第二十三局~規格外の戯れ~
ようやく完成です。遅れて申し訳ありません。相変わらず下手で描写足らず。しかも同じ文面を何度も使っている駄文ですが、読んで頂けるとさいわいです。
ではどうぞ。
無人の廊下で向かい合う二人。
二年〈女王〉の委員長である時皇子時雨と、『滑り人』の異名をとる無我斬皇覇である。
「まだコレを貴方に見せたことは無かったわよね? 水面模写」
無数に展開する魔法陣。その内の一つに右手を突っ込んで引き抜く。バシャッと水がしぶき、時雨の手には一本の剣が握られていた。
それを見た皇覇の眉がピクリと跳ね上がる。
「水で出来た剣、だと? 剣は炎使いだけの魔装だった筈だ。なんで水使いのテメェが持っていやがる?」
「確かに、剣は炎使いの魔装。これは水使いだけが持つ特殊スキル『水面模写』によって作り出された疑似魔装ってところかしら。でも、模造品だから強度や性能は、本物のそれと比べたら、数段落ちるけど」
「もうどっかの能力者みてぇじゃねぇか。確か、昔俺と戦った奴にもいたな。物を模写してそれを武器に戦ってた能力者が。まぁ、あまりに弱すぎたんで、ものの数分で意識を刈り取っちまったが」
「そう。でも、私はそう簡単には倒せないわよ」
「へぇ、そいつぁ楽しみだな」
言って皇覇は、ズボンのポケットから折り畳み式のナイフを一本取り出した。チャキッと乾いた音を立て、鈍く光る刃が覗く。軽量で射程は無いに等しく、強度も剣には到底及ばない。剣との斬り合いに向いているとは言えないような代物である。
だが皇覇には、このナイフが一本あればそれで充分だった。殺しなどは全てこのナイフで行ってきたのだから。
銃刀法など、在って無い様なモノ。この世界には幾多の魔法使いや能力者が存在している。そんな力を持つ者にしてみれば拳銃やナイフはおろか、戦車や戦闘機、核爆弾に至るまで、玩具同然の存在でしかない。
故に一般人は自身の護衛として、いつも懐に拳銃やらナイフやらを忍ばせている。
魔法使いや能力者の中にもそういう奴が居ないこともないが、大抵は一般人である。人の命を奪いかねない暗殺器具は、自身を護る最低限の防衛手段なのだ。
「貴方、そんな装備で大丈夫?」
「俺ン中じゃこれ以上無いって位の最高装備だが、それがどうかしたのか?」
「そんな物、直ぐにへし折れるわよ? これは疑似だけど、伝説級の剣なんだから」
時雨は手にした疑似魔装である剣を掲げて見せる。
威嚇、もしくは忠告だったのだろうが、皇覇は全く気にも留めていないようだった。
「なら、試してみるか? 来いよ。俺のナイフ捌き見てビビんじゃねえぞ?」
言って皇覇はナイフを裏手に持ち替え、構えをとる。といっても、ただ突っ立っているだけなのだが。
「はぁっ!」
時雨が床を蹴って加速し、皇覇との距離を詰める。その距離が剣の射程圏内まで詰まると、剣を持つ右手を一旦引き、加速した勢いを上乗せした突きを放った。
しかし、その刺突が皇覇に届く事はなかった。皇覇が、手にしたナイフを剣の刀身に当て、僅かにその軌道をズラしたからだ。
「……やるじゃない。そんな玩具で。しかも裏手持ちでこの“不滅なる紅刃”を躱すなんて」
「どうせ疑似だろうが……パチモン凌いだところで嬉しくも何ともねえよ」
つまらなそうに言いながら、デュランダルを弾き、距離を取った。既にナイフは、折れていても可笑しくない程の負荷を負っている。にも関わらず、依然として皇覇の手中にあるのは、彼の卓越したナイフ捌きの成せる技に他ならない。
衝撃の受け流し方。刀身を当てる位置。全てが絶妙なバランスで成り立っているからこそ、剣と対峙しても直ぐ折れることは無いのだ。だが勿論、それでいつまでも凌ぎ切れるわけがない。疑似とはいえ、硬度は剣の方が圧倒的に高く、一振りの威力に至っては、最早“比べるだけ無駄”の領域にある。
(コイツが耐えられんのは精々後一撃ってトコか……なら……)
皇覇はナイフを時雨に向かって放り、それと同時に床を蹴って距離を詰める。
デュランダルの一振りで、飛んで来たナイフを弾き飛ばした時雨は、近場に展開させた魔法陣から二本目の剣を取り出し、向かってくる皇覇の眉間へと突きを放つ。二本目のそれは、黄金に輝く聖なる剣(の模造品)だった。某国の王が愛用した世界最高峰の剣である。
「伝説の聖剣“勝利を齎す聖剣”か……よっと!」
首を傾けてエクスカリバーをやり過ごした皇覇は、制服の内ポケットからさらにナイフを取り出し、時雨の右手首を斬りつけた。
「くっ!」
腱を切断された時雨の右手から、デュランダルがこぼれ落ちる。しかし、時雨とてこれを予想していなかったわけではない。
まだ落ちきっていないデュランダルを足で蹴り上げる。それは皇覇の肩を裂き、天井に突き刺さった。
皇覇は苦悶の表情を浮かべたが、そんな事など忘れてしまった様にすぐさま口の端を吊り上げた。
「へぇ、やるじゃねぇの。なら、コイツはどうだ?」
皇覇の口元からカチンという金属音が響き、掌サイズの物体が時雨へと投げ出された。小型ながら、重量感のあるそれは、
「これは……手榴弾!?」
「俺の戦闘スタイルは基本ナイフだ。だが、ナイフしか使わねぇなんて一言も言っちゃいねぇよ」
皇覇が言い終わると同時に、その対人兵器が二人の間で炸裂する。勿論鍼管は抜いてあった。爆発物の類で一番恐ろしいのは、爆発そのものではなく、爆風である。
ゼロ距離で爆発すれば、何人たりとも普通なら即死か重症なのだが、皇覇は濛々(もうもう)と空中を漂う黒煙の中から姿を現した。その体には傷どころか服装の乱れすらない。
「クッ……ハハハハ……テメェもお人好しだなぁ、え? ここにゃあ誰も居ねぇってのに、学校を守ったつもりかよ……ククククッ……流石学園自治団様ってかあ!?」
狂笑を浮かべながら腹を抱え、心底可笑しそうに笑い続ける。その光景がこの人外にどれだけの愉悦を承らせたのかは本人にしか分からないことである。
黒煙が晴れ、視界が良好になる。時雨は廊下にうずくまっていた。肌は黒く焦げ、制服はズタズタになっている。
時雨が被った被害は、見ただけで甚大なものだと分かる程なのだが、その周囲は違っていた。床は黒ずみ、爆発によって若干抉られてはいるものの、窓ガラスや壁には傷一つ入っていない。
時雨は身を挺して守った。生徒ではなく、校舎を。
「あン時、咄嗟に手榴弾を抱きかかえて爆発を最小限に留めたってわけだ。大したモンだが、もうテメェは戦えねぇな……つまらねぇ」
狂笑から一変して、皇覇が声のトーンを落とした。踵を返してその場を立ち去ろうとしたその時、突如として時雨の身体は流水と成って弾け飛んだ。
一連の動作を垣間見た皇覇の表情が驚愕へと変わる。
「あ? コイツは……分身……?」
「正解よ。特殊術式『蒼き影』で創りだした水分身」
背後から皇覇の鼓膜を撫でるその声は、間違いなく時雨のものだった。景色を高速で真横に流したその目に飛び込んできたもの。それは一枝の槍。見た目は何処にでも在るような平凡な形状。そして、槍を持った時雨の構えは、単調だった。
「爆発の瞬間、分身と入れ代わってやがったのか……。その発想と判断力は褒めてやる。けどなぁ、そんな見え見えの動きで俺が捉えられるわきゃねぇだろ」
言う通りの単純な一撃を避けるべく、単純に体躯を傾ける。その瞬間、時雨の顔には笑みが浮かんでいた。
「掛かった」
「っ!?」
槍による一撃は躱せた筈だった。そう、それが凡庸な槍だったなら。
躱しきれなかったのは、槍の穂先が突如として五つに分かれ、皇覇を襲ったからだ。
そして、先程デュランダルによって裂かれた右肩の傷口に追い討ちを掛ける様に、分裂した穂先が突き刺さる。
「がっ……(こいつぁ……“自我持ちの槍”!? 雷使いの魔装まで複写出来ますってか?)」
かつて太陽神ルーが創造した槍。五股に分かれる穂先と、物には宿らぬモノ――自我――を持っており、敵と定めたものを何処までも追い続ける。
無限に。
休みなく。
しかし、疑似魔装であるところのブリューナクでは、自我形成までは再現出来なかった。故にブリューナクの声を聴くことは、オリジナルを持つ者だけ許された特権でもあった。
その槍が齎した身体中を駆け回る激痛に、一声絞り出すのが精一杯だった。すかさず時雨から距離を取り、態勢を立て直す。
今にもぶっ倒れそうになりながら、皇覇は必死で痛みを堪え、意識を肉体へと繋ぎ止めた。それは、魔法使いより上位の存在である能力者としてのプライドによるモノかもしれない。決して倒れてはいけない、と。
「ヘヘ……面白れぇ……お前、面白れぇよ。だが、それも此処までだ……『際限なき滑走』」
皇覇が小声で呟く。すると、時雨の身体が空間に縫い付けられでもした様に、ピクリとも動かなくなった。
「くっ……来たわね、『際限なき滑走』。貴方を“五人の規格外”まで押し上げた能力、見極めさせてもらうわ! 嵐式『銃の蒼弾』」
動けなくなりながらも、時雨の声色は変わらなかった。むしろ、彼女のテンションは上がっているのだろう。
急に動けなくなれば、誰もが慌てふためき、パニックに陥るものだが、時雨とてお飾りで“主神の一撃”に所属しているわけではない。どんな状況にも順応できる柔軟さとそれを可能にする度胸が、少なからず必要なのだ。
魔方陣を空中に幾つか発生させ、いつ皇覇が攻めに転じてもいいように、迎撃準備を整えた。
「俺を止めるにゃあ少し数が足りねぇような気もするが、まあ良い。そんじゃあ、行くぜ」
床を蹴って滑走し、時雨に迫る。体が殆どブレない、完璧に近いボディバランスだ。
牽制のために魔方陣から発射される水弾を、宛らスノーボードの如く体躯を左右に揺らし、バランスをとりながら躱していく。まるでミニゲームを楽しんでいるかの様だった。
今時雨の使用している魔法は決して低威力、低速度の術式ではない。学校の床程度なら余裕で破壊する威力を持っているし、速度はそれこそ百メートルを五秒かそこらで駆け抜ける事が可能だ。その水弾の雨の中を縫う様に滑走する。
「やはり、“五人の規格外”は尋常じゃない……こちらが攻撃してるのに、逆に追い詰められてるみたい……」
時雨の表情は険しかった。
その表情の裏付けをする様に、アウトローの一人が目前に迫っていた。
「おらぁ!」
容赦のない右ストレートを腹に受けても、時雨は吹き飛ばない。というより、吹き飛べなかった。
自己的に身体を動かせないどころか、外力で吹き飛ばされることすら不可能。そのまま皇覇から連続パンチを喰らう。
美少女の顔に傷を付けるなど、普通の男性なら出来ないだろう。しかし、この規格外に普通を求めるだけ無駄である。相手が女性であることなどお構いなしに顔面を殴打する。
「くっ……『蒼き……影』!」
一瞬、時雨の姿が揺らぎ、術式が発動した。
ズブリ、と右拳が時雨の身体へめり込んだ。術式によって作り出された水分身に、である。それと同時に、時雨の形をしていた分身はただの水塊へと変形した。
訝しげに表情を歪ませた皇覇は、分身から拳を引き抜こうとした。が、水に掴まれでもしているかの様に、腕はピクリとも動かない。
「最初から……これが狙いだったのか?」
「まあね。術式を固定させて貴方の行動を制限したの」
当然のごとく、時雨は皇覇の背後に現れた。
腱を切断されて使い物にならない利き手、右手の代わりに、左手で何かを握っていた。時雨の手にあるそれは、一見は槍なのだが、刀身は鎌に近い形状をしている。柄の部分が刀身よりも遥かに長く、刃の部分が湾曲した異質な造り。
「気付いた? これはとある魔物の首を刎ねた物よ。ちなみに、槍じゃなくてれっきとした剣だから」
「勇者ペルセウスが使ってた湾曲剣“蛇女神を断罪せし鎌剣”か……テメェの知り合いにゃあ伝説級の魔装の担い手がわんさか居やがるみてぇだな」
動くことが出来ない皇覇にとって、これは致命的な状況であることに違いない。しかし、そんなことを微塵も感じさせない余裕が、彼には有った。
首だけで後方を振り返り、命を刈り取る形状のハルバーを澄ました笑顔で見つめながらそんな事を口走っているのだから。ここまでくると、最早只の戦闘マニアである。
「そしてもう一つ、コレも忘れないでね」
「はぁ? 何を……っ!?」
上方から降ってきたある物に、皇覇は懐へと伸ばしかけた左手を切り裂かれた。鮮血がしぶき、頬にバチャリと音を立てて真紅の液体が貼り付いた。
時雨が蹴り上げ、天井に突き刺さっていた疑似魔装、聖剣デュランダルである。彼女は皇覇の注意をハルバーへ向けさせることで、デュランダルを当てる隙を作った。
流石の狂人もこれを躱すことは出来なかった。上方にまで意識を向けてはいなかったからだ。
「……すげぇ、すげぇよお前! 最っ高だ! 俺にここまでのダメージを与えた魔法使いは初めてだぜ!」
頬に付着した血を指で拭いながら言う。今までにないくらい、皇覇は高揚していた。格下に見ていた存在がしつこい位に自分に食い下がる光景は見ていて楽しい。その先にある可能性というものを見せつけてくれるのだから。
規格外で化け物たる自分は勿論本気を出していない。しかしそれでも、この気持ちを抑えることは叶いそうになかった。
時雨はというと、眼前に佇む化け物の底知れぬ体力、気迫に感心すら抱いていた。
距離を取って態勢を立て直す。今の状態の皇覇にハルバーによる攻撃を加えたところで、確実に止められ不発に終わると思ったからだ。
「あれを受けてもまだ立ち上がるのね、貴方は。なら……“水を統べる者、その武を”」
再び魔方陣を展開させ、術を発動させようとした、その時。
「アンタ等、そこまでにしといちゃくれないかい?」
時雨のモノでも、皇覇のモノでもない第三者の声。低いながらも、通りの良い美声だった。
二人が振り向いた先には、女性が一人。それを視界に捉えた皇覇が目を見開いた。
「……太刀華……鬱穂」
生気を失った様に濁ってはいるが、何やら言い知れぬ迫力を感じさせる、幾重にも輪廻を巻いた蒼の瞳。
腰まで伸びる長髪は、皇覇の如く色素を抜き取った白。アルビノと言う方が分かりやすいだろう。
身長は、女性にしては高く百七十を超えている。
太刀華鬱穂。それが女性の名前だった。
「三年〈城〉所属。『粛清王』の名を取る現風紀委員長にして、“五人の規格外”の一角……」
「説明台詞アリガト、時雨。しっかし、派手にやってくれたねぇ。事後処理がメンドクサイことこの上ないっての。あぁ、ダル……」
気怠そうに頭を掻きながら語る鬱穂。淡々としているが、その事後処理が簡単でないことはこの場の誰の目から見ても明らかだった。
突き破られ穴だらけの床。
粉々に砕けた窓ガラス。
肌を抉られて塗装が剥がれ落ち、むき出しになっているコンクリートの壁等々、挙げればキリがない程の大惨事である。
「さて、処理の前に……皇覇。アンタ、まだ続けるならアタシが相手ンなるけど、どうする?」
それを聞いた皇覇は口に亀裂の様な笑みを浮かべた。
「ハッ! 冗談! テメェと闘り合うなんざ命が幾ら在ったって足りゃあしねぇよ」
滑走ではなく、歩きでその場を去っていく規格外の二年生。後に残ったのは風紀委員長と二年<女王>委員長の二人だけ。
「ありがとうございます、太刀華先輩。でも、どうしてここに?」
「鬱穂で良いって。冷火に頼まれてね、私じゃどうしようもないから代わりにお願いしますって泣きつかれてさ。で、“仕方なく”来てやったってワケ…………ねぇ、時雨」
途端に表情を真剣なモノに変えた鬱穂。怒っているようにも、悲しんでいるようにもとれる。
「魔法使いが“五人の規格外”と戦うなんて正気の沙汰じゃないよ。下手したら死んでたかもしれない、それくらい命懸けなんだから」
「命懸けにもなりますよ。自分の一番大切なモノが傷付けられようとしてるんですから」
鬱穂は一度大きく溜め息をついた。何故上級の使い手にはこんなにも、人の話を最後まで聞かない者、その真偽を確かめない者が多いのだろうか、と。
自分でも呆れるくらい怠惰で、それに比例した冷静沈着さを併せ持つ鬱穂には理解出来ない心情である。
「明星神夜君は元気よ。皇覇には何もされてない」
「え……でも」
「アンタ、あの子の無事をちゃんと確かめた?」
時雨の発言に被せ、言葉を遮る。
図星を突かれた時雨は何も言えずに突っ立つばかりだった。しかし、次の瞬間には心底安心しきった表情になり、
「よかった……神夜、無事……なん……だ」
糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちる。鬱穂がそれを抱きとめた。
「緊張の糸が切れたか。そりゃそうよね……でも、あの皇覇にこれだけのダメージしか負わないなんて、恐ろしい魔法使いだこと」
鬱穂は気を失った時雨を担いで保健室へと歩みを進める。気付けば、外は紅が支配していた。
「はぁ……この後校舎修理と始末書書き。ダルい……」
先日の活動報告にコメントをくださった方がいます。その方のおかげでまた頑張ろうと思えました。本当にありがとうございました。これからも見守ってやってください。