第十九局~聖焔VS火炎~
かなり遅れましたすみません。
新キャラ登場します。
書いてて炎斗君が可哀想になってきました。
これからも頑張りますので宜しくお願いします。
「輝土先生、今日は俺の申し出を受けていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。三年〈王〉のあなたに頼まれるとは、嬉しい限りですよ。それに私は生徒からの頼み事を断れない性分らしいんです」
演習場で向かい合う二人の人物。一人は、数学担当教師で、眼鏡の似合うハンサム先生こと輝土紅一朗。対するは、三年〈王〉にして学園自治団主神の一撃の一人、鉄城炎斗。
両者とも、優れた魔法使いである。
今日二人がここに来たのは言うまでもなく、炎斗が紅一朗に挑戦するためだ。一個人の願いであるから、見物人は居ない。いや、居ないと言うよりも、炎斗が演習場を立ち入り禁止にしてほしいと頼んだ、という方が正しいか。
炎斗は上級の炎使い、火炎奏者。学園の中でもトップクラスの魔法使い。だが、それはトップクラスというだけで、トップではないのだ。しかしそれでも、本気を出した時の被害は計り知れない。それが達人同士の戦いというものだ。
「先生に俺の魔法が通用するかどうか、試させてもらいます」
「何なら踏み台にするくらいの気持ちでどうぞ。私は構いませんよ?」
「分かりました。では……」
辺りが静寂に包まれ、まるで時が止まったように物音一つしなくなった。
そして、
「奏でられし紅き旋律……第七演奏曲! 乱打される炎球!」
炎斗の詠唱により出現した魔法陣から無数の炎弾が発射され、紅一朗へと向かう。
「遠距離魔法ですか……それも」
ビュオッ!
「かなり」
ブオン!
「高威力」
バヒュ!
「ですね」
炎弾を掠るギリギリ、しかも最低限の動きで完璧に避けながら紅一朗は話し続ける。
その華麗なまでの動きは、さながらダンスをみている様だ。加えて紅一朗は、炎弾をかわしているにも関わらずその威力を見極めていた。
そして炎弾が途切れた僅かな隙に、片手を前方に翳して標準を炎斗に定める。
「では、私もいきましょうか。ちゃんと防いで下さいね? “その名は焔、その真髄は無。眼前に存在せし万物を消し去れ”『滅却神焔波』」
紅一朗の掌に出現した魔法陣から焔が怒涛の勢いで射出され、相対した炎斗の魔法陣から放たれ続ける炎弾を飲み込みながら、炎斗に襲いかかった。
これに対し炎斗は、
「刃演奏曲……燃え盛る、斧剣オオォォォ!」
掌に出現させた炎渦の中からアロンダイトを掴み取り、焔に振り下ろす。
焔は轟音と共に両断され、空中へ拡散した。
紅一朗はアロンダイトの、焔をも切断する攻撃力に多少なりとも興味を持ったらしく、「ほぉ」と感嘆の声を漏らす。
「私の滅却神焔波を斬り裂きますか……『火炎奏者』の魔装、名剣『アロンダイト』。ならば私もお見せしましょう。剣焔製……勝利を齎す聖剣」
アーサー王の伝説で広く知られている聖剣、エクスカリバーを、紅一朗も同じ様に焔渦を出現させ、その中から掴み取った。
それは言うまでもなく、世界最高峰の剣である。
「伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴンVS円卓の騎士第一位の実力者、裏切りの騎士ランスロット、ですか……面白い」
紅一朗はニヤリとしてエクスカリバーを構えた。
炎斗も何やら不吉なものを感じ取ってか、アロンダイトを構え、迎撃体勢をとる。嫌な汗が炎斗の頬を伝った。
「聖剣エクスカリバーを作り出せる程の魔力、そしてあの滅却神焔波という魔法…………輝土先生。あなたは一体何者なんです?」
「私の階級は『聖焔神王』。火としては最高の魔力使いの様ですね。鉄城君、あなたの階級『火炎奏者』よりも上になります」
「『火炎奏者』の上なんて聞いたことが無い……」
魔法使いの階級は低級、中級、上級が基本。だが、稀にその三つのどれにも当てはまらない階級が存在していた。今の紅一朗がその例だ。上級『火炎奏者』の更に上、神級『聖焔神王』とでも言っておこう。異常な魔力を有する魔回路を体に宿して産まれた者は、神級へと上り詰めていく。元からの素質がケタ違いなのだ。
上級者が秀才ならば、神級者は奇才といったところか。もう一度言うが、天才では無く、奇才である。
「神級……『聖焔神王』……」
「おやおやぁ? どうしました? まさか、怖じ気付きましたか?」
「ハッ……まさか」
炎斗は口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
「先生を倒したら俺がこの学園最強の炎使い。そう思うと、嬉しくてたまらない!」
炎斗が地面を蹴った。距離を詰め、紅一朗の正面に向けてアロンダイトを振り下ろす。
紅一朗は右足を軸にして体を90°左に回転。胸に当たるスレスレでかわし、エクスカリバーで炎斗の横っ面をなぎ払った。
炎斗はそれをしゃがんでかわす。
そして手首を捻り、地面にめり込んでいたアロンダイトの刃で演習場の土をすくい上げ、土煙を発生させた。その土煙は、紅一朗の視界を覆い隠す結果に。
「くっ……」
紅一朗は後退して距離を空ける。眼鏡のおかげもあってか、砂が目に入ることは無かった。
もし眼鏡をしていなかったら、紅一朗は本当の意味で視界を奪われ、速攻で敗北していただろう。ここは眼鏡に感謝である。
「やりますねぇ……」
「円卓の騎士最強と呼び声の高い湖の騎士、サー・ランスロット。その卓越した剣技はアーサーをも凌駕していたらしいですからね。油断してると、瞬く間に肉塊になりますよ?」
「ふぅむ……ではこちらも、魔回路を少しばかり開きましょうか」
そう言った途端に紅一朗の体から異常な程の魔力が溢れ出し、演習場全体を揺らした。その途方もない魔力に、炎斗は身じろぎしてしまう。
「なっ!? 少し開くだけでこの魔力だと……底が見えな……いっ!?」
いつの間にやら、一瞬で炎斗との距離をエクスカリバーの射程範囲内まで詰めた紅一朗は、手にしたその聖剣で炎斗の顔を横一閃に薙いだ。
炎斗はたまらずアロンダイトで受け止める。鈍い音と共に剣と剣がぶつかり合い、大気を震わせた。
「くぅっ……!」
間一髪、顔への直撃は逃れたが、腕の方はそうはいかなかったらしく、痺れて力が入り辛くなっていた。
「これでアロンダイトも握れない、いえ、振れないでしょう……この絶対的不利な状況下であなたは私にどのような逆転劇を見せてくれるのですか?」
紅一朗は余裕の笑みをその顔に張り付けると、エクスカリバーを構えて地を蹴る。
炎斗は飛び退いて距離を穫ろうとするが、紅一朗の加速が尋常では無く、炎斗の眼前まで迫っていた。
そして紅一朗は、炎斗の脳天に向けてエクスカリバーを……
「これで……」
「まだ『王手』には早いですよ」
「っ!?」
振り下ろすこと叶わず。
紅一朗は躓いた。その足元には小さな溝。つま先が引っかかるか引っかからないかという小さな溝につま先を捕られて躓き、よろけた。
エクスカリバーを振るえなかったのだ。
いつの間にか紅一朗は始めの位置に立っている事に気付いた。炎斗は紅一朗と戦闘を繰り広げながら紅一朗をこの場所に誘導していたのである。
「っ! これは……」
「俺が、ただ目潰しのためだけにアロンダイトで地面を抉ったと思いましたか?」
「まさか……あの初撃はこの溝を作るための?
……どうやら私は、あなたを甘く見ていた様ですね」
そう。炎斗が紅一朗の眼鏡に気付かないわけが無かった。
目潰しというのはダミーであり、実際は一瞬の隙を作り出すための溝を作る、というのが炎斗の真の目的だったのだ。伊達に〈王〉という最高のクラスに所属しているわけでは無い。
「だから言ったでしょう? ……油断したら、瞬く間に肉塊に成る、と!」
炎斗は紅一朗に向けてアロンダイトによる突きを放つ。振れないなら振らなければいい。やり方はいくらでも有るのだ。紅一朗は避けきれず、防御も出来ず、突きを腹に喰らって吹っ飛ばされた。
紅一朗の転がった地面から土煙が上がり、視界が若干悪くなる。紅一朗を目視することは出来なくなった。
「少しは効いたでしょう?」
炎斗がアロンダイトの切っ先に付着した鮮血を拭いながら不敵に笑う。
しかし、その笑いは次の瞬間には炎斗の顔から消え去った。
ドスッ、という音と衝撃と……そして、痛みによって。
「な……に……?」
視線を下に落としてみる。自分の腹から突き出、伸びている美しくしなやかな刀身。見間違う筈の無い、聖剣エクスカリバーのものだ。そして背後には、エクスカリバーの柄をしっかりと掴む紅一朗の姿もある。
同時に炎斗は口の中が生暖かい液体で満たされるのを感じた。
「突きは……完全に先生を……捉えた筈。なのに……何故…………」
「簡単な事ですよ」
土煙の中から紅一朗が、服に付いた砂や埃を払いながら立ち上がる。腹部からは出血し、純白のシャツを血が赤く染めていた。
「確かにあなたの突きは私に命中しました。しかし、エクスカリバーを手放すところを見ていなかった様ですね。あなたの後ろに居る私は、私が焔で造り出した分身です」
紅一朗が指を鳴らす。炎斗の背後でエクスカリバーを握る紅一朗は、炎斗の体からエクスカリバーを引き抜いた。
そして、エクスカリバーを紅一朗本体に投げ渡す。すると、分身は元の焔となり、空中に散布した。
あの時、炎斗の突きが決まる一瞬の事。
紅一朗はエクスカリバーを炎斗の後方に投げ、それと同時に術式を展開して焔による分身を造った。その分身はエクスカリバーをキャッチし、背後から炎斗の体にその刀身を突き立てたらしい。分身は紅一朗の思い通りに動かせるとみて間違いは無いだろう。
「これが特殊魔法術式『焔の生き写し』です。何も魔法は攻撃の為だけに存在しているわけではありませんから。応用はいくらでも可能ですよ」
紅一朗は柔らかく笑った。
『魔法式の応用で分身を造り出す』
炎斗にも出来ないことは無いが、その為には膨大な魔力が必要となる。上級者でも、魔回路を全開にして尚且つ魔力の半分を注ぎ込まなければ、自身と同じ姿形を持つ分身を造り出すことは不可能。
魔回路を僅かに開くだけでやってのける紅一朗は、やはり魔法使いの中でも群を抜いている。
「成る程……勉強に……なりました」
「それは何よりです。あの奇策は中々でしたが……これで終わりです」
「今度は勝ちますよ」
「楽しみですねぇ」
紅一朗は今度こそ、エクスカリバーを炎斗に向けて振り下ろした。その斬撃は命中する筈だったが、エクスカリバーは空を斬り、刀身はそのまま地面へと吸い込まれていた。
炎斗は消えた。先程まで立っていた場所から跡形も無く。
「おや? 消えてしまいましたね。まさか……威塚君、貴方ですか?」
紅一朗は大して驚いた様子も見せず、とある生徒の名前を呟いた。
◆
「余計なことをするな。鷹裄」
「助けた恩人に対してその言い方は無いと思うけど?」
炎斗は演習場の外にいた。気付けば鷹裄と呼ばれた青年が側に居て、演習場の外に移動していたのだ。連れ出されたと考えるのが普通だが、気付かない内に連れ出されたとあっては状況も理解しかねる。だが、炎斗の反応は違っていた。
「チッ……このお節介が。同じクラスだからって『五人の規格外』の一人が簡単に出て来るなよ。放課後は立ち入り禁止だって聞かなかったのか? 警備の先生も居た筈なのに」
「僕の前ではそんなもの無意味だって分かってるだろ? 親友」
鷹裄は笑った。無邪気な子どもの様に屈託無く。それは時雨等が時たま見せる営業スマイルではなく、鷹裄の素顔であった。
威塚鷹裄。まだあどけなさの残る顔立ちをした金髪碧眼の青年。背はすらっと高く、あまり筋肉質ではない。
鷹裄は炎斗と同じ三年〈王〉に所属すると同時に、『五人の規格外』の一人。
『五人の規格外』とは、能力者の中でも特に強力で反則的な能力を持つ能力者五人を総称した呼び名である。『掟破り』の二つ名を持つ最強の二年生、疑心暗鬼も『五人の規格外』の一人だ。
暗鬼は規格外どころでは済まされない能力の持ち主ではあるが、鷹裄もその一角を担う存在。しかし、滅多にその能力を使う事は無い。あるとすれば、
「僕は友達を助ける時と、自分の身を守るときにしか能力は使わない主義だからね。僕の能力『流動停止』はむやみやたらに使うと大惨事のオンパレード!」
「まぁ、確かに……“アレ”は、勘弁願いたいな」
「暗鬼君の鬼畜能力には負けるけどね」
「っ!」
暗鬼という名を聞いた瞬間、炎斗は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに踵を返して校舎へと歩みを進めた。
「え、炎斗?」
鷹裄の呼び掛けにも振り返らず。そして、傷口を押さえることも無く。
「あらら、NGワードだったか……」
鷹裄は後頭部を掻きながら炎斗の後を追いかけた。炎斗の通った後には一本の紅い道が出来ていたという。
さぁ次話はテスト最終日です。二日しか実施されませんでしたが。