ある日嵐は突然に。
「単刀直入に言う。結婚しよう」
鉄面鉄皮、軍人の鑑、氷の男などと表現される上官殿はおっしゃいました。
場所は執務室、時間は夜、目の前におわすは上官殿。
文字通り目の前10cmの距離に嫌味なほどに整ったお顔、私の両肩には手。
いやいや、近すぎますって!
応接セットの机を挟んで向かい合って座っていたはずなのに、ソファの背もたれにジリジリと追い詰められております。
何がどうしてこういう状況に??
私、シズリ・シノノメ、困惑の窮みであります!(涙)
黒髪の女性士官はその碧い瞳に困惑を浮かべながらも何とか逃げ出す算段をするのであった。
時は遡ること1時間前。
空に明け星が浮かび、辺りを夕闇が覆い始めた頃のこと。
シズリ・シノノメ少尉は夜のお茶を淹れるべく立ち上がった。
デスクワークの1日で凝り固まった身体をつ、と伸ばし、肩にかかる長い黒髪をさらりと後ろに流す。
こんな空気の爽やかな夕には甘い薫りのルゥの花弁を混ぜたお茶にしよう、そう考えながら。
こういう書類仕事の日は休憩も兼ねて茶を淹れるのがささやかな楽しみでもある。
殺伐とした軍務や会議、式典に遠征に特殊訓練、魔道実験の立会い等穏やかとは言い難い任務も多い中、ふくいくとした薫りに日常という温もりを感じて癒される。
お茶をどうぞ、と上司にカップを差し出すと、「ありがとう」と簡単な返事が返ってくる。
上官殿の御名はヒューバート・ヴァン・ラーツィヒ、27歳。
階級は中佐で隊を率いる司令官殿でもある。
そしてシズリの直属上司でもあり、彼女が副官として日々仕える人間でもある。
さらりとしたシルバーブロンドの髪が濃い群青の瞳にかかり、黒の軍服に映える。
憧れる女性士官も多く、直属補佐として配置されたときには同期の女性陣から羨望の声が上がったものだ。
我が上官ながら相変わらず見目麗しいわ、シズリは内心ひとりごちながらにっこりと微笑みかけ、カップを机に置く。
すると中佐はそのカップを手に取りながら立ち上がった。
空いた方の手で執務室の隅にある応接セットを指し示される。
座れ、ということらしい。
彼は普段から寡黙で、必要最低限しか口を開かない。
部下にも細かく指示を出すということがなく、個々の部下の裁量に任せながらも確実に目標達成に導く手腕には舌を巻く。
副官として直属についてそろそろ1年がたつが、シズリには彼という人間が普段何を考えているのか、どういう人間なのか理解しているとは言い難い。
しかし、実際尊敬しているし、彼についていけば間違いないと思ってもいる。
シズリにとってはただそれだけで十分であり、むしろその背についていけるだけで誇らしかった。
私に話とは珍しいな、と内心首を捻りながらもシズリはデスクワーク日用の軍服のタイトスカートの裾を気にしつつ、ソファに腰掛けた。
「そろそろ打ち合わせをしておいたほうがよいのではないか、と」
群青の瞳をやや細め、少し薄めの引き締まった唇が少し低めの声で言葉をつむぐ。
「打ち合わせ、ですか?」
シズリは何の件だったか思い当たらず再び内心首を捻る。
そういえばかねてより開催が決まっていた、暗部との合同訓練の選抜者及び実践内容はおろか正確な日程についてもまだ決定していなかったな、と思い当たる。
きちんと組んでおかねばどんな騒ぎになるか、想像するだに恐ろしい。
お互いをライバル視するのはけっこうだが、それを訓練に持ち込むのはご遠慮願いたいところだ。
巻き込まれ、その後の後片付けと報告に奔走する羽目になるこちらの身にもなって欲しい。
上官殿の言うことも最もだ、とシズリは表情を引き締める。
「そうですね。まずは日程調整から始めなければならないと思います。
おそらく本部の方々も出席を望まれるでしょうし、先方のスケジュールに合わせて日程調整を組むことも要求されるでしょうね」
ヒューは先を促すようにこちらを見つめてくる。
「それが決まりましたら告知と会場の手配はこちらにお任せください。
演目等の内容は中佐殿にご判断いただけたらと思います。
進行をスムーズに行うためにも一度きちんとした行程を組んだほうがよいですね」
「・・・それはそうだが、周囲の都合ではなく、君自身の都合はどうなんだ?」
難しい表情をうかべて上官殿はティーカップを見つめながらつぶやくように言った。
「は?」
きょとんとしてシズリは上官を見つめる。
すると今度はカップに落としていた視線をこちらに向けながら、再度同じ質問を繰り返す。
「君自身の希望はいつなんだ?」
珍しく真っ直ぐにこちらを見つめてくる群青の瞳のいつにない視線の強さにシズリはとまどう。
・・なぜ単なる一士官である自分の都合が気になるのだろう?、と。
ああ、これは上官殿のスケジュール調整を預かる副官としての意見を求められているのだな、と腑に落ちた。
上官殿と自分自身の今後数か月分のスケジュールをざっと頭の中でシュミレートする
「そうですね、さ来月のイの日なぞよいのではないかと思いますが」
うん、本部での会議はその翌週だし、来賓予定もない。飛魚組と歩竜組との合同演習という名のお祭り騒ぎは来月だし。
こちらの都合的にはこの日あたりが楽なんだけどな~、と思いながら顔を上げて驚いた。
普段ほとんど表情が変わらない上官殿が渋面を浮かべていたのだ。
「ど・どうか、されましたか?」
失言でもしたのかと思わず血の気がひく。
それとも何かその日に上官殿が私に愛想をつかしてしまうほど大事な予定があったか??
あー、私の馬鹿、阿呆!!今のなしなし、ごめんなさい~!!
表情には出さずとも、内心パニック状態のままシズリは上官の言葉を待つ。
己がどんな失言をしたのか、上官殿にここまでの表情をさせる何かを。
「シノノメ少尉、いや、シズリ」
「…は?(何で名前で呼びますか?)」
「その日は君は…女性の日になる予定ではないのか?」
「…はぁ?」
シズリ・シノノメ、21歳、階級は少尉。
ある日尊敬する上官殿に言われた言葉はセクハラ?発言でした。
てか、何で私の生理周期を知っている!?
この日この時より思わぬ方向へと私の軍人生活は転がっていくのであった。