第二十六局~違和感~
読んでくださってる方お気に入りして頂いている方遅くなって申し訳ない。
色々あって時間取れなくてこんなに遅くなりました。
ではどうぞ
意識は唐突に覚醒した。
見知らぬ人たちの顔で視界は埋め尽くされている。
特に何とも思わなかった。目を開いたのが初めてだったから、感情など持ちようもないし、それを表現するための言語すら知らなかった。
体つきは中学生くらいなのに、中身は生まれたての赤子だったのだ。
『二重属性生成実験』
一つの属性を持つ魔法使いの遺伝子に、異なる属性の遺伝子を組み合わせて二つの属性を持つ魔法使いを生み出せないかという実験。
例えば、炎使いと氷使いの間に子どもが出来たとする。この子どもが炎と氷の両方を使える魔法使いとして産まれてくる訳ではない。どちらかの属性が消えて片方が残るか、全く別の属性を操る魔法使いになるのが殆どだ。例外として一般人になる事もある。稀なケースとしては、能力者が産まれてくる事も。
しかし、二つの属性を持つ魔法使いは前例がない。即ち、それが産まれてくる子どもの人種を意図的に操れないという何よりの証明だったのだ。
だが、実験はその証明を粉々にしてしまう。人工的に育てた魔法使いの身体に、無理矢理別属性の魔法使いの遺伝子を組み込んだのだ。当然のごとく拒絶反応が出る。
何人もの子どもが拒絶反応によって死に絶える中、二百五十二回目にして、唯一の成功例である美司波冷火が誕生したのである。そんな数になるまで実験を繰り返した研究者達をよくやったと褒めるべきなのか、それとも外道と虐げるのか。そんな事は分からない。
ただ一つ言うなら、冷火はこの特別な力を与えてくれた研究者達に感謝しているということだ。
「科世! 弓で終冴を援護だ!」
「分かった!」
終冴が駆け、その後方から見えない矢(正確には、アッキヌフォートによって“軌跡”を省かれた矢)と模写した矢が同時に飛んでくる。
それも、終冴をかわした後に自分が動くであろうコースを塞ぐようにである。トーマの矢に至っては、軌道が見えないため何処に飛んでくるか分からない。
矢は援護などではない、と、冷火は直感的に思った。寧ろ終冴が援護の様にも見える。本命は矢で、終冴はワザとかわされるために突っ込んで来たのではないかと思える程だ。
「そうなっちゃったら、目の前の敵をぶった斬るしかないでしょ!」
冷火は手にしたデュランダルで、向かってくる終冴の顔面を薙ぐ。顔が真っ二つになる直前で、終冴が跳躍した。
終冴を追いかけるように、視線を上へと上げたその瞬間、冷火の肩に鈍い痛みが走った。
「くっ……これは、矢!?」
移した視線の先には銀色の矢が一本。冷火の右肩に深々と突き刺さっていた。終冴の肉薄、矢による援護、この全てがフェイクだったということだろう。本命は終冴の後を追うように放たれた見えない矢だったのだ。
威力の大きい一撃で冷火を仕留めることも出来たかもしれないが、彼女が簡単に当たってくれるはずはないと踏んだトーマの一考による攻撃だった。
「こんな……物でェ!!」
肩に刺さった矢をひっつかんで無理矢理に引っこ抜く。そして、構えていたデュランダルをシェキナーに装填した。
「もうこれ以上時間はかけられない。じゃないと、アナタ達を相手に持久戦では圧倒的に不利。結局、二重属性ならではの戦い、魅せられなかったなぁ……」
シェキナーの発する冷気によって、辺り一面の空気が凍り付く。まるで生物の存在を否定するように。
そしてデュランダルには、今までに無いくらい美しく輝く焔が渦巻いていた。冷火は間違いなくトーマ達を殺すつもりでいる。
完全に主旨が準備運動から殺害へとシフトした冷火の強力無比な攻撃が放たれようとしていた。
「“聖なる剣と知性を与える弓よ……その力を一つにし、全てを突き穿つ必殺の一撃を生み出さん”『迸る(レイジング)――」
「ちょっと待ちな」
その声と同時に、全員の動きが物理的に封じられた。指一本たりとも動かせない。こんな事が出来るのは……
「皇覇……」
「よぉ」
白髪に漆黒の瞳を持つ、二年〈王〉の転入生、無我斬皇覇である。相も変わらず、その顔には亀裂の様な笑みが浮かんでいた。
しかし、次の瞬間にはその笑みを消し去り、皇覇の表情は真剣そのものになった。
「お前らナニ考えてやがる? 本気で殺し合いしやがって。演習ならやられても転送って手段があるが、ここは校舎の中庭。転送で致命傷を回避、なんて逃げ場はねぇんだぞ」
皇覇は本気でキレている。他人のことにはあまり関心を向けない彼が、怒っていた。
全員がその剣幕にたじろぎ、息を呑む。それは蛇に睨まれた蛙、という表現が一番しっくりくる。精神的にも物理的にも、冷火達は動けなくなっているのだ。
そんな中、冷火が口を開いた。
「……一体どうしたのよ? 貴方がそんな事を言うなんて……ホントは優しい、とか?」
「違ぇよボケ。これは俺の意志じゃねぇんだ。勘違いすんな」
「……ツンデレ?」
「いっぺん死ぬか? テメェ」
そう言いながら皇覇は指を一度、パチンと鳴らす。すると、今までガチガチに固まっていた身体が途端に自由になった。
力なく地面にへたり込む一同。特に科世やトーマなどは立つことすら難しい様だった。終冴は持ち前の運動神経で何とか立てている程度。しかし、歩くことは暫くは無理だろう。
「ちっとアタマ冷やしやがれってんだ」
ぶっきらぼうに言い放って踵を返す皇覇に、冷火が問う。
「これは俺の意志じゃない、ってことは誰かに頼まれたの?」
「さぁな」
規格外の一人、『滑り人』は何も答えることなく、その場から立ち去った。
◆
「鬱穂さん。皇覇さんが止めにはいるの分かってましたね?」
事の一部始終を遠くから観察していた俺、明星神夜は隣に立つ女性に言った。
「まぁ何となく、ね」
面倒ごとに関わりたくないのは本心だろうが、大事故になってからの事後処理の方がもっと面倒だということは言うまでもない。なのに、風紀委員長であるところの太刀華鬱穂さんは冷火さんとトーマ達の戦いを止めなかった。
俺は思わず飛び出しそうになったが、鬱穂さんがそれを制したのだ。
「アイツは一対一なら殺す気でいくけど、多対一の状況を嫌う。ましてや転送が使えない校舎内での殺し合いなんて絶対に許さない。性格は歪みまくって狂ってる凶人だけど、律儀なところもあるんだ」
柔和な笑みを浮かべながら語る鬱穂さんはとても楽しそうに見えた。同時に、その笑顔にドキリとしている俺がいた。
「神夜、アンタって本当に年上の人に弱いのね」
言って鬱穂さんの横からひょっこりと顔を出したのは、俺の義理の姉、時皇子時雨だった。
表情には出さないようにしていたのだけれど。長年の付き合いなのだろう、俺の事など何でもお見通しといった風に言う。
まったく、この義姉には適わないな。
「何だ? アタシなんかの顔でときめいてくれるなんて、嬉しいじゃないか」
「う……まぁ、年上好きというのは否定しませんけど」
ここで嘘を吐いたところで、どうせ義姉さんに見破られるに決まってる。俺は正直に年上好きであることを告白した。
すると、覚えのある視線が俺のこめかみを殴りつけた。チラリと横に目をやると、禍々しいオーラを放っている義姉さんが居た。
「時雨、よさないか。神夜君は年上好きというのは事実だろうが、何もアタシのことが好きと言っている訳ではないだろう? もしかすると、君の事かもしれない」
鬱穂さんは先程の柔和な笑みとは打って変わり、妖艶な笑みを浮かべた。
途端に義姉さんが爆発する。
「んなっ! ななななななぁっ!?」
こんなに狼狽している義姉さんを、今日だけで二回も垣間見た。
ヤバい……超面白い。
思ってると、
「しかし、冷火もまだまだだな。アタシを蹴落とす為にとっておいた最高魔法をあの子たちに使おうとするなんて。あれじゃまだ風紀委員長の座は譲れないねぇ」
「……蹴落とす、とは?」
「ああ、君は知らないのか。冷火はアタシを風紀委員長から引きずりおろそうと画策しててね。それはあの子の本能というか、性みたいなものなんだ」
言っている意味がよく分からないが、下克上のようなものなのだろうか。その計画とやらに気付いていたことにも驚きだが、それを知っていて放っておいた鬱穂さんは、やはり大物なのだろう。
「アタシは負けを経験したことがない。だから一度負けてみたかったんだけど、あの子達と互角じゃアタシには勝てないよ」
「負けたことが無いって……なら、暗鬼さんや皇覇さんにも負けてない、と?」
未だに正体が隠されたままだが、間違いなく最強クラスの能力を持つ暗鬼さんに勝てる者などそうはいない。いや、多分いないと思う。
皇覇さんだって、規格外の一人。あの二人を相手に勝ってしまったのか? この人は。
「あ~違う違う。闘ってないだけさ。アタシ等が本気で闘り合ったって決着なんてつかないからね」
まぁ確かにそうかもしれない。『五人の規格外』の中で強さに序列が付けられているのなら、わざわざ五人だけを抜粋して『規格外』の称号を付ける必要はない。ただ純粋に順位だけ付ければ良いのだから。
それが無いということは、五人の能力がすべて拮抗しているからだろう。暗鬼さんクラスが五人も居るなんて、正直想像したくはないが。
「それより時雨。アンタは大丈夫なのかい? 暗鬼の奴と主神の一撃が手を組むって話。学園中に広まってるようだけど?」
「ええ。皇覇対策にと結ばれた協定なんですけど、彼が生徒に危害を加えない限りは手出し無用ということになってますから」
これは俺も正直驚いた。独りを好む性格の暗鬼さんが、他人(この場合は組織だが)と手を組むことなど無いと思っていたからだ。
そうでもしないと、皇覇さんを止められないのだろう。危害というなら、俺はもう既に危害紛いのことをあの人からされている気がしてならないのだが、特に怪我をしているわけではない。危害の内には入らないということだろうか。
義姉さんが闘った時だってそうだ。彼が一方的に仕掛けて来たわけではなく、両者の承諾在っての戦闘だったらしい。義姉さんもそれは認めている。
こう考えてみると、皇覇さんは粛清対象になるギリギリのところを上手くすり抜けているということが分かる。凶人とはいうが、頭の良さは目を見張るものがあるらしい。
というか、義姉さん立ち直り早っ!
さっきまでの狼狽はどこへ行ったのか、いつものクールな義姉さんだった。
「まぁ、暫くは様子見ってところだね。アイツがどう動くか、それによってこの学園の未来まで変わるよ?」
「分かっています」
短く返事をして、義姉さんは踵を返した。自治団の仕事へ戻るのだろう。さっきまで気を失っていたというのに、我が姉ながら逞しいことだ。
願わくば、あの狼狽した義姉さんをもう一度拝んでみたい。
「さて、神夜君。これから、皇覇は何をすると思う?」
「は?」
急に訊かれても分かるはずがない。そりゃあ、俺が緋狩のように心を読む能力なりを身に付けていれば話は別なのだろうが、生憎俺にはそんな能力は備わっていないし、読心術が使えるわけでもない。しかし、推測することは出来る。
「勘ですが、あの人は何もしてこないんじゃないかと」
「……根拠は?」
「あの人の頭の中は読めなさすぎる。そんな人をこの学園に招き入れたってことは、学園理事会が何か企んでるんじゃないですかね? もっとも、理事会が皇覇さんをコントロールする術を持っているとしたら、ですが」
「フム……」
視線を床に落とし、何やら考え込んでいらっしゃる風紀委員長。俺の発言はそこまで頭を悩ませる程のものだろうか。
ただ単純に、皇覇さんが戦闘好きということをふまえてなのだが。
「君の意見は大変参考になるよ。風紀委員会に欲しいくらいだ」
「やめて下さいよ。こんな危険な委員会は勘弁です。でも、手伝いくらいならいくらでもしますから」
「フッ……生意気言うじゃないか」
言って鬱穂さんは冷火さん達の方へ歩みを進める。俺もそれに続いた。
◆
「ったく、今日は色んな事が起こりすぎだ」
気がつけばもう放課後。一人愚痴を零す終冴の隣を歩きながら、俺達五人は昇降口へと急いでいた。
冷火さんは鬱穂さんが引き受けてくれたが、彼女は冷火さんに怒っているわけではなさそうだった。
寧ろ、可愛い妹を見るような優しい目をしていた。冷火さんも、悪態をつきながらも大人しく鬱穂さんに連れられて行ったところを見ると、冷火さん自身も今の関係が心地良いのだろう。
「まぁ、確かにな。ところで、悠聖は身体大丈夫なのか?」
「ん? ああ、思った程深刻じゃないみたいだ。あの人、後遺症やら傷跡やらが遺らないように的確に攻撃を打ち込んだらしい」
そんな事が出来るあたり、やはり冷火さんは凄い。遠くから見ていたが、属性を二つ同時に扱っていた。そんな魔法使いはこの世で冷火さんだけらしい。
世界でただ一人の成功作品。
当時の人達は冷火さんのことをそのように見ていたんだろうな。
「一体、この学園で何が起こってるんだ?」
ただ何となくなのだろう。特に考えもなく発した終冴の言葉に、ふと違和感を覚えた。
具体的にどうというのは分からない。しかも、それは俺の勘違いであるということも考えられる。それくらいの僅かな違和感だった。
規格外の一人、無我斬皇覇の転入、そしてそれに伴う疑心暗鬼と学園自治団の協力。風紀委員長、太刀華鬱穂との邂逅。それら全てが今日一日で起こっている。
何やら得体の知れないものが動いているような、そんな感覚を覚えるが、それを振り払うようにかぶりを振った。
「おい神夜、早く家に帰るぞ」
「俺は間借りしてる寮にだけどな」
今はこのまま、もう少しこの時間を過ごさせてくれ。
◆
学園内の施設のいくつかは、生徒の立ち入りが禁止されている。どこの学校でもそうだが、この捨て駒学園において、それが適応されているのは唯一つ。理事長室だけである。
「理事長! 何を考えておいでですか!? あの様な問題児を我が校に迎え入れるなど!」
この世の終わりの如く、ヒステリックな怒鳴り声が響く。叫んでいるのは、神夜達の通う捨て駒学園の校長、駒野禅空だ。蓄えられた白い顎鬚がいかにも校長らしい。
「落ち着いてください、駒野校長。彼は明星君達を成長させる恰好の材料なんですよ」
静かにそう答える一人の男。見てくれだけなら、女性と遜色ないほどの白い肌と綺麗な顔立ちで、伸ばした前髪によって片目が隠れている。歳は三十代後半といったところだろう。
その若さで一学校の理事長だというのだから驚きだ。
男が続ける。
「世界最高クラスの能力者、疑心暗鬼と無我斬皇覇、そして太刀華鬱穂。彼等は決して仲良しというわけではありません。この中に明星君が加わったらどうなると思いますか?」
「どうなるも何も、彼は一般人なんですよ? 無事で済まない事は目に見えています」
口を挟んだのは駒野ではなく、同席していた霜月叶恵だった。
普段は校長の片腕として横に張り付いており、話に割って入ることは無いのだが、この時ばかりは口を開いていた。
理事長と呼ばれた男が視線だけを叶恵に向ける。
「確かに、明星神夜は一年生の中でも高い評価を得ています。しかし、能力者や魔法使いは別格、いえ、別次元の存在なんですよ? そんなことも分からないわけがありませんよね? 最強の雷使い「掴めぬ雷雲」、紫導雷閃理事長?」
叶恵の態度は上司に対する態度ではなく、気に入らない奴を挑発するようなものだった。
雷閃はそれを聞いて、ニヤリとした。
タイトル意味分からなかったと思います。
何処に向かってるの? と問いたい気持ちはよくわかります。
でも、ちゃんと完結はさせますのでよろしくお願いします。