第七局~手負いの<王(キング)>~
なんかシリアスになってしまいました。ではどうぞ。
「う……ここは……?」
俺の目に映ったのは、知らない天丼だ。…………じゃなくて天井だ。意識は覚醒しているようだが、目の焦点が合わない。視界はぼやけているし、めまいもする。しかし、何故か俺の見ている物は天丼、ではなく天井だとはっきり分かった。
目の悪い人の裸眼ってこんな見え方してるのか。不便なものだ。
しばらくして、ようやく目の焦点が合ってきた。周りを見渡すと、俺はベッドに寝かされていて、他にもいくつか空きのベッドが置かれている。どうやらここは保健室のようだ。
時間帯はもう夕方で、俺は暗鬼さんに負けた後気を失い、六時限目が終わった後も眠っていたらしい。
窓からは夕日が差し込み、保健室全体を茜色に染め上げていた。部屋には俺以外の人影は見えない。
「保健室か……いって!」
俺は起き上がろうとしたが、暗鬼さんの炎月にやられた胸の辺りにはまだ痛みが残っており、無理に動かそうとすれば傷口が開いてしまいそうな程だ。
(それにしても、綺麗だな。ここから見える夕日)
俺は傷口が広がらないようゆっくりと起き上がり、夕日に見とれていた。すると、
「かーみや!」
「うおっ!?」
俺の寝ていたベッドの下から、科世がぬぅっと顔を出した。
おい、お前はどこの妖怪だ! 京都の陰陽師に引き渡してやろうか!? 黄泉の国へ誘ってやるぜ!
「って痛たたたたたたたた!」
ヤバイ! 興奮して傷口が悲鳴を上げている! 鎮静化を急げ! 俺の体よ!
「だ、大丈夫!? 誰にやられたの!?」
お前のせいだよ。お前の。何故コイツも緋狩と同じような行動しかしないのだろう。
「ごほっ! ごほっ! ……んんっ! で、お前はどうしてここに居るんだよ……今日仕事あるって言ってなかったか?」
忘れていた人も多いだろう。科世はアイドルなのだ。でも、実際にテレビに出てるのを見たことはない。俺の観るチャンネルにことごとく映っていないのだ。決して俺の所為ではない。
仕事で昨日は学校を休んでいたが、そこは公欠扱いになるらしく、安心して仕事に打ち込めるとのこと。
しかし、だ。その日に俺の家に来てノートを写すのはやめて欲しい。せっかく気持ちよく寝ていると言うのに『ノート見せてー!』って家に無断で上がりこんでくる。
別に次の日でも良いんじゃないか? それに俺でなくても、女友達が居るだろうに。
もしかしたらコイツ、俺ら以外に友達居ないんじゃないのか、と思ってしまった。
「あぁ、仕事ね。友達が事故にあったので休みますって言ったら休ませてくれたよ!」
つまりは……俺をサボリの口実に使いやがったのか!?
厳密に言えばサボリではないのかもしれないが、看病なら他の生徒に任せておけば良い。わざわざ学校に戻ってまでやることなのだろうか?
「それにしても、暗鬼さん強かったよねぇ~」
そしてこの唐突な話題のすり替え方……。もう突っ込むのも面倒なので、話に付き合ってやることにする。無視すると後が怖そうだし、キレた科世を相手にしたくはない。連水砲で穴だらけになって自宅に郵送されるのはごめんだ! 断固拒否する!
「強いなんてもんじゃなかったさ。あれは化物だ。直に一人で戦争でも起こすんじゃないのか?」
暗鬼さんがそういう人で無いことは分かっているが、そう思わずにはいられない程の強さだった。
「神夜の装甲を切り裂いて肉体に直接ダメージを与えられるくらいの馬鹿力とあの炎月があれば可能かもね……それに」
「あぁ、あのわけの分からない能力だな」
俺の<王>の装甲は、暗鬼さんの炎月によって粉々にされていた。その証拠に俺のベッドの横にはその残骸と思しき物体がたくさん置いてある。何でここに置いてあるのか不明だ。
教本には『装甲があるため、肉体に直接のダメージは無い』と書かれていたが、『掟破り』、疑心暗鬼にはそんなもの通用しないらしく、俺は炎月の刃によって浅くではあるが胸を裂かれていた。全く、規格外も良いところだ。こっちの攻撃が効かない上、防御まで崩されてはもうお手上げである。
加えて暗鬼さんは力の加減も知らないようで、もし俺の装備が<王>じゃなかったら、今頃俺の体は真っ二つに……おおう、想像したくもない。
「お前いつからベッドの下に居たわけ?」
「神夜が運ばれてからずっと。沈黙先生から報告があったから、起きるまで待ってたの」
ならベッドの横に椅子でも持ってきて座りながら待っていればよかっただろうに。どうしてわざわざ下に潜んでいたのだろう? ぬぅっと出て来られたら心臓に悪いだろ。
この事については訊かない方が良いのかもしれないな。
「うん、訊かないで」
俺の考える事って何故か筒抜けになる。そういう病気なのか? 『心の声筒抜け病』みたいな。それは無いか。
涙目になっている科世。ベッドの下に潜りっぱなしは科世自身かなりキツいはず。しかも端から見るとタダのバカだ。今更ながらそれに気付いて恥ずかしくなったのかもしれない。
っと、そろそろ本題に戻るとしよう。
「で、報告って何なんだよ? 何か悪い知らせか?」
「あ! それそれ! 神夜の家、壊れてるみたい」
……………………………………は?
……は?
……は?
……はぁ?
……はあぁぁぁぁぁぁぁ!?
よし、5わけわからんポイントゲットだ……ではなくて!
「俺の家が壊れた!? う、嘘ならもっとマシな」
「本当」
即答。嘘であってほしいという俺の願いはあっさりと打ち砕かれ、家が壊れたという真実が突きつけられた。科世の目の輝きが何よりも確実な証拠となる。
「正確に言うと、“壊された”が正解。倒壊した家の残骸に、火炎奏者の魔法と思しき焼け跡が残ってたって、沈黙先生が言ってたから」
火炎奏者とは、炎を使う魔法使いの中でも最高クラスの使い手。水流魔術師の科世に匹敵するほどの魔力を秘めている、と授業で言っていた。
何?俺が普段から真面目に授業を受けてるようには見えないって?失礼な。俺はこう見えて(どう見えているのかはよく分からないが)勤勉なのだよ諸君。はっはっはっ。
「被害は俺の家だけなのか?」
「うん。周辺の住宅とか人的な被害は皆無だったみたい」
それを聞いて安心したのか、俺は無意識に胸を撫で下ろしていた。
自分がどれだけ被害を受けようと構わない。だが、そのせいで他の人に被害が及ぶことは我慢出来ない。昔からそうだった。友達が傷つく度にその間に割って入り、友達より多くの生傷を作って帰っていた過去が有る。
「とにかく、見に行く。科世、ついてきてくれるか?」
「え!?う、うん……良いよ?」
何故か顔を赤くする科世。どうしたんだろう?まぁいいか。
◆
「はぁ、はぁ」
傷が開きそうなのを何とか抑え、俺と科世は俺の家を目指して日が落ちつつある街道をひた走っていた。俺の家から学校までは徒歩十五分といったところだ。早期到着はそう難しいことではない。でも、体が揺れるたびに傷が疼く。そんなにひどかったのだろうか。
俺は未だに信じられない。信じたくなかった。自分の家が壊されたなんて。
(一体誰が……)
そんなことを考えていると、もう俺の家の前だった。そして……
「こりゃあ、ひどいな」
予想以上にひどい有様に、俺は文字通り息を呑んだ。焼けて真っ黒になった壁。熱せられて溶けてしまったガラス。正体不明な形をした何か。何だこれ。
それはさておき、この情景、さながら映画のワンシーンを見ているようだ。火は消化されているらしく、所々から煙が上がっている。ここに来てようやく、家が壊されたもとい、無くなったという現実を受け入れた。いや、受け入れさせられた、の方が適切かもしれない。
この目を何度擦ってもその現実が覆ることは無く、焼けた一軒家が、ただただ虚しく佇むのみ。
「起こったのは五時限目から六時限目の間。君達が暗鬼君達と一戦交えてる時よ」
「うわっ、沈黙先生!」
いつから後に居たのか、そこには沈黙先生が。人はこれを神出鬼没と……言うわけあるか!!!
でも気配を消すのは上手いよなこの先生。どこかの里の忍のよう、見事な気配の消し方だ。今度俺も教わるとするか。
「災難だったわね、神夜君」
「いえ、別に……」
この家が無くなったことに、俺はそこまでの悲しみを覚えはしなかった。住んでいるのは俺一人だし、壊されて困るような物は何も置いてはいない、筈。
それに、他の住宅や住民に被害が及ばなかったのは幸いだ。いやそうではなく、犯人がそうしただけか。自分の魔法、つまり炎をその一点だけに集中させ、ピンポイントで俺の家だけを焼き払う正確性の持ち主が。
しかし、家族(ほとんど帰ってきたことは無いが)との思い出が欠片ほどでも詰まっている家が無くなるという事は、いくら悲しみを覚えてないとはいえやはり心に傷を残していくわけであって、俺は何だかよく分からない感情の渦の中に居た。
「ははっ……家……無くなっちまった……」
あれ?何だか頬が熱い。それに……濡れている。指で頬を擦るとその指には、涙が。
「…………可笑しいな……悲しくなんて……ないのに……どうして、涙が」
次から次へと溢れ出る涙。その涙が止まらない。止めようとしても無駄。
そうか…………そうだったのか。俺は、自分の家を愛していた。やっと分かったことだ。何でもない日常、いつも通りの目覚め、この家で行われた悠聖達との記念パーティ、押しかけてきた科世。全てこの家が見守る中で起きた事。安心出来た。心地良かった。
いつの間にか、俺はこの家の暖かさが当たり前になって忘れていたのかもしれない。きっとそうだ。
学校が嫌いな俺の唯一の心の拠り所。それが無くなった。
「こんな重要な場所が……無くなったのに、悲しみなんて覚えない……だってぇ?勘違いも…………甚だしいじゃないか!俺は……俺は……」
「神夜!」
瞬間、科世が俺を抱きしめる。俺はわけが分からず、されるがままになっていた。
だが、暖かい。とても。全てを委ねられるような暖かさが、そこには、科世の腕には確かに在った。
「しな……よ?」
「なきたい時は……泣いて良いんだよ?だって、人間でしょ?」
「あぁ……あぁ……ありがとう、科世……」
その後、科世は俺が泣き続ける限り、傍で抱きしめてくれていた。
(ありがとう、科世……)
家の話だけでこんなにシリアスな話が出来上がってしまうとは……自分でもビックリです。