・だらだら状況説明ばかりですみません・・・(汗

ようやっと8話冒頭へ戻ってきました。

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