第二十四局~王との邂逅~
お待たせしました最新話です。
タイトルと少し違うところもたくさんありますがご了承ください。
「どうした神夜、顔が悪いぞ」
終冴が発した言葉は俺に向けたものだろう。
「そこは顔色ではないのか?」とツッコミたくなったが、今はどうだって良い。コイツのおバカトークに付き合っている場合ではなかった。要らない考えを全て頭の中から閉め出す。
ツッコまない俺に対して終冴が何やら不満そうに眉をひそめていたが、それすら気にならない。相手にしてくれないと分かったのか、やがて何やらぶつぶつと小言を言いながら遠ざかって行った。
俺、即ち明星神夜は、風紀委員専用の会議室を解放され、無事教室に帰って来た。それからずっとある二年生の能力について考えていた。
二年<王>の転入生、無我斬皇覇。圧倒的な存在感と、見る者に恐怖を植え付ける迫力。そして何より、その身に宿る得体の知れない能力。あの人は暗鬼さんと同じ類の人間なのだろう。いや、人間ではなく化け物か……。
物の動きを止める。俺たちが受けたのはそれだけだったが、そんな単純な能力ではないことぐらい素人の俺にだって分かる。物体の動作を停止させる程度の能力者など、この世には腐るほど居るだろうさ。風紀委員会と学園自治団が挙って転入に反対するとは思えない。
床を滑走してたのも能力によるものだと思う。滑走と停止。この二つの事柄を総合した時に出てくるものは……。
「滑る……止める……まさか……」
人の堪というやつはどうしてこうも悪い方向に鋭いのだろうか? いや、もしかすると俺の勘だからかもしれない。……それは自惚れだな。
俺はある一つの結論に至った。それはとても単純で、且つ強力な力。極めて高い汎用性を誇る万能型の能力である。
「摩擦……か……?」
そう仮定すると全ての辻褄が合う。
俺達の動きを止めることが出来たのは、体にかかる空気摩擦を極限まで高くしたから。そして、床を滑走していたカラクリだが、あれは自分の足と床の間に発生するはずの摩擦を無くしていたからだ。
床の上に物体を置いたとしよう。これを手で押し出すなどして加速させた場合、摩擦が無ければその物体は延々と、何処までも滑り続ける。これにならって摩擦を無くせば、床を滑走する人間の出来上がり、というわけだ。
これらのことから、無我斬皇覇は摩擦を自在に操れる能力者だということが分かる。あくまで俺の推測だが。
これが本当だとしたら、彼は暗鬼さん張りの鬼畜能力者ということになる。まぁ、一目見た時から薄々感じてはいたが、それ以上に身に纏う空気というか雰囲気というか、触れるもの全てを傷付けるような気迫が全身から溢れていればそりゃビビるに決まってるさ。
それにしても、恐ろしい能力である。この能力があれば、空気摩擦を強くして銃弾をとめることも出来る。応用の仕方によっては空中を駆け回ることだって可能だ。
対策の難しい能力ベストスリーには間違いなく入るだろう。
なるほど、『滑り人』なんて呼ばれるわけだ。
「摩擦がどうかしたのか?」
顔を上げると、そこには金髪と翡翠の双眸を持つクラスメイトが佇んでいた。オーフェンリル家の子息、トーマ・オーフェンリル。俺の親友第一号である。チェス盤を手にしているということは、俺とのチェス勝負がご所望らしい。
トーマにも推測を伝えようと思ったが、いくら可能性が高いとはいえ仮説は仮説。推測の域を出ないものをベラベラと話して、それが原因でトーマが負傷などしようものなら、俺が責任感で押し潰されてしまう。そりゃもう紙切れくらいの薄さに。
「いや、何でもない。もしかしたらの話を仮定してただけさ。それよりも……チェス、したいんだろ? 相手になってろうじゃないか」
だから俺はこの可能性を伏せておくことにした。
ちょうどよく考えが一段落したのでトーマの相手をする。
最近は何かと忙しくて時間が作れなかったから、腕が鈍っていないか心配だ。と言っても、俺の戦績はそう悪いモンでもない。
さぁて、腕慣らし程度にやって感覚を取り戻すとしようか。
「おい神夜! お前、俺の相手はしないクセしてトーマの相手はするのか!? ひどいぞ! 理不尽だ! 人権問題だぞ! 起訴だ! 起訴してやる! 最終裁判までもつれ込ませてやるからな!」
「うるさい黙れこのバカ。現代社会の教科書適当に開いたら載ってそうな単語を並べるんじゃない。意味分からないで使ってることがバレバレなんだよ。そんな理由で裁判所行ったら追い返されるに決まってるだろうが」
隣で騒ぐ終冴を冷静にいなしながら、俺はチェス盤へと意識を集中させようとした、まさにその時。
「神夜君、居る?」
消え入りそうな小声で不意に名を呼ばれた。
振り返ったその先には、真っ赤な頭髪をした二年生、美司波冷火さんが居た。風紀委員会の重鎮である。
教室の扉から顔を半分だけ出して恐る恐るこちらを覗くその姿は、さながら小動物の様で可愛らしい。上級生を小動物と言うのは若干失礼だとは思うが、他に良い表現が見当たらないのも事実だ。しかし、初めて会った時の雰囲気とは全然違っていた。違和感を覚えるが、今は訊かないでおこう。
「はい。ここに居ますけど、どうかしたんですか?」
俺の質問に、冷火さんは「あの、え~と」と言い淀んでいた。なにか俺に言えないような事か、それとも、教室に限っては不謹慎な事なのだろうか?
冷火さんが自ら口を開くのを待とうと覚悟を決めた時だった。
数秒の間あーうー言っていた冷火さんが、意を決したように口を開いた。
「あの、ゴメン!」
意味が分からなかった。いきなり謝られても対応に困ってしまう。謝るなら寧ろ俺たちの方なのだから。
どこぞのバカの所為で風紀委員会に迷惑を掛けてしまった。面倒だって冷火さん自身が言っていたのに、掌を返したような態度である。俺じゃなくても困惑してしまうこと請け合いだ。
「あの、何かあったんですか?」
恐る恐る訊くと、冷火さんは申し訳なさそうに続ける。
「あの後、時雨が皇覇と闘り合ったのよ。どちらも死ぬようなことにはならなかったんだけど、保健室に運ばれた時雨の意識がまだ戻らなくて……。まぁ一時的なものだろうけど、彼女、学園自治団のメンバーだから早めに復帰して貰わないと困るの」
俺の頭は真っ白だった。
たぶん後半の辺り、「一時的な」のところぐらいからは殆ど聞こえていなかったに違いない。そのくらい意識が遠いところに追いやられていた。
「な、なんで……義姉さんが……?」
回らない頭でやっと絞り出したのがその一言だった。考えることも出来ないくらい、俺はパニクっているらしい。
「あなたの為、じゃないかな?」
理解出来なかった。
この人は何を言っている?
義姉さんが俺の為にあの危険度マックスの狂人と闘り合った、だと?
「皇覇があなたに何かしたと思ったんじゃないかな? あの子、神夜君の事になると周りが見えなくなるみたい。そのくらい、君を大事にしているんだと思うの。だから、あなたが呼びかければきっと時雨は目を覚ます。お願いできる?」
「はい……分かりました」
冷火さんにそれだけ言うと、俺は保健室へ足を向けて歩き出す。端から見ればまるで屍の様だったかもしれない。それくらい、俺は放心していた。心臓を鷲掴みにでもされているかのような息苦しさが体中を支配している。
最早義姉さんのことしか頭に無い。また大切な人を、しかも同じ人を二度も失うことになるかもしれないと思うと、居ても立っても居られない。だが、体はそれとは反するように、脱力していた。
そんな中でも、微かに覚えていた。何を感じ取ったのか、トーマ、科世、悠聖、終冴の四人が後を追って来てくれたのを。
俺は、かけがえのない支えを手に入れていたのだ。
◆
「ゴメンね、神夜君」
とぼとぼと歩き去る神夜の背中を見つめながら冷火はボソリと呟いた。
「何がゴメンだよ、冷火さん。猫被りやがって」
「あら、鐘騎君じゃない」
冷火の背後に居たのは〈歩兵〉四組の〈王〉、志野原鐘騎。第一回の実践演習で神夜に敗北を喫した一年生だ。腕を胸の前で組み、背を壁に預け佇んでいた。
その面貌には神夜からの回し蹴りによる腫れがまだ残っていた。見ていて痛々しい光景である。
「猫被りなんて失礼ね。せめて“仮面を被っている”って言ってよ」
どっちも同じだろうと思ったが、鐘騎は言わなかった。言ったところでどうせ不毛になるだけだ。
鐘騎に言わせれば、風紀委員長の太刀華鬱穂よりこの美司波冷火が厄介だった。難攻不落で不動な鬱穂は基本的に怠惰で何をするにもやる気というモノが見受けられないし、そもそも自分から動こうとするような人物ではない。いくら規格外だと言っても、性格までは変えられない。
それを鑑みれば、いつも何を考えているか分からない冷火の方が恐ろしかった。
「鐘騎君、今何考えてる? エロいこと?」
何を言い出すかと思えばこれである。猫のように気まぐれで、風のように自由。かなり性質が悪い。
鐘騎は軽く息を吐くと、肩をすくめて見せた。
「少なくとも、アンタの考えてる計画の手助けになるようなことは考えてませんよ。ついでに鉄城先輩と桐谷先輩も。そして……トーマもね」
「あら残念。学園自治団に所属しているから?」
「アンタ達風紀委員会の問題に俺等を巻き込まないでくださいって話っスよ。それに二年〈王〉に無我斬皇覇の転入が決まってそれどころじゃない。だからアンタ一人で頑張ってください。うまく負けられるよう、応援してますから」
鐘騎は踵を返して冷火の前から立ち去った。冷火はその姿が視界から消えるまで見送ると、
「うまく負けられるように、か……普通なら、魔法使いが能力者に勝てる確率は限りなくゼロに近い。そのゼロを如何にして百に近づけるか、よね。ウフフフフ……アッハハハハハハハハ! アーハッハッハッハッハ!」
トチ狂った様に笑い出した。周りに居た生徒がギョッとして振り返るが、そんな事は気にもとめない。
武者震いとは程遠い、狂喜。それが冷火の本性。仮面で偽わり、猫を被って隠してきた本当の姿である。だが、冷火にとってそれは最早隠す必要の無いものとなっていた。どうせ近い内に露わになるのだから隠すだけ無駄ということだろう。
「鬱穂さんを蹴落とす、か。我ながら頭オカシイわね。魔法使いが能力者に挑むっていう典型的な自殺行為……。しかも相手は歴代最強の風紀委員長。でも、叶わない望みだからこそ、叶えてみたくなる。二年〈騎士〉美司波冷火。趣味は可能性を追い求めることです、ってね」
誰ともなく呟いて歩き出す。
他の生徒は何も見なかったかのように教室に戻っていく。中には恐ろしさに震えている者も居た。あの狂った笑い声を聞けばそうなるのも無理はない。加えて歴代最強と謳われる現風紀委員長を失脚させるなど、正気の沙汰とは思えないからだ。
冷火がやろうとしていることは、常軌を逸脱している。でも、だからこそだ。可能性を追い求める彼女にとっては、その逸脱した行動でさえ可能性を図るための行為に過ぎなかった。
「全く、理事長も無理難題を注文してくれるわよね。まぁ、可能性の追求という言葉に負けた私が一番悪いんだけど」
冷火は自分自身を嘲笑した。しかしその表情は、嘲笑にしてはどこか期待と喜びを含んでいるようにも見えた。
歩みを進める先は、保健室。
◆
冷火さんから義姉さん負傷の報を受け、俺は保健室にやって来た。後の四人は外で待たせている。
思考は驚くほどクリアだ。ここに近づくにつれて鮮明になっていったのは、きっと義姉さんに放心している姿など見せたくないという、無意識な本能の所為だろう。
三回ほどノックをし、「どうぞ~」とやる気のない返事を確認してから中に入る。保健室独特のエタノール臭が鼻孔をくすぐった。
「いらっしゃ~い」
何やら書類らしき物とにらめっこをしている、アルビノヘアーをした長身の女性が目の前に居た。制服を着ているからこの学園の生徒なのだろうが、面持は高校生とは思えないほど大人びていた。横顔などはもう大人のそれである。
アルビノヘアー……マズイ、よからぬ人の顔を思い浮かべてしまった。
かぶりを振って嫌な考えを消去する。
「時雨なら、ほらあそこ」
低いながらもよく通る声で女性は言い、保健室の一角を指差す。
全部で十二と無駄に多いベッドの内、一つだけカーテンで仕切られたベッドがあった。恐る恐るカーテンを捲る。
お着替えシーンなど拝めるわけもなく、義姉さんはベッドの上で静かに寝息を立てていた。
「義姉さん……?」
耳元で優しく囁く。
「ん……神……夜?」
義姉さんは焦点の合わない目をそこここと動かしながら、俺を探していた。
……俺の言葉には何か特別な力でもあるのだろうか。なかなか目を覚まさないと聞いていたのだが、俺が一言囁いたら一発で、おぼろげながらも目を覚ましたのだ。
やがて視界に俺の姿を捉える義姉さん。その目が大きく見開かれ、一瞬潤んだかと思うと、
「神夜ぁぁ!」
いきなり身を起こして抱きついてきた。
体に柔らかい感触が直に伝わってくる。紛れもなく義姉さんの感触だ。そう認識した瞬間、心臓の打つ脈の速度が格段に上がる。とても冷静では居られなかった。……誰も見ていないからいいものを、これは恥ずかしすぎる。
「……お熱いことで」
見られていた!
空気を読まずにカーテンを捲ってこちらに視線を送っているのは、先程書類とにらめっこをしていた女性だった。濁りながらも蒼を失わず、加えて怪しげに輪廻を巻いたその双眸は見ているだけで吸い込まれそうだ。催眠術が使えますって言われたら信じてしまいそうな程。
考えてみれば、保健室に居たのだから聞こえないはずがない。義姉さんもそこのところは認識していなかったらしく、声をかけられた途端にバッと音を立てて俺から離れた。その顔は沸騰しているかのように真っ赤だ。
「う、鬱穂さん!? いいいいい何時からそこに!?」
焦りすぎだ。何回“い”を連呼してるんだか。
いや、俺も全く焦っていないわけではない。義姉さんの反応に新鮮さを覚え、焦りよりも義姉さんを見ていたいという感情が先に立っているため、焦っていないように見えるだけだ。
でも、本当に珍しい。昔から冷静で滅多に感情を乱すことのなかった義姉さんがこれでもかと言わんばかりにあたふたしている。その姿は、とても……可愛らしかった。
と、鬱穂と呼ばれた女性と目が合う。正面から見るとかなり綺麗だ。美少女というより美人の部類に入ると思う。目元の泣きボクロなんかはその最たるモノで、妖艶さを一掃際立たせていた。
「あー、そういや、自己紹介がまだだったっけね。アタシ、三年〈城〉の太刀華鬱穂。一応この学園の風紀委員長やってるの、よろしく」
心底やる気の無い声で言葉を紡ぐ先輩。一目見ただけで分かる。この人、基本怠惰だ。
風紀委員長……ということは、この人が冷火さんの言っていた『粛清王』なのだろうか。猛獣みたいな大男かと思っていただけに、何とも拍子抜けだ。だが、そのおかげで俺の緊張もいつの間にか緩んでいて、かなり冷静になれている。
「宜しくお願いします。太刀華先輩」
「あぁ~、先輩って付けるのヤメテくれないかな。アタシ、嫌いなの。鬱穂でお願い」
冷火さんと同じようなことを言う風紀委員長さん。先輩後輩としてのケジメより、友達としての付き合いを取るようだ。俺としてはあまり気が進まないのだが、ここで下手に反発すれば粛清王の粛清が飛んでくるかもしれない。大人しく従おう。
「じゃあ、鬱穂さん。義姉さんを助けてくださって、ありがとうございました」
眼前の美人に向かって深く頭を下げる。
すると、鬱穂さんから「は?」と小さく息を吐く音が聞こえた。チラリと見上げると、驚いた表情で目を見開いている。だが、それは一瞬のことで、すぐさま表情を元に戻すと、形の良い唇を湾曲させて微笑んだ。
「ハハッ、アンタ、面白いね。今までアタシに感謝してくれたヤツなんかいなかったのに……。こちらこそ、ありがとう」
その笑顔に、ドキリとしている俺が居た。
◆
トーマは目の前に佇む敵に魔方陣を向けていた。術の射出準備は出来ている。
その横には疑似魔装である弓を手にした科世。顔に緊張の色を浮かべながら、トーマと同じ標的を睨みつけている。
「何のつもりですか……美司波先輩」
「何って、邪魔な障害物を退けただけじゃない。ナニ怒ってんの?」
「なっ……それ、本気で言ってますか?」
「当然」
ニヤリとする冷火。そのヘラヘラとした態度にトーマの表情はますます険しくなった。普段は怒るなど絶対にしないトーマだが、この時ばかりは譲れなかった。
冷火は床に倒れ伏して動かなくなっている悠聖を一瞥すると、尚も怒りに震えているトーマへと向き直った。
「で……ここを通りたいなら貴方たちを倒して行けって言うの? オーケー、やってやろうじゃない。私の実力、見せてあげる」
冷火の右手を炎渦が包む。それが弾け、一本の剣が出現した。柄と鍔に煌びやかな装飾が施された、聖なる輝きを放つ宝剣だった。
いかがでしたでしょうか?
展開早いなとは自分でも思いました。
感想あれば是非お願いします。