紅と白銀と漆黒と。
今回も戦闘シーンありです・・・。戦いの決着!
あぁ、紅が見える・・・。
もう見慣れたはずの色なのに。
なのに、こんなにも鮮やかに紅く、燃えるように熱い・・・。
掌から腕にかけて滴り落ちる紅い雫がシズリの白い手とシャツを染めていく。
紅よ、白を朱に染めるがいい。
焔よ、この身の内を熱く燃やすがいい。
そして、朱に染めきれないほどに白く、焔も凍るほどに冷たい彼を此方へ!!
万感の想いを込めて詞をつむぐ。
―――ただ彼の名を―――心の奥底から彼を喚んだ――――。
それだけが、今できる、全てだったから。
「・・・己が血と魔力を媒介に氷の魔刀とその主を喚んだか」
覆面の切れ端から覗く双眸が、立ち塞がるヒューバートを一瞥した後、
荒い息をつくシズリに、いかにも興を引かれたといった視線を送る。
朱に染まったシャツが汗に色づいた白い肌と黒い髪とのコントラストを際立て、
碧く潤みながらも光を失わない強い瞳と相まって、儚くも強く、
清らにも淫らにも映った・・。
覆面の下で男の眉が弧を描き、瞳が細められる。
黒衣の男の揺れる感情を表すかのように、一旦蹴散らされた青い焔が野火のように
じりじりと、踊るように再び湧き立ち始める。
挑発するように、誘うように跳ね、踊り、円となり、また弾けた。
だが、再びヒューバートの冷気が白い焔のように広がり、青の焔と煙を
蹴散らし拡散させた。
まるで押さえつけ、攻め立てるように。
己が身の内を守るように。
坑内の魔鉱石を含む壁がその魔力に煽られるようにざわざわと音を立て、
風に凪ぐ草のような音を立てて震え、軋み始める。
青と白が壁に映り、煌めく。
一振りの魔剣と魔刀。
その相反する、大きな魔力が誘い水となり、坑内に潜む魔鉱石全てに共鳴を
起こし始めているのだから、この狭い坑内では場自体が長くは
保たないだろう。
暴走すれば、ひとたまりもない。
言葉に出さずとも全員がそれを瞬時に理解していた。
ヒューバートの群青の瞳が、黒衣の男を見据える。
男の覆面の切れ端に隠れた瞳の色は分からない。
ただ、鋭く光る双眸がその強さを示していた。
お互いの間には未だ言葉はない。
視線だけが交差するその沈黙の中、白の冷気と青の焔だけが争うように
周囲を包み・・・そして、弾けた。
ヒューバートの構えが守り払いの型から、魔刀を顔の横で構える一の太刀、
突き払いの構えへとゆっくりと円を描くように流れた。
黒衣の男も身体の重心を低く下げ、魔剣を両手に持ち替え、切っ先を地面と
平行に構える、守よりも攻に徹する型に入る。
あれほど渦巻いていた冷気も、焔も、今はもうない。
あるのは沈黙と殺気、お互いの息遣いのみ。
―――どれほどこうしていたのだろう――1分か、10分か、はたまた1時間か―――。
睨み合い、構えたままの姿勢の2人は微動だにしない。
――――そして、瞬間は突然、動き始めた―――
ぎぃんっっ
魔刀と魔剣がぶつかる音が響く。
二振りの白銀が煌めき、銀髪と黒衣が巻き起こる疾風にたなびく!
白い冷気と青く冷たい焔が2人のまわりに巻き起こり、渦巻き、ぶつかりあい、爆ぜた!
青い焔と白い焔が火花を散らし、凪いだ後に再び2本の白銀がぶつかり合う。
弧を描くように滑らかに強い剣さばきで、鋭く、煌めく凍れる魔刀。
疾風のように迅く、激しい荒々しさで、吹き荒れる魔剣。
舞うように、円を描くように、打ち付け、ぶつかり合い、また弾ける!
うごめく力と魔力に魔鉱石達がさらなる反応を起こし、青く、蒼く光を
放つ様はまるで・・・さながら、蛍火の浮かぶ夜の闇のようだ。
闇の中に煌めくは光、うごめくは力。
そして、また―――嵐が巻き起こる――。
シズリはその場にぺたんと座り込み、夢現のように呆けたようにただ、
見つめるしかできなかった。
腕と肩からどくどくと流れる血も、痛みすらも忘れて。
ただ・・・その光景を見つめることしかできなかった・・・。
やがて…――――夢は醒めにけり…、見えつる夢は醒めにけり――――…。
氷の魔刀がぴたり、と動きを止めた。
黒衣の男の喉元で。
刃の切っ先を向けたまま。
涙のように、雨露のように、一滴の雫が露となり刀身を伝わり・・地面へと落ちていった。
一滴の落ちる、その音だけが、坑内に響く・・。
魔剣の男が呟いた。
「〝氷のヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ中佐〟か…。見事だ。
―――その強さ・・噂に違いなし、か――――」
「・・・・・・・・・・」
そのとき、静寂を別の男の声が破った。
「動くな!小僧を殺すぞ!」
先程シズリに気絶させられたはずの1人が、いつの間にかクリスピンを抱え、
その喉元に剣を向けている。
太い、筋肉の浮き上がったその腕は、クリスピンの細い首など一瞬で容易く
折ることができることを示している。
―――しまった―――シズリは唇を血がにじむほどに噛み締め、己が不覚と
不注意を呪った。
クリスピンは魔剣の焔に中てられたのか、ぐったりと意識を失ったままいる。
ぴくぴくと震える睫毛と時折苦しそうに呻くその声が、彼の命の灯が未だ
消えていないことを示してはいるが、この状態が子供にとってよいはずがない。
シズリは思わず叫んでいた。
「その子を離しなさい、捕える者が必要ならば私にするがいい!」
ヒューバートの声が追いかける。
「やめろ、シノノメ少尉!」
「――――いいだろう。男、お前はその刀を下ろし、小僧を受け取るがいい」
ヒューバートは黒衣の男の喉元から刀を下げ――――唇を噛み締めながら、苦悶の表情を浮かべてシズリに一瞥を投げかけた―――。
男がクリスピンを抱えたまま、その手をシズリへと伸ばす。
一目で軍人と分かる、戦いに慣れ、血に染まった手だ。
その手がシズリの無事な方の腕をつかみ、身体を引き寄せた後にクリスピンをヒューバートの方へと突き飛ばす。
ヒューバートがクリスピンを抱き止めるのを認めながら、男に腕ごと肩を掴まれながら、シズリはなぜか、同じ男で同じ血に染まりし軍人ながらも、全く違う手のことを考えていた。
―――マメでごつごつと硬くとも優しく、温かく包みこむように掌を
握りしめてくれた、大きな温かいあの手の感触を。
男が乱暴にシズリの両手を拘束したため、腕に走った痛みに思わず顔を歪める。
ぽたり、ぽたり、と更なる紅い滴が床に垂れ、不規則な模様が床に描かれた。
ヒューバートが息を呑み、その群青の瞳に怒りの焔が揺らめく。
場に冷たく、巨大な魔力が沸き起こり、床を、天井を震わしたが・・・彼は懸命にそれを抑えた。
―――シズリがいるのだから。
シズリを拘束したまま男が魔剣の男に叫ぶ。
「少佐、今なら俺がこの女を掴まえてます。だから――――!!」
――――そのまま、男は言葉を続けることはできなかった。
その胸を、肩を、先程までヒューバートと対峙していたはずの黒衣の男の剣が切り裂いたのだから。
「・・・下衆が。・・・無粋な真似を・・」
ただ一言、吐き捨てながら。
シズリを捉えていた男がどうっと床に倒れ伏す。
その瞬間を、シズリはまるでスローモーションで見るかのように・・・見ていた。
黒衣の男の破れた覆面が、坑内に吹き込んだ一迅の風に舞い飛ぶ。
―――男は美しい顔をしていた――――。
漆黒の髪が風になびき、露わになったその眼が―――闇のように濃く深く、冷たい黒の瞳がシズリの瞳を捉える。
男が血にまみれた剣を片手にシズリに近づく。
シズリはただ、その闇色の瞳を見ていた。
その瞳から目をそらすことができずに。
恐怖なのか、それとも死への諦めか?
「死神ってこんな顔をしてるのだろうか・・・」
驚くほど心が冷えている自分に驚く。
遠くでヒューバートが呼ぶ声がする。
その声を耳に・・・胸に心に大切にたたむように、目を閉じた。
頤にそっと手をかけられる感触に思わず目を開き・・・そのまま、見開いた。
闇色の瞳が、シズリの碧い瞳を見つめている。
驚くほど近くで。
――――そして・・・その唇が静かにシズリのそれに重ねられた――――。
コメディのはずなのに何だかシリアス風味になっててすみません!
最後えらいことになってますし・・。
上げて落とす、落として投げる、とww
次話こそ皆様ご期待&ご要望のシーンが出せれば、と思います!