第四局~祝いの席in明星家~
「はあぁぁぁ……」
公園のベンチに座る少年の口から長い溜め息。これは俺、明星神夜のものだ。
学校から帰宅する途中、自販機を見つけたのでコーラ一本を購入し美味しく頂いている真っ最中。なのに溜め息が後を絶たない。コーラを味わえないではないか!
付け加えるなら、俺はジュースが大好きだ。特にコーラ。あぁ、カロリーゼロのやつも中々好きだぞ?
週に五本はコーラを飲む。通常コーラ一本、カロリーゼロ四本、といったかんじ。この組み合わせじゃないと、糖分を摂取し過ぎるからだ。カロリーゼロで糖分の取り過ぎを抑えている。え?それにしても飲み過ぎじゃないかって?目を瞑ってください。お願いします。今日は週に一度の通常コーラの日なんですよ。
この日が待ち遠しくて、昨日は眠れなかった…………というのは嘘だ。
眠れないとまではいかないが、やはり通常コーラが飲める日は待ち遠しい。だが、溜め息のせいで味をかみ締められない。
(修行不足だったか……もっと舌を磨こう)
現在の時刻は午後七時半。かなり遅くなってしまった。季節は春のためそこまで暗くは無いが、飯も作らないといけない。そろそろ帰るとするかな。
俺はベンチから立ち上がり、公園を後にする。薄暗い道を街灯の淡い光が照らし、俺の目にはとても神秘的に見えた。
今日はまだ登校一日目だというのに、疲れがピークに達している。実践演習で頭を使いすぎた、というわけではない。
ただ単純に疲れたのだ。
あの後、放課後に鐘騎の野郎が再戦させろって一組に乗り込んできたのが主な原因だろう。鐘騎だけならまだよかったものを、他のクラスの奴らに『一組の明星神夜は強い』なんて広めやがるから二組から五組までが押しかけてくる始末。強いのは俺じゃないのだが、それを見てニヤリとする悠聖の顔を見ていたら叩き潰してやりたくなったのは言うまでもない。
おかげで学校全体を使って逃走劇を繰り広げる破目になってしまった。何とか全ての追っ手を撒いて学校を出たときの感動は、今でも忘れられない思い出です!……って小学生か俺は!
「今日の飯は何にすっかな」
献立を考えながら歩いていると、家に辿り着いた。白がベースのシックな造りとなっております。
「ただいまー」
挨拶をしてみるものの、現在一人暮らしのため返事が帰ってくるはずも無い。と思ったのだが、
「おかえりー」
な!返事が返ってきただと!?よく見たら靴が増えていて、リビングに明かりも点いている。
俺は慌ててリビングへと走った。そこに居たのは……
「よう、神夜」
「遅いぜ神夜、もう始めちまうとこだったんだからな?」
「神夜っち~!こんばんは~」
「お邪魔してるよ」
悠聖、終冴、科世に緋狩を加えたメンバーだった。緋狩が居るのはまだ分かる。だが、
「何で悠聖達がここに居るんだよ」
「私が教えたの」
テメーか緋狩この野郎!
「怒らない怒らない。せっかく私が招待してあげたんだから」
招待も何も、ここは俺の家なんだが……。確かに幼い頃はお客も一杯来てたけど、中学卒業してから俺に客なんて緋狩くらいしかいなかった。他は中学の友達が来て遊ぶくらいだったしな。
「で、お前ら何しに来たんだ?」
「実践演習勝利の記念パーティーだよ。記念すべき第一勝をあげたわけだからね」
記念パーティー。なるほど、そういうことか。今日の実践演習の勝利を大げさにとらえている、というわけだな。だが、まぁ良いか。たまにはこういうのも悪くは無い。そうと決まれば飯だ飯。俺の作れる最高のメニューでもてなそうではないか。
「お前ら何が食べたい?」
「ざ~んね~ん、実はもう買ってきてあるのよね。だから神夜は無理しなくて良いの。ゆっくりしてて」
そう言って緋狩が持ち上げた買い物袋にはたくさんの食材が詰め込まれていた。今回、俺の出番は無しのようだ。
楽できるのは良いのだが、みんなに俺の料理の腕を魅せてやりたかったという悔しさが残った。
◆
「おぉ!美味いな、この河豚!どこのだ?」
「下関からの直送。とれたてだから味わって食べなさいよ?あんた、直ぐに自分の食べて人の分まで食べようとするんだから」
「だまらっしゃい。ノロノロ食ってるから横取りされんだろ?」
ギャアギャアと言い合う神夜と緋狩を見つめる科世は、悔しそうに頬を膨らませていた。
実際に見つめているのは神夜のほうで、膨らんだ頬が若干赤くなっているのをみると、何か特別な感情を抱いているようにもみえる。
(私だって……私だって……負けないんだから!)
密かに闘志を燃やす科世。だが、密かに燃やしたはずの闘志はあろうことか緋狩に伝わってしまったらしく、緋狩がゆっくりと科世を振り返る。その顔には、笑み。
女同士で伝わるものがあるのだろう。二人の間には火花がバチバチと音を立てているが、神夜達男性陣は全く気付いていない。
「「神夜!」」
◆
「お、おう?」
科世と緋狩の両方に呼ばれて振り返った俺は、目の前に広がる光景の意味が理解できなかった。科世が俺のことを呼び捨てにしたが、気にもならないほど。
二人が刺身を俺に向けていた。どういうことだ?食べろというのか?
悠聖と終冴は、笑顔で親指を立てている。何なんだ一体。
「「はい、あーん」」
同時に刺身を差し出された。どちらを先に食べようか……う~ん。
やはり、ここは幼馴染である緋狩のからかな。俺は先に、緋狩の差し出した刺身に口を運んだ。うん、美味い。醤油の加減も絶妙。
「やったぁ!勝った勝った!」
「そ、そんな…………」
勝った?何に?そして何故科世は崩れ去ってるんだ?しかも真っ白になって。俺、科世に何か悪いことしたかな?う~ん、分からん。
「どうした?科世?」
「な、なんでもない……よ!?」
お~い、何で声が裏返ってるんだ?
「顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
と言って俺が科世の額に自分の額をつけた瞬間、科世は顔が瞬時に紅潮して爆発してしまった。俺は地雷でも踏んだのだろうか。ええぃ!探索班、何をしている!
「は、はひぃ……」
いまだに顔から湯気を出している科世の隣で、はぁ、と緋狩が頭を抱えている。悠聖と終冴も同じように頭を抱えているが、この二人に限っては笑いを堪えているようにも見えた。体が小刻みに震えているのが分かる。
ふと時計を見ると、もう八時半を回っていることに気がついた。
「じゃあ俺ら帰るわ。ほら、終冴、科世、行くぞ」
「また学校でな」
「は、はひぃ……お、おひゃわひわひか~」
とうとう再起不能に陥ってしまったらしい科世を抱えた悠聖と終冴は、俺の家から急ぎ足で退散していった。何だか慌ただしい連中だったな。いや、いつものことか。
「さてと、風呂にでも入るか」
俺は食器を流しに浸けた後、リビングから風呂場へと直行する。そういえば、緋狩が居ない。あいつらと一緒に帰ったのだろう。
◆
「!」
俺の家の風呂場にはありえないものが置かれていた。それは……女性用の下着だった。それも、かなりスタイルの良い人が着ける様な……って違う違う!何を考えているんだ俺は!
とにかく風呂に入ろう。
「あ、神夜。先に入ってるよ?」
「………………何で、居るんですか」
そこには、緋狩が居た。体は浴槽に浸かっているために見えることはないが、これは刺激が少々強すぎるのではないにか?子どもが見るようなシーンではないぞ!?
「神夜も入ろう?昔は一緒にお風呂入った仲じゃない」
いつの話だよ!?幼稚園から小四までの間じゃないか!
ほんっとに、デリカシーの無いことこの上ない。
「神夜は年上の人には目が無いのに、同い年の子とか幼馴染の気持ちには疎いんだから」
「ん?何か言ったか?」
「何でもない!」
プイッとそっぽを向いてしまう緋狩。一体何なんだ?全く分からん。
「お前って」
「?」
「結構大胆なやつ着けてるんだな」
ドカッ!と鈍い音がして、緋狩の拳が俺の頬をとらえた。痛い。ものすごく。流石は緋狩の突き。中学校の空手全国大会で優勝しただけのことはある。それにしても……痛い。
「神夜の変態!」
「ち、ちがっ!」
ピシャリとドアを閉められ、問答無用で風呂場から追い出された。殴られた頬がまだ痛む。ってゆうか……
「服を着せろー!」
俺の悲痛な叫びが家中に木霊する夜であった。