第二十五局~可能性の産物~
かなり遅くなりました。お気に入り登録してくださってる方、呼んでくださってる方々、申し訳ありませんでした。最新話でございます。
もうどこに行きたいのか分からなくなってきました。
でもちゃんと繋がってますのでご安心を。
駄文をどうぞよろしくお願いします。
「炎使い……科世、やれるか?」
トーマの問いかけに、一度だけ力強く頷くと、科世は疑似魔装である弓を引き絞った。
矢の先を向けたのは正面。そこに佇むのは、風紀委員にして二年〈騎士〉所属の美司波冷火である。右手には聖なる輝きを放つ宝剣が一本。
刀身は淡い焔に包まれており、まだ完全には覚醒していないということだろう。
「友達一人怪我したくらいで何を熱くなってるんだ……か!」
冷火がニヤリとして宝剣を薙いだ。切っ先から焔が生まれ、地を這ってトーマへと走る。
横に跳んで焔を回避すると、トーマは魔法陣に魔力を込め、術式を発動させた。
「“その力の前には一片の希望も無く、ただ凍てついた死の景色が広がるのみ。オーフェンリルの名において命ずる……我の障害となる全てをに裁きを降せ”『冷徹なる終焉鉄槌』」
魔法陣が空中で増殖を重ね、床や壁、天井に至るまでを埋め尽くした。見ているだけで気分が悪くなる光景である。
その中心から高速で発射される、氷で形成された無数の杭。まるで獲物を狙う獣の様に、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに冷火へと殺到する。
「この氷魔法……いきなりこんな高威力かつ魔力食らいの大魔法撃ってくるとは……ホントにお怒りみたいね。“炎の加護よ、我を護りたまえ”『朱の守護結界』」
床に突き立てられた宝剣から焔が迸り、冷火を丸く包み込む。だが、氷の杭は焔の壁を易々と貫通した。冷火の焔の壁とトーマの使った氷の杭とでは術式としての格が違いすぎる。それだけ、トーマの怒りは本物という事だ。しかし、冷火とてそれを予想していなかったわけではない。一層でダメなら二層目三層目を用意しておけば良い。結界を何重にも重ね最後の一層で完全に杭を凌ぎ切った。
結界が破れた一瞬の隙に科世が矢を射る。杭が壁に開けた穴から一閃が駆け抜けた。
「へぇ……器用なマネしてくれるじゃない!」
冷火が肢体を仰け反らせて矢を躱す。器用なのはどちらかといえば冷火の方ではないのかと思ったトーマだが、次の瞬間には余計な考えは捨て去り、更なる攻撃に移った。
「吹雪造形、『無駄無しの弓』」
彼の右手を覆うのは氷塊。細長い棒の様な形状をしている。それが砕け散り、彼の手の中には、銀色に鈍く輝く弓が握られていた。
「これが俺の魔装『無駄なしの弓』。トリスタンの使った名弓です。霜月先生の物とは多少違っていましてね……あれは必ず当たる弓。ですが、俺のアッキヌフォートには“無駄を省く”という機能が追加されている」
「ハァ? どういう……っ!?」
ゾクリと背筋に悪寒が走った冷火が、とっさに床を転がって回避モーションをとる。すると、つい先ほどまで冷火の立っていた床に突然銀の矢が突き刺さった。そう、射たのではなく、まるで“其処に出現した”ように。
「アッキヌフォートの一撃を避けるなんて、流石。というべきなんでしょうね」
「アンタ、一体何したってのよ……」
驚愕した表情の冷火の言葉を無視して、トーマはあくまでもポーカーフェイスだった。
魔法陣が展開しているわけではないから、魔法ではない。ならば、この下級生は一体どうやって矢を床に出現させたのか。冷火には全くと言って良い程、分からなかった。
「普通はコレを見切れるわけが無いんですが、勘が恐ろしく冴えていらっしゃるようですね」
トーマが矢を放つポージングをした瞬間、再び冷火の背筋が凍りついた。その場から跳び下がって距離を取る。
その床には同じように矢が突き刺さっていた。
苛立ちを隠しきれなかった。あの忌々しい弓の仕掛けを解くことが出来ないのもそうだが、それ以上に、下級生に弄ばれている様な屈辱感が堪らなく嫌だった。
ふと、トーマと視線が絡み合う。その表情はポーカーフェイスではなく、こちらを見下す様な、バカにした様な笑みだった。仕組みが分からない冷火に“このくらいも分からないのか?”とでも言いたげな。
「ナメてんじゃねぇぞこのガキがあぁぁぁぁ! 宝剣焔誕! 『不滅なる紅刃』!」
淡い焔が掻き消え、宝剣の刀身が露わになる。冷火の魔装の真の姿。鮮やかな緋色をした刃を持つ、聖なる宝剣『デュランダル』。その刃は折れることがなく、必ず持ち主の手の中へと帰ると言われている。
切れ味だけならエクスカリバーをも上回る伝説の剣だ。
「デュランダル……最高クラスの切れ味を誇る魔装だね。でも、こっちは弓使いが二人。近距離型のデュランダルとは相性が良いはず。トーマ! このまま距離を保ちながら消耗させるよ!」
「ああ、俺も同じ事を考えていた」
「ハッ! なぁにが距離を保ちながら消耗させるだ!? デュランダルを解放した私に距離なんてモンはねぇんだよ!」
冷火は手にしたデュランダルをトーマへ向けて投擲した。
回転運動をしながら迫るその刃を避けるのはそう難しい事ではない。ただし、ここが開けた場所ならば、だ。それに矢を射たとしても、冷火に当てることは出来ても自分の身体が真っ二つになる。
廊下という閉じられた空間では些か動ける範囲に限界がある。なので、
「科世! ここから離れる! 壁を壊せ!」
校則違反はおろか、器物損害で逮捕されかねないような要望を、トーマは何の躊躇いもなく口にした。
彼としては、何気なく、無意識に発した言葉だったのだろうが、教師が聞いていたら全力で止めようとするだろう。神夜とバカな事をやっていた時の癖なのかもしれない。
「“高圧の水弾よ……仇なす者を撃ち伏せろ”六式『連水砲』」
その要望を、これまた何の躊躇いもなく受け入れて実行してしまう科世も考え物だ。
『砲』という名前を持ちながら、その実は銃のフォルムをした魔法を壁に向けて打ち出した。
コンクリートの壁に穿たれた穴は、余裕で外まで貫通しており、目と鼻の先には学園の中庭が広がっていた。
科世はそのまま中庭へと転がり出る。トーマもそれに続いた。
「…………」
冷火が小声で何かを呟いたが、トーマの耳には入らなかった様だ。
だから、
ーパキンー
と足元が音を立てて凍り付いた事を理解するのに、一瞬だけ時間がかかった。
「なっ!? これは……」
「そう、君の大得意な氷魔法よ。そぉら、もう一丁!」
動きが止まったトーマに向けて、再び冷火は聖なる宝剣を投擲する。掠りでもすれば、忽ち対象物を斬り裂いてしまう宝剣の斬撃を防ぐことは限り無く不可能に近い。
だが、その対処法を考えるよりも、トーマの頭の中にはある疑問が生まれていた。
(あの剣、いつの間にあの人の手元に戻ったんだ? 投げた後で拾ったにしてはタイムラグが無さ過ぎる! それに、何故氷を足元に張ることが出来た? 仲間が居る?)
「トーマ! 何してるの!? 十二式『蒼流壁面』!」
速詠唱によって生み出された水の壁がデュランダルの突進を僅かに、ほんの少しだけ鈍らせた。
蒼流壁は紙切れの様に真っ二つになったが、その僅かな猶予のおかげで、トーマは足下の氷を破壊してデュランダルを回避する事ができた。
「ありがとう、科世」
「ハラハラさせないでよ、もう。……で、何を考えてたの?」
「……デュランダルについてだ」
「デュランダル?」
「ああ。あれは、単に最高クラスの切れ味を誇り、決して折れることのない宝剣、というだけじゃないような気がするんだ。何かもっと別の性能があるのかもしれない。俺のアッキヌフォートのように」
「それって、相当厄介ってこと?」
科世の問いに、言わずもがなといった感じで、トーマは頷いた。
氷の事は言わなかった。今はデュランダルの方が数倍厄介だからだ。
切れ味抜群に加えて折れないというだけでも厄介だというのに、ここにきてまた別の機能が発覚しようものなら、いい加減にしろと怒鳴りたくもなる。
「君だってその弓の機能を私に隠してるじゃねぇかよ。お互い様だろ? しっかし、“無駄を省く”なんて一体どういう……まさか」
冷火が思い当たった瞬間、トーマが再び矢を放つポーズをとる。
冷火の足下には例のごとく氷の矢が突き刺さっていた。
当の冷火はというと、トーマのポージングを見て咄嗟に回避行動をとっていた。そしてその表情は、笑っていた。
「解った……その弓の機能。君は矢が目標に向かうという“無駄”を省いた。そして、矢が目に見えるという“無駄”も省いた。君が“無駄”だと認識した事象、または行程を省く。それがその『無駄なしの弓』、アッキヌフォートの真骨頂ね?」
先程の激昂は一体何処へ行ってしまったのかと思うくらい、冷火は冷静になっていた。火が冷めてしまったかのように。
今度はトーマが表情を歪める番だった。
「挑発させるためにあんな表情までしたのに、まさか本当に見破られてしまうとは……貴女は本当に厄介な人ですよ、美司波先輩」
「だったら私の計画の邪魔をしないでくれないかなぁ?」
うんざりしたように言う冷火。
トーマとて、邪魔などするつもりはなかった。
風紀委員長を蹴落とすことに興味なんてないし、手伝いだってする気もない。一人で勝手にやっていれば良いと思っていた。だが、
「貴女は、やってはいけないことをした。一つ目は、悠聖を傷付けたこと。そして二つ目は……神夜まで巻き込もうとしたことだ!」
トーマが今までに無いくらい声を荒げ、冷火を睨み付けた。
その迫力に押され、一瞬だけ動きが止まる。そこを狙って、
「おらぁ!」
冷火の背中に鋭い回し蹴りが突き刺さった。
ゴッ、と鈍い音が響く。
勢い良く吹き飛ばされ、彼女は校舎の壁に激突……はしなかった。自分と壁の間に氷を挟み込んで衝撃を和らげたからだ。この辺の判断力と思いきりの良さが、流石は風紀委員の重鎮といったところだろうか。
それにしても、人一人を吹き飛ばすほどの蹴りを放てる者など、能力者でもそうはいない。能力者は自分の能力に頼ってしまうことが少なくなく、身体能力を強化するものなど殆どいないからだ。
この蹴りを放ったのは他でもない。
「ぐっ……水床、終冴……」
「さっきから俺を無視して勝手に話を進めてんじゃねぇよ。まぁ、そのお陰でアンタに一撃入れる事が出来たんだけどな」
脅威の身体能力を誇る反面、おつむはからっきしなおバカ一般人、水床終冴だ。しかも背中には気絶している悠聖を背負っている。
悠聖の体重の分、身体に負荷が掛かっていたにも関わらずの回し蹴り。やはり身体能力“だけ”は一級品である。
「終冴が真っ先に動かないなんて珍しいとは思っていたが、まさかこの為だったのか?」
「まぁ、攻撃の機会を窺ってたってのはあるわな。でもそれ以上に、俺が突っ込んでもお前らの迷惑にしかならねぇと思ったから後ろに回り込んでたのさ」
普段なら思慮の『し』の字ですら頭にないであろう終冴だが、この時ばかりは違ったようだ。
「神夜なら、あいつならどうするかなってバカなりに考えたのさ。俺が気付かれていないという状況下でな」
「ああ。今回は賞賛に値する働きだったぞ、終冴」
終冴とトーマは互いに握手を交わす。その傍らで、先程吹き飛ばされた冷火がユラリと立ち上がった。
「あ~イテテテ、やってくれたねぇ君達。本気は鬱穂さん用にとってあるんだけど、しゃーないか……凍結生成、『智天使の弓』」
冷火の右手に握られているのはデュランダル。そして左手には……弓が握られていた。
それを見た科世とトーマが驚愕する。
有り得ない。
トーマの心の中はパニック状態だった。同じく科世も唖然として冷火を見つめている。唯一終冴だけが何が起こったのか理解できずに戸惑っていた。
「バカな……炎使いが、弓を出現させられるはずか……」
冷火は炎を操る魔法使いだ。氷使い専用の魔装である弓を使えるわけがない。冷火が水使いという可能性も考えた。それなら剣と弓を模写出来ても何ら不思議ではないが、冷火はデュランダルを模写したわけではない。間違い無く炎使いの力で創り出したのだ。
デュランダルの切れ味は本物だ。速詠唱とはいえ、科世の蒼流壁を容易く斬り裂いてしまうくらい。
(まさか……炎と氷の二つの属性を? いや、そんな異常は有り得ない。本来付与出来る属性は一つきり)
トーマの思考を読みでもしたのか、冷火が口を開いた。
「有り得なくは無いわ。私は世界で唯一の二重属性。とある可能性を求めた実験によって産み出された魔法使いよ」
「な……に……?」
理解に苦しんだ。
とある可能性? 実験? 二重属性?
トーマの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
炎と氷を同時に使役できる魔法使い。確かにそれなら、冷火が氷を使えるのも得心がいく。がしかし、この世界の常識として、一人に扱える属性は一つだけだ。
「属性使いの遺伝子に他の属性遺伝子を組合わせて二つの属性を持つ魔法使いを生み出す事は可能か。そんな人徳も人権も無い様な実験で私は生まれてきたの。だから親の顔なんて知らない。というか、親なんて居ない。人工的に造られたんだから」
淡々と語る。
彼女にとっては苦痛でも何でも無かった。
失うものがない代わりに、得るものも無い。
ただそれだけ。
親の愛情とか、家族の温かさとか。普通の家族には与えられるべき、いや、有って当然のものがない。それだけなのだ。
「…………」
この場にいた誰も、何も言えなかった。
あまりにも悲しすぎる。冷火以外の全員がそう思った。
「ん? まさか同情してる? 要らないってそんなの。悲しいとか哀れだとか、そんなことを思ってもらうために話したんじゃない。こんな事で剣が鈍るようなヘボに、私は止められないよ」
冷火が弓を構える。もう話す事は無い、と言っているようだった。
それに応える形で、トーマ達三人もそれぞれの魔装を構える。
「二重属性ならでは戦い方、見せてあげる」
実験によって生み出された魔法使いは、例のごとく、狂喜じみた笑みを浮かべた。
訳が分からなかったかと思います。
申し訳ない気持ちで押しつぶされそうです(汗)
これからもよろしくお願いします。