第三局~第一実践演習~
国立捨て駒学園第一演習場。この捨て駒学園に六つある演習場の一つ。今日、俺達はここで<歩兵>四組と演習を行うことになった。
とりあえず、布陣は普通のチェスと同じように<歩兵>を前に八人置き、他の駒もチェスにおいて基本とされる位置に配置させている。
<王>である俺は、当然ながら<女王>の、つまりは科世の横で指示を出すわけだ。
それぞれの駒には装備があるらしく、装備の耐久力が切れた時点でその駒は戦闘不能とみなされ、演習場から強制転送される、と演習の教本に書いてあった。
教本なんていつ見たのかというと……ついさっきだ。
沈黙先生が先程持ってた資料がそうだ。持ってくるだけ持ってきて配らないと思ったら、演習場に着いてから配りやがったんだ。その上言い訳が『忘れてた。てへっ!』である。これが沈黙先生じゃなかったら殴り飛ばしてたところだ。まったく、ドジキャラは良いとして、それを自然にやってしまわれては文句の言いようもない。
演習の際、<王>には自軍と敵軍の配置図がモニタリングでき、無線で自軍の駒へと指示を飛ばすことで動かせるらしい。その通信は敵軍には聞こえないので心配は無いとのこと。
「初期設定の耐久力は……<歩兵>三〇〇、<僧>四二〇、<城>七六〇、<騎士>六三〇、<女王>八九〇、そして<王>一〇〇〇……か……」
目の前のモニタに、高速で装備の情報が流れていく。
分かる。何だか知らんが、俺の頭の中には勝つための戦術、いや戦略が浮かんでいた。
そして本番。演習を行う一組と四組の生徒が互いに向かい合い、握手。まぁ、勝負は礼に始まり礼に終わる、とも言うしな。相手には敬意を払おうではないか。それなりに、な。
「俺は四組の<王>、志野原鐘騎だ」
「一組<王>、明星神夜。よろしく」
「あぁ、でも手加減しないぜ?」
何が『でも』なのかまったく分からないが、突っ込むと色々面倒な事になりそうなのでやめておこう。
「ありがたいね」
それだけ言うと、俺は鐘騎に背を向けて歩き出す。向かう先は、玉座。<王>の君臨するに最も相応しい場所だ。
◆
全員が配置に就き、辺りが静まり返る。すると、沈黙先生の声が、映像と共に演習場備え付けの巨大モニタから聞こえてきた。いよいよ始まるようだ。
「なぁ神夜、大丈夫なのか? お前に戦術なんて……」
「大丈夫だ。それに戦況を左右するのは戦術ではなく戦略だって、誰かが言ってた気がする。さぁ早く配置に就け」
俺を心配して声をかけてきた悠聖を一蹴し、配置に戻す。不思議と緊張はしていない。むしろ高ぶっている感じだ。演習とはいっても、戦いには違いないのだから。
俺は特別戦いを好むバトルマニアというわけではないが、勝負事に関しては別だ。
「それでは、第一回実践演習……開始!!」
その合図で敵陣が一気に自軍への突進を仕掛けてきた。何と愚かな戦術。的にしてくれと言っているようなものではないか。
俺は焦ることなく指示を出す。
「相手両翼の伸びる先を抑えろ! 悠聖、終冴、二手に分かれて相手を囲むように展開。<歩兵>を三人ほど連れて行け。俺への道は開けても構わない! 好きなだけ攻めさせてやれ!」
「しかし、それじゃあお前が……」
「俺を信じろ、悠聖」
「……分かった。しっかり指示頼むぜ? <王>さんよ?」
何せ<王>の耐久力は一〇〇〇。そうそう簡単に落ちるものではない。<歩兵>から袋叩きにされても持ち堪えるだけの耐久力だ。やはり一番重要な駒は基準値があらかじめ高く設定されている。
モニタを見ると、俺の指示で左右に大きく展開した悠聖と終冴が徐々に敵陣後方に回り込みつつあった。敵陣はこれに全く気付いていないのか、目の前の<歩兵>を倒すことに必死になっている様子。
悠聖の耐久力は残り五六二。終冴は七〇三。こちら駒はほぼ無傷。<歩兵>が二騎程落とされたが、想定内。
と、そこへ
―ボゥン!―
人の頭ほどのサイズの炎球が俺の肩を直撃した。
「くっ!」
「神夜っち! 大丈夫!?」
「あぁ、大丈夫だ」
どうやら敵陣の<僧>からの魔法攻撃のようだ。装備で守られているため、肉体に直接のダメージは無いが、衝撃は伝わる。案外痛い。
(属性は炎か……耐久力は残り九六四。まだまだ大丈夫。あれを排除するには……)
「前線の部隊は後退し、距離を保て! 科世、あの<僧>に、格の違いを思い知らせてやれ!」
「は~い! 高圧の水球よ、仇為す者を撃ち伏せろ! 六式『連水砲』!」
<女王>こと白状科世の詠唱により水の二丁銃が生まれ、それを手に取った科世はお構い無しに乱射、乱射、乱射。その銃口からは、六発の水弾。
放たれた水弾は、全て<僧>へと向かい命中する。そして、水弾を喰らった<僧>が一瞬にして消えてしまった。戦闘不能になって演習場から強制転送されたのだろう。
俺は横目で科世をチラリと見る。『やり過ぎちゃった』と自分の頭を叩く科世。
自軍への被害が出ないよう、前線を下げたのは正解だったようだ。撃たれた敵陣の<僧>を哀れに思うと同時に、“科世が同じクラスで良かった”と安心感を胸の内に抱いていた。
科世曰く、魔法を使っても耐久力は減るらしく無限に使うことは出来ないという。威力の大きな術なら尚更だそうだ。
「よし、時間は稼いだ……悠聖、終冴、準備は良いか?」
「良いぞ!」
「こっちもOKだ!」
俺の問いに、無邪気な子どもみたいに答える悠聖と終冴。まるで俺のやろうとしている事が分かっているかのようで、他の駒の配置も完璧。
(さて、やるか!)
「必殺布陣、脱出不能牢!」
回り込んだ悠聖と終冴の部隊が敵軍を丸く取り囲み、逃げる隙を与えないように他の駒がその間を埋める。これが、この布陣を作ることこそが、俺のやろうとしていたこと。
俺を狙って前に出すぎたのが仇となったようで、もう敵軍はこの牢から逃れることは出来ない。俺への道を開けさせて、相手が攻め込んでくるようにしたのはこのため。まさに袋のネズミ状態だ。
誰でも敵の大将を目の前にすると、気持ちが高ぶって我先にと前へ出ようとする、心理を利用したわけだ。
「科世、可哀想だが、みんなまとめて終わりにしてあげなさい」
「じゃあ、あれを使おうかな。ちょっとエネルギー消費激しいけどね…………激流よ、全てを浄化し洗い流せ! 四式『大水牢』!」
特大の水球が出現し、逃げられなくなった敵軍を丸ごとすっぽり包み込んで空中で静止する。中の駒たちは苦しそうに悶えているが、そんなの知ったことではない。敵に情けをかけて攻撃の手を緩めるほど、俺は優しくもなければ、お人好しでもないのだから。
プライドの高い相手は情けをかけられるくらいなら死を選ぶだろうが、学校で死んでもらっても困る。 まぁ、鐘騎がそんな高いプライドを持ち合わせていたらの話だが。
「科世、残りの耐久力は?」
「後、六三二。この術で一〇〇はエネルギー使うから」
渦巻く激流の中で次々に消えていく敵軍の駒達。それを無言で見つめている俺は、あの日のことを思い出していた。
そう、俺が学校を嫌いになった“あの日”のことを。
「……夜っち! 神夜っち!」
「! どうした?」
科世の声で俺は現実へと引き戻された。
目の前には、他の駒が消えてただ一人残った<王>、志野原鐘騎。地面に片膝をつき、肩で息をしている。
「勝負はついたも同然だな」
「へへっ……参ったな……分かった。俺の負けだよ」
鐘騎がそう口にした瞬間、ブザーが演習場いっぱいに鳴り響く。どうやら俺たちは勝ったようで、沈黙先生が手を振りながらこちらへ走ってきているところだった。
「みんな~! やったねぇ~!」
相変わらずマイペースな人である。あ、こけた。
「あいたたたああぁぁ~」
顔をしかめて腰をさする沈黙先生を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。色んな意味で癒し系の人である。どんなに重苦しい空気に成っても、この人だけは絶対に変わらないのだろう。見ていると妙な安心感がある、と言えば分りやすいか。
第一回実践演習、俺たち<歩兵>一組は鐘騎率いる<歩兵>四組に対し、勝利を収めた。
◆
演習場の観客席から、神夜達を見つめる一人の人物。センチメートルで表現するのが難しい程の長身で、見る者を圧倒する威圧感を放っていた。
「ほぅ……あいつ、明星神夜だっけか。中々面白そうじゃねぇか……今度手合わせしてもらうとするか。俺達二年<王>相手に……じゃなかったか。“俺”を相手に、どこまでやれるかな?」
静かに演習場から立ち去るその人物の口元には、楽しげな笑みが浮かべられていた。そう、まるでやっと人生に対して楽しみを見つけた子どもの様な。