第二十局~性能~
かなり間が空きました。お気に入り登録してくださってる方々、申し訳ありません。これからも頑張りますので宜しくお願いします。
今回はちょっと長いです。
夏休み前の中間テスト最終日……と言っても二日間しかないテストである。今日の教科は英語、物理、魔法学の三つだ。
しかし、まさか俺の嫌いな教科を揃いも揃って二日目に持ってくるとは、俺に対する苛めか?
だが、もしそうだとしても、俺には通用しない。何故なら俺の背後には二年〈王〉トップの頭脳を持つ疑心暗鬼がついているからだ。
暗鬼さんの教え方はかなり上手い方に入ると思う。そこらへんの下手な教師よりは何倍も為に成るし、何より解りやすいのだ。
俺は頭が回るだけで勉強が出来るというわけでは無い(まぁ、全く出来ないかと言われれば、そうでも無い。中の中くらいだ)。そんな俺でも理解可能な説明をしてくれた。そのおかげもあり、中学時代は落第生だった俺が、今はお利口さんに成りつつある。そんな暗鬼さんから教わった今の俺に、
「死角は無い……フフフ、フハハハハハハハ!」
「神夜……どうしたの?」
隣に座っていた科世が怪訝そうな目で俺を見ていた。いや、それどころかクラス全員が俺に視線を集めている。前の席で眠っている終冴を除く全員がだ。
確かに、教室で突然笑い出すなどという奇怪な行動をしたのだ。視線が集中するのも無理はない。
やめてくれ……『この子は痛い』みたいな視線を送らないでくれ……悲しくなるじゃないか……。
俺は入学式の時にやった、いや、やらされた新入生挨拶の気分を再び味わった。スポットライトも、当たり方によっては不快な気分になったりするものなんだな。こんなスポットライト、俺なら電源から破壊して二度と使用できない様にしてしまうだろう。
「あ……悪い」
小さくなりながら席に座る。若干、というかかなり恥ずかしい。
「自信あるみたいね……死角は無い、だなんて」
科世が小声で話しかけてくれた。こういうところは気が回る。流石、大人の世界を俺達よりたくさん経験している人気アイドル。
単純に嬉しかった。
「ああ、何たって、暗鬼さんに教わったんだからな」
「だからって油断してると足元掬われるぜ?」
離れた席から悠聖による警告が飛んできた。
「分かってるさ」
その警告に返事をしながら、トーマの席へと視線を移す。トーマは相変わらず読書中だった。
「てやっ」
とりあえず手元に在った消しゴムを、本と睨み合いを続けるトーマの頭目掛け、全力で投げてみる。すると、トーマは本から目を離すこともなく手を顔の前に据え、人差し指と中指で消しゴムを挟み受け止めた。
「おぉう……すげぇな、トーマ。その反射神経、終冴並じゃないのか?」
「そこまで高くはない。終冴よりツーランク程落ちる」
ツーランクって……じゃあ終冴はアレのツーランク上って事か?基準が分からんし、何よりデタラメだ。
「それよりも、この消しゴム返すぞ」
今度はトーマが俺に消しゴムを投げてくる。しかも豪速で。
「!」
俺は顔に当たる寸前で消しゴムをキャッチし、それと同時にチャイムが鳴りテストが始まった。
消しゴムをキャッチする際二重に重ねた両手が、痺れてる。かなり痛い。
「惜しい。後一瞬反応が遅れていたら、頭蓋を陥没させられていたかもしれないのに、な」
させんで下さい。
◆
英語に物理に魔法学、暗鬼さんから教わった箇所と似たような問題が出題され、対して滞りなくテストは進んだ。 そして、最後に魔法学の試験。こんな問題があった。
『魔法使いになるための絶対条件とは何か』
魔法使いになるための絶対条件。それは、魔回路を体に持って生まれることだ。魔回路が無ければ魔力は発生せず、魔法を使役することは出来ない。
俺は魔回路を持つ魔法使いでもなければ、規格外のデタラメ能力を持つ能力者でもない。そんな俺が何故この学園に入学出来たのか、未だに分からないし、向こう(統括理事会)から明らかにしてくれる訳でも無いらしい。
科世や義姉さんは水使いで、トーマは氷使い。暗鬼さんは最強クラスの能力を持つ能力者。終冴も一般人ではあるが、化け物並みの運動能力という『性能』がある。
この学園の生徒は皆何かしらの特徴を持って入学してきている。何も持たずに入学してきたのは俺、明星神夜と城ヶ崎悠聖くらいのものだろう。
「何故俺や悠聖が……?」
「神夜くぅん?試験中に私語は厳禁、だよ?」
いつの間にか目の前に立っている沈黙先生。
終冴の時もそうだった。気配など全く感じさせずに突然現れる。油断していたらマズイかもしれない。 沈黙先生にすみません、と軽く頭を下げ、再び視線を落として紙切れとにらめっこをした。そうだ。今は試験に集中しよう。
−そして−
試験終了。短くも苦しい戦いに終止符が打たれた。授業終了のチャイムと共に。
「ふあぁ〜……終わったぁ〜!」
終冴は背伸びをしながら席を立った。座りっぱなしで疲れたのだろう。事実、俺も腰が痛い。
「何処に行くんだ?」
「ちょっと昼飯買ってくらぁ。先に食ってて良いぜぇ〜」
「あ、待って。私も行く」
「俺も行こう」
科世とトーマも席を立ち、教室を後にした。教室に残ったのは俺と悠聖のみ。
「なぁ、ずっと気になってたんだが」
「ん?何が」
俺が切り出す話題を考えていると、それよりも先に悠聖が口を開いた。『ずっと気になっていた』と言うからには、入学当初からとみて間違いない。俺だってその頃からずっと気になってる事があるのだから。
「何故特化した性能もなく、魔法使いでも能力者でもない俺がこの学園に入れたのかなって」
どうやら考えてる事は同じの様だ。当然と言えば当然かもしれない。何せ他のクラスメートや知人たちは殆ど魔法使いか能力者。一般人が入る場所なぞ、草の根分けても見つかりはしないだろう。しかし、俺はその草の根を分けても見つからない場所に、今こうして居る。秀才の中に紛れる凡才。普通は逆だよな。何だか変な感じだ。
「それは俺も同じさ。入試とかすっ飛ばして、家に『入学願い』なんて得体の知れない物が届いてたくらいなんだからな」
言葉のアヤかもしれないが、この場合の『入学願い』は学校側から俺に“入学してほしい”という内容だ。
特別待遇生、略して特待生と言うらしいが、それともまた違っている。特待生というのは、その学校に必要な人材を引き抜く為に設けられた制度。この学園における俺の必要性など全く持って皆無だ。
何か目立つ事をしたでもないし、成績が優秀なわけでも運動がズバ抜けているわけでもない。ただ怠惰な毎日を怠惰に過ごしてきただけ。
毎日に生きる意味、目的を見いだせず、ただただ無意味に生きていた頃の俺なんて、目をかける方がどうかしている。
「実は……俺もだ。知らないうちにそれが届けられてて」
悠聖が言う。悠聖は何から何まで俺と同じ境遇かもしれない。
偶然なのか、はたまた誰かの策略か。そんな事は今の俺には分からない。ただ、俺の中には言い知れぬ不安感が渦巻いてるのは確かだ。これが本当に成らないと良いんだが……。
◆
昼食を買い終えた終冴、科世、トーマの三人は教室へと歩みを進めていた。すると、背後から声。
「お前等、〈歩兵〉一組だな?」
「はぁ?誰アンタ」
この返事は終冴のものだ。これが同級生ならいざ知らず、今終冴が返事をしたのは上級生。それも三年〈王〉の鉄城炎斗だった。
制服で隠れているために見えないが、炎斗は背中から腹にかけてを、一度貫かれている。昨日、紅一朗との戦闘で負ったその傷は思いの外深かったらしく、暫く戦闘行為の禁止を言い渡されていた。鷹裄が病院まで連れて行かなければ、出血多量で死んでいた程の外傷だったらしい。にもかかわらず、一日経てばケロッとして登校してきているところを見ると、流石は〈王〉、といわざるを得ない回復力である。
「先輩に向かってその口の効き方、いい度胸してんのな」
「よせよ。照れるじゃないか……」
「誉めてねぇよ!」
「じゃあ貶してんの?」
「それも違う!」
「……冒涜か?」
「……冒涜の意味分かってないだろ」
不毛なやり取りが続いていた。終冴のおバカトークに巻き込まれて無事だった者など数えるほどしか居ない。それほどのバカである。
しかし、そのおバカ頭脳とは反比例するように、運動能力がアホみたいに高い。
「退いてな炎斗。この一年生君に、身の程のわきまえ方ってやつを教えてやる」
言いながら一歩を踏み出したのは、同じ三年の生徒。背は炎斗よりも若干高いくらいだが、細身の炎斗と違い、かなり頑丈そうな体つきをしていた。
終冴はニヤリと口の端を吊り上げる。倒し甲斐のある奴だと思ったのだろう。
「何?アンタが相手してくれんの?」
「あぁ、三年〈騎士〉の桐谷大介だ。よろしくな」
「〈歩兵〉一組、水床終冴。よろしくお願いしま〜す」
「何?闘るの?」
この声は科世である。
科世は基本温厚無害な存在だが、その実体は上級の水使い、水流魔術師だ。敵に回すのは少々勇気の要る事だろう。
先程も言ったが、科世は温厚無害な存在。だがそんな科世とて戦闘に無関心なわけではない。目の前で戦闘、もとい生徒同士の小さな喧嘩を黙って見ているのはつまらない。自分もその中に混ざりたかったのだ。
「悪いな。これは俺一人の戦いだ。他者の介入は許さねぇ」
ここは終冴が遮った。のだが、
「終冴!介入なんて何処の惑星で覚えてきたの!?」
科世の興味は既に戦闘ではなく、終冴が発した一単語に向いていた。
「地球飛び出してどうすんだよ……こないだ図書館で国語辞典眺めてたらたまたま目に止まっただけさ」
「図書館!?国語辞典!?眺めるぅぅ!?」
「だぁ!もうウルセェ!ちったぁ黙ってろ!そして余計な単語を混ぜるな!『眺める』なんて小学生でも使うぞ!」
「小学生いぃぃ!?」
「……何にでも反応するのか?」
科世にとってはそれ程、終冴の口からそんな言葉が出たことは珍しかったのだろう。
しかし、科世の驚きに反して、終冴は記憶力が良い。一度見たものはそう簡単には忘れなかった。それでいてバカなのは、神からの贈り物なのかもしれない。要らぬ贈り物だ。
「科世、下がれ。後は終冴に任せよう」
そう言うと、トーマは魔法術式を展開した。何やら複雑な魔法陣を多数同時に出現させ、それを重ね合わせて術式を形成しているようだ。
「この空間に簡易型の空間凍結魔法をかけておいた。これで被害が他の人に及ぶ事は無い。思う存分戦えると思うが」
空間凍結魔法。対象となる空間自体に術式を施し、魔力を注ぎ込む事でその空間を一時的に凍結させて元の空間から切り離す魔法だ。
これは氷使いにのみ可能な魔法である。しかし、使える者は皆無と言っても過言ではない。精々トーマかオーフェンリル家の人間くらいであろう。
「今年の一年にはそんな事出来る奴が居るのか……お前、名は?」
「〈歩兵〉一組、トーマ・オーフェンリルです」
「オーフェンリル……そうか。あそこの出身ならその聞き慣れない魔法を使えることも得心がいく。流石は名家オーフェンリルってとこか?何にしても、すげぇな」
感心の声を漏らしたのは、大介だった。
それもそのはず。今まで結構な数の魔法使いを見てきたが、空間凍結魔法を扱える者など居なかったし、そんな魔法が存在していること自体、知らなかったのだから。
「いえ、自分はまだまだ未熟です。誉めてもらうに値する領域には達していません。それに、自分はオーフェンリル家が、自分の出身場所が……嫌いですから」
トーマは俯き、顔に影を落とす。触れられたくない話題だった。
家のことが何より嫌いなトーマ。昔は、フランスの名家、オーフェンリルだからという理由で、周りから疎まれていた。
名家の英才教育を受けていたとはいえ、まだ幼いトーマが満足に魔法を使えないのは仕方がないこと。それなのに、「オーフェンリルなら出来て当然」が、当時の周辺の意識だったのだ。
皆が注目していたのはオーフェンリルという名前だけで、誰もトーマ本人を見ようとはしなかった。
悔しかった。自分を見てほしかった。「オーフェンリル家の人間」としてではなく、「一人の人間」として。
トーマの言葉で場の空気は一気に重くなる。そんな中何を思ったのか、終冴が動いた。
「なぁ、もう良いか?サッサと始めよう……ぜ!」
言うが早いか、終冴は腰を低くして床を蹴った。ここが外なら伸び伸びと戦えるが、学校の廊下という、限られた狭い空間での戦闘は思いの外やりづらい。だが、それは一般人にとっての話。
規格外の運動能力を持つ終冴には、そんなもの関係なかった。ハンデにもならない。
「はえぇな、おい!」
大介が拳を振るう。当たれば一撃必殺の威力を秘めた鉄拳だ。そう、当たれば。
「あぶねっ!」
終冴は首を横にズラしてかわし、それと同時に低い姿勢のまま大介の懐へと入ると、その腹部に向けて突きを放った。
ドスッという鈍い音。そして手に残る確かな手応え。大介の体は宙を舞っていた。
壁にその五体が叩きつけられ、床に崩れ落ちる。普通ならこの一撃で相手の意識は吹っ飛ぶだろう。しかし、大介は意識が吹っ飛ぶどころか、何事も無かったかの様に立ち上がった。
「へぇ……今のを喰らって立つのか……頑丈なのは見た目だけじゃないのな」
「かませ犬になる気は無いんだよ。此処で意識飛ばしてたら完全にかませ犬の場所だろうが」
「確かに、な!」
終冴はまた床を蹴り、一瞬ともいえる時間で距離を詰めた。
(ケロッとしてやがるな。でも、手応えはあった。ノーダメージってわけでもないだろ。このまま攻撃を続けていけば……)
大介の正面に位置付け、今度は足払いをかける。大介はジャンプでかわすとそのまま拳を放つ。終冴は飛び退いてかわし、大介の拳は床に突き刺さった。
床が砕け、大介がその破片を終冴に向けて蹴り飛ばし、更に大介自身も終冴に肉薄して追い討ちをかける。
「破片と拳の二段攻撃。どう捌く?」
「捌かねぇよ。避ける!」
終冴は跳躍し、破片を回避した。凄まじいほどの跳躍力である。
そして、空中で体を反転させると、今度は天井を蹴って上から大介に突っ込んだ。腕を振りかぶりながら。
「はあぁぁぁ!」
「来るか!受けて立つ……ぜ!」
拳と拳がぶつかる。二つの攻撃は互いに相殺し合い、その衝撃によって終冴と大介の体は後方へと吹っ飛ばされた。
「おっと」
終冴は空中で受け身をとり、無事に着地する。しかし、大介は終冴ほど器用では無かった。
「が……あっ!」
体を床に打ちつけ、肺の空気が一気に体外へと放出される。大介は息をすることだけでなく、体を動かすのも辛くなっていた。今の落下だけでなく、初撃の突きによるダメージも影響しているのだろう。
大介は頑丈な方だが、無敵ではない。人間なのだから。
「痛えぇ〜」
何とか立ち上がったが、体の節々が悲鳴をあげている。体が動かない。立つだけで精一杯だ。こんな状態で次の攻撃を避けられるはずがなかった。一つだけ、避けなくても良い方法はある。それは受け止めることだ。
(あぁ……楽しいなぁ……ずっと続けていたいが、俺の方が限界のようだ。長くは続けられねぇ。次の一撃をガード。そして無防備になったところへ一発入れて終わりにすんぜ)
絶望的な状況だが、それでも大介は笑っていた。純粋な勝負が出来たことが嬉しかったのだろう。
「よっしゃあ!追撃!」
終冴が思い切り助走をつけた跳び蹴りを放つ。
大介は腕を交差させてガードを作り受け止めた。しかし、
「なっ!?ガードを……突き破る……だと!?」
ミシミシという音がして、大介のガードは砕かれた。跳び蹴りは大介の顔面を捉え、大介の体は再度宙を舞い、壁に激突する。
『宙を舞って体を壁に叩きつける』
平凡で日常的な人生を送っていれば絶対にしないような体験だ。だが、ここは平凡や常識とはかなり縁遠い場所である。そんな非常識及び非日常な体験を、一日に二度もした大介の体はもう指すら動かせない状態だった。普通の人間なら“意識不明の重体”レベルだろう。しかし、大介がまだ意識を失わないのは、大介の自身の持つ頑丈さと精神力の強さ故だったのかもしれない。
「……結局……かませ犬かよ……」
「いや……アンタは強い。かませ犬なんて言わないでくれ、桐谷先輩」
終冴の言葉に大介は一瞬だけ微笑むと、遂に意識を閉ざした。終冴は意識を無くした大介に向かって深々とお辞儀をする。
終冴なりの礼儀というやつだ。
(大介を無傷で倒すか。〈歩兵〉一組、水床終冴……頭は悪いが、あの規格外な運動能力。後の脅威となるかもしれないな。はぁ……全く、疑心暗鬼といいそいつといい、明星神夜の周りには厄介な奴が多すぎる)
炎斗は、頭を抱えていた。
終冴の運動能力を見せつけたいがためだけに描いたようなものです。
では、感想などあれば宜しく願いします。