第二十二局~『滑り人』~
最新話お待たせしました。遅れて申し訳ありません。
色々なところが描写足らずだと思いますが、こらからもよろしくお願いします。
国立捨て駒学園管理棟二階にある、風紀委員会専用の会議室。要するに、風紀委員以外は入室を禁止されている聖域(?)だ。基本的に、一つの委員会のみが専用の会議室を持つことは無く、例外中の例外らしい。それが反感を買い、他の委員会からは毛嫌いされている風がある。
しかし、それを口に出す者は居ないらしい。大方、『粛清王』の名を取る風紀委員長が抑制に成っているのだろう。この学園でそれ程の威厳を持つ生徒というのも、かなり限られてくる。
その聖域に俺、明星神夜を含めたお馴染みの面子が集められていた。お馴染みの面子というのは、俺、悠聖、終冴、科世、トーマの五人を指している。
来たのはいいが、冷火さんの言う、『粛清王』もとい、風紀委員長が待っているはずの会議室には、委員長どころか人っ子一人居らず、恐ろしいほど閑散としていた。
このまま待つのもなんなので、懲罰会議の代わりに、冷火さんを含めた六人での雑談会に身を投じてるところだ。
「緋狩を倒すなんてやるじゃない。あの子、演習ではかなり強い方よ? 戦術的にも、戦略的にも。“あの能力”のおかげで相手の裏なんてかき放題だし。どうやって倒したの?」
「可笑しな事を訊きますね……美司波先輩は」
「…………美司波? 先輩?」
冷火さんの美しい顔から、睨む様な視線が一閃。
“美司波”と“先輩”。この二つ共に反応している事から、どうやらこの人は下の名前、それも先輩以外の呼び方で呼んで欲しい様だ。“先輩”ではなく“様”付けで呼んで欲しいのではないかとも考えたが、冷火さんの性格上それは有り得ない。
しかし、会ってから二時間も経っていない人を“冷火さん”と声に出して言うのは、かなり勇気のいる事で、
「じゃあ……れ、冷火……さん?」
沈黙先生の様に語尾が疑問形になってしまった。恥ずかしいのだから、仕方あるまい。
「うむ。よろしい」
俺の恥じらいなど気にも留めていない様子で、上機嫌な笑顔へと戻った冷火さんに、ホッと息をつきながら、俺は話を続ける。
「……冷火さんは二年〈騎士〉。緋狩と同じクラスのはず。その口振りだと、演習には参加しなかった、と言っている様に聞こえるんですが?」
俺の問いに対して、冷火さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その顔がとても綺麗で、一瞬見とれてしまう。しかし、冷火さんは俺の表情には全く気付かないで、視線をこちらに向けていた。
「やっぱり君、頭は良いみたいね。その通り。あの演習の日、私は風紀委員会の緊急召集で参加出来なかったのよ」
「緊急招集……ですか?」
「そ。私、風紀委員の中でも結構上位の立場だから、会議には必ず出席しなきゃならないの」
「演習を放り出してでもですか?」と、喉まで来ていたその言葉を飲み込む。あまりにも無責任な上に、冷火さんを含め、風紀委員会に失礼だと思ったからだ。
緊急召集をかける程に切羽詰まった問題を抱えているのなら、そちらが優先されるのは当然。それを、何も知らない俺の視点でとやかく言うことは出来ない。
「良ければ聞かせてもらえませんか? 緊急召集をかける程の案件ってやつを」
これには冷火さん含め俺達も驚かされた。口を開いたのは他でもない、今まで一言も喋らなかったトーマだったのだから。
そして、トーマの顔は真剣そのものだった。元々あまり情緒豊かな奴ではない。
それに加えて、トーマの表情は真剣と無表情の区別が付けにくい。それが、この時ばかりは真剣だと断定出来た。
「……まぁ、良いかな。あなた達になら」
観念した、というのとは若干違うが、冷火さんは肩をすくめてみせる。
そして、ホッと息を一度吐き出し、冷火さんは話し始めた。
「実は今、風紀委員会、学園自治団『主神の一撃』の連合軍と学園統括理事会が対立しているの。その理由って言うのが――」
「多分、俺の事じゃねぇのか?」
「っ!?」
突然、背後から聞こえてきた声に俺を含めた全員が振り返った。いや、振り返ろうとした。しかし、
「か、体が……動かない、だと?」
この場合“動かせない”と言った方が正確だろう。まるで体全体を何かで固定されたかのようだ。首どころか、指すらまともに動かせるか怪しいところ。
そして、俺達最大の失敗。それは、長机に六人並んで座っていたことだ。円卓でもあれば良かったのだが、生憎、会議室に置いてあったのは長机のみだった。全員が座る向きを同じにしていたために、声の主の顔を見ることが出来ない。
「俺を学園に入れるか入れないかで理事会と風紀委員会が揉めてるらしい。ンな事、俺にとっちゃ、どうだって良いんだが…………ところで、明星神夜って奴を探してるんだ。どこにいるか知らねぇか?」
「明星神夜は俺だが……誰だ、お前」
不意に呼ばれた俺の名前。それに対して、俺は律儀に返事を返していた。どこの誰とも知れない輩に名を名乗るのは気が進まないが、声の質と口調から察するに、こいつは“ヤバイ奴”に分類されるのだろう。
余計な事をされる前に、ここに少しでも長く引き止めて時間を稼ごう。誰かが通ってくれるのを願いながら。
「もう一度訊く。俺に何か用があるのか?」
「ンや、今日は顔を見に来ただけだ」
声の主が指を鳴らす。すると、急に体を固定していた何かが外れ、拘束から解放された。だが、解放されたのは俺一人だけのようで、他の五人は固まったままである。俺はその五人に構うことなく、椅子から立ち上がってそのまま後ろを振り向いた。
そこに、つまり会議室の入り口にに立っていたのは……。
「よォ……テメェが神夜か。初めまして、になるんだよな?」
日本人の髪の毛から黒の色素を全て抜き取った様な白髪。長くはないが、両目に掛かる位には伸びていた。
整った顔には、その白髪と対照的な、闇の様に黒い瞳。夜よりも暗い、闇だった。日本人の瞳は基本黒だが、ただの黒ではなく、漆黒と言う方が適切かもしれない。とても日本人には見えなかった。
捨て駒学園の制服を着ていないところを見るに、転入というのは本当らしい。
「……ああ。確かに、初めまして、だ。というわけで自己紹介を頼む。俺はお前のことを知らない」
すると、ソイツは口の端をニタァと吊り上げ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……!」
ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
額から嫌な汗が噴き出し、俺は後ずさろうとした。が、
「っ!? ま、また……」
また体を見えない何かで固定された様に、動けなくなった。
俺がどうにかにして動こうと足掻いている間にも、一歩、また一歩とソイツは距離を詰めてくる。
単純に恐ろしい。
暗鬼さんなどとはまた違った迫力があった。暗鬼さんは、圧倒的な重圧と力で相手を押しのける。
しかしコイツは。この人は。絶対的な恐怖感を植え付けて逆らえなくする様なタイプだ。
「そうだったなぁ」
俺の目の前で立ち止まる。そしてゆっくりと顔を近付け、俺の耳に耳打ちした。
「二年〈王〉に編入予定の無我斬皇覇だ。世間からは『滑り人』なんて呼ばれてる。よろしくな」
「滑り……人……。二年〈王〉……先輩ってことですか。敬語使わなくてすみません」
「この状況で平然としてんだな。……その度胸気に入ったぜ。俺の事は皇覇でいい。ンじゃな」
そう言うと、皇覇と名乗った先輩は踵を返す。
廊下に出ると、床を滑って立ち去った。ポケットに手を突っ込んだ状態でスノーボードに乗るような格好といえば分かり易いだろうか。随分と器用な特技を持っていらっしゃる。
いや、特技云々のレベルじゃなかったぞ、アレは。
……それにしても、
(平然としている、か……)
彼はそう言っていたが、決して平然としていたんじゃない。恐怖で平然としている様に見えただけだ。
俺は……何も出来なかった。
体を固定されている訳であるから、当然と言えば当然。しかし、あの人は俺の行動ではなく、表情を見て、そう言っていた。
確かに、恐怖感を覚える暇さえ無かった俺は随分と普通な表情だった事だろう。
「神夜! 大丈夫か!?」
悠聖や他の皆が一斉に駆け寄ってきた。俺の体が無事な事を確認すると、安堵の息を漏らす。
中でも一番安心していたのは冷火さんだった。そして安心すると同時に困惑もしている様子。
「ねぇ、神夜君……さっきの人。名前なんて、聞いてたりする?」
「ええ。二年〈王〉の、無我斬……皇覇と」
「っ!?」
「ちょっ、冷火さん!?」
無我斬皇覇という名前を聞いたその瞬間。冷火さんは弾かれた様に、勢い良く会議室を飛び出していった。俺達の声を無視して。
ちらっと見えたその横顔が蒼白だったのは、きっと見間違いではないと思う。
◆
廊下を全力で駆け抜ける冷火。目指していたのは、二年〈女王〉の教室だった。
「時雨!」
「ん? あら、冷火じゃない。どうしたの?」
血相を変えて教室に駆け込んだ冷火。それとは裏腹に、呑気に購買で買ってきたアンパンを口に運ぶ、明星神夜の義姉こと時皇子時雨。
二年〈女王〉のクラス委員長を務める彼女は、学園に在籍している魔法使いの中でも五本の指に入るほどの強者である。
普段の素行からは微塵も想像出来ない事だろう。
「『滑り人』が……無我斬皇覇が……学園に」
「……冗談にしては、質が悪すぎるわよ。それ」
「冗談に……聞こえる?」
「ええ」
「……そうね。それなら、アナタの弟君にでも訊いてみれば?」
あくまでも信じようとしない時雨に対し、冷火はやれやれという感じで肩をすくめてみせた。もちろんワザとである。
「……今、何て?」
冷火の狙いどうり、“弟”という単語が、時雨の感情を疑いから焦りへと変える。
「だから、アナタの――」
「……皇覇はどっちに?」
「え? ああ、えっと、まだ管理棟に居るんじゃない? 滑ってったけど、ついさっきのことだし……」
「分かった。管理棟ね?」
時雨は冷火を押しのけ、アンパンを口に突っ込みながら、教室を飛び出していった。
二年〈女王〉の教室が唖然となる。滅多に表情を崩さない時雨が、焦っていた事が珍しいのだろう。
成績も優秀で、家柄も確かな人材が揃っている〈王〉や〈女王〉。その中でも特に、二年〈女王〉は落ち着いた雰囲気を持つクラスである。
しかし、実質的に主席を務める時雨が血相を変えて教室を飛び出したとなれば、周りも落ち着かなくなることは当然である。一番落ち着いていなければならない者が、落ち着いていないのだから。
上に立つ者の感情が、皆に伝染しやすいということは時雨も重々承知の筈だった。
「愛されてるねぇ〜、神夜君。……あの時雨が、他人の話が耳に入らなくなるくらいに動揺するなんて。……そうだ、私も校舎側からから回り込んで時雨のサポートサポート……っと」
教室がざわつく中、一人そんな事を呟いて、時雨とは逆方向に走り出した冷火。その呟きを聞いている者は、居なかった。
◆
「あれが明星神夜……炎斗の言う通り、面白そうな奴じゃねぇの」
『滑り人』こと無我斬皇覇は、人と人の間を縫うように、廊下を滑走していた。
スノーボードに乗るような姿勢で、その実、彼の足下にスノーボードは無い。端からだと、両足で床を滑っている様にしか見えないその光景に仰天し、皆の視線は釘付けになっていた。
「移動手段としちゃあ便利なんだが……これは見せモンじゃねぇ。目立ち過ぎるのも良い気分じゃねぇな」
皇覇が人差し指で軽く履き物を叩く。すると、皇覇の体は徐々に減速していき、やがて静止した。
普通に歩き出す。皇覇にとっては久し振りの感覚だった。
「こうして歩いてると、普通の人間って感じがしやがるぜ。バケモンなのにな……」
苦笑し、歩幅を一定に保ちながら歩き続ける。コツコツという音。足が床を叩くお馴染みの音が廊下に響く。その廊下は、いつの間にか無人となっていた。
しばらく歩いていると、それをかき消すようなリズムの良い音を、皇覇の耳が捉えた。歩みを止める。
(走ってやがるのか?)
「ふぉうふぁ!」
「……あ?」
唐突に発せられた、自分の名らしき単語を聞いた皇覇は、若干機嫌を損ねながらも首だけで後ろを振り返る。
視線の先には、肩で息をしている女生徒が一人。口には、どういうわけかアンパンが詰め込まれている。息遣いの荒さから見るに、かなり必死に走ったことが伺い知れた。
(……時雨か。暫く見てなかったが、相変わらずのルックスしてやがる。俺が普通の感性もった一般人だったら惚れてたかもしんねぇな)
皇覇の言うとおり、時雨は校内でもかなり上ランクの美少女。唯一の欠点といえば、神夜を溺愛していることくらいであろう。
「むぐ……むぐ…………久し振りね、皇覇。元気だったかしら?」
「…………」
アンパンを食べ終えた時雨の言葉に、皇覇は何も答えない。その代わりに、視線だけで“用件は何だ?”と訴えてみる。
「用件って……貴方も自分で分かってるんじゃない?」
どうやら意図が伝わったらしく、時雨は皇覇の問いに、律儀に答えた。相変わらず剣幕は激しい。
「貴方、神夜に何をしたの?」
「……はぁ?」
想像していたものと全く質の違う時雨の質問に、皇覇は素っ頓狂な声を上げた。
今自分の眼前に佇む女生徒と、先程顔見知りとなった一年生の少年に一体何の関係があるのだろう。皇覇の頭の中は、疑問符で一杯だった。
しかし、そこは二年〈王〉編入者。思い浮かんだいくつかの可能性を想定してみる。
「こりゃまた斜め上の質問が来やがったな……。その口調から察するに……神夜の友達、もしくは親族ってトコか? 親族なら、名字の違いから義姉弟だな」
「流石は皇覇。口調だけでそこまで見抜くのね。まるで誰かの義弟みたい」
(アイツ……時雨の弟だったのか)
いささか察しの良すぎる皇覇は、内心に若干の焦りを覚える。
「それでさっきの質問だけど……貴方、神夜に何をしたの?」
時雨から殺気めいたオーラが溢れ、彼女の周囲には無数の魔法陣が出現する。校内での魔法行使は校則違反になると、学園自治団に所属している時雨は十分すぎる程に分かっていたが、それでもここだけは譲れなかった。
返答次第では、タダじゃ済まさない。と、その視線は語っていた。
時雨は魔法使いの中でも指折りだ。協力こそすれ、敵対するなど、時雨の実力を知る者からしてみれば自殺行為以外の何物でもない。
それは誰であれ同じであるはずなのだが、
「へぇ、俺と闘り合おうってか? …………フ、フフフフフ、フハハハハハハ! そりゃあナイスアイデアだ! 暫く誰とも闘り合ってねえから鈍っちまってんだよなぁ……良いぜ。来いよ」
皇覇にとって、それは自殺行為でも何でもなかった。
誤解したままの時雨と、誤解を解こうともしない皇覇。二人の規格外が激突する。
話ばかりですみません。次はバトル入りますので少しはお楽しみ頂けるかと思います。