第十八局~試練~
やっとテストの話に入れました。何だかわけの分からない話になりましたが、許せる方はお付き合いください。
「一時限目が国語、ニ時限目が数学、か……なんとも普通な順番だな。いきなり魔法学、なんて奇想天外な順番を期待してたんだが。なぁ神夜」
「そんな意味不明かつ理解不能な順番があってたまるかっての。魔法学は一番の難関だぞ?普通は最後にもってくるものだ。大体終冴、お前バカなのにいきなり魔法学やったってどうせ撃沈するに決まってるだろう?最初は基本からってな。先ずは国語と数学から消化しろってことさ」
「神夜、バカはちよっとばかり失礼だ。せめて“物覚えが悪い”と言ってやれよ」
いや、悠聖、お前は知らんだろうが終冴は記憶力だけは良いからそうは言えない。だが、横槍を入れるのも面倒だから、放っておこう。
「もうこの際アホで良いんじゃないの?」
それも悪くないな。
「お前ら!俺を苛めてそんなに楽しいか!?」
ああ、最高だ!と言いそうになったが何とか堪えた。実際のところ、本当に終冴はバカであるからして、魔法学で赤点は免れないであろう。そんな終冴が何故、この学園に入ることが出来たのか。それは、人並みはずれた運動神経を持っていたからだ。体育の時だけはバケモノみたいな運動能力を見せつけられ、クラス中が唖然となるばかりだった。しかし、運動神経が良過ぎてその反動なのかは知らんが、おつむはからっきしなのである。
連みだしてから日は浅いものの、終冴のバカさ加減は俺だけでなく、この場に居る残りの三人も十分承知のはずだ。
俺達五人は教室の前方、授業用ディスプレイに映し出された今日のテスト予定を見ながら、そんな取り留めも無い日常会話を続けていた。
昨晩に起こった、窓ガラス大量破壊事件の事など知る由も無く。
理事会側としても、余計な混乱を避けたかったのだろう、寮長が皆に口止めして回っていたのを暗鬼さんが発見していた。
事件の話はこれくらいにして終冴の話題に戻るとしよう。
この教室において終冴がいじられるのは早くもマンネリ化しているらしく、何故か笑いの中心にはいつも終冴が居る。可哀想なんて塵ほども思ったことは無い。むしろ楽しんでいる。
他の連中も終冴がいじられるのを楽しみにしている風もあるわけだ。ただ、トーマだけはそのやり取りに参加せず、一人で読書タイムに移行していた。
え〜と、題名は……『魔回路による魔法力場の展開と応用』?……ダメだ。ぜんっぜん分からない。俺が読んだところで一行も分からないだろう。
俺達一般人には縁の無い科目、つまり魔法学の分野であるから理解不能……で済ませられれば良いのだが、この学園には魔法使いも多く、無碍にする事は出来ないらしい。魔法学は魔法使いだけがやってれば良いと、昔そう言った人が居たそうだが、統括理事会の年寄り共は聞く耳持たずの状態だったとか。
(あ〜、こんな難解な教科、どうすれば良いんだか)
俺が頭を抱え唸っていると、不意に教室のドアが開いた。
「みんなぁ、席についてぇ?」
このマイペースな声は沈黙先生。何故語尾が疑問系になっているのかは分からないが、口調的にそうなってしまうのだろう。声は相変わらず透き通る様で、聞く者を魅了する美しさを内包した美声である。簡単に言うなら、“色気のある声”だ。
「テスト前に、先生から連絡がありま〜す。今回のテストで一番悪い点数だった人は……」
だった人は?どうなるんだ?
「フフフ……」
さっさと言え!
「罰ゲームを受けてもらいまぁ〜す。その内容はおって私が連絡するから、それまでのお楽しみ!」
……。
…………。
………………は?
罰ゲーム?一体そりゃ何の冗談ですか?沈黙先生。大事なテストなのにそんなゲーム感覚でやられても困ります。
だが一方で、『罰ゲームを付ければ皆が罰ゲームを逃れようと必死になってやる』というメリットが有るわけだが、後者であることを祈ろうではないか。
まぁ、一番点数が悪い奴なんてもう決まっているも当然なのだから、今更である。先生もそれを分かって言ってるとすれば……
(面白くなりそうだ)
そんな事を考えていると、教室の視線が一斉に終冴へと向けられていることに気付く。
「なっ!?何故みんな俺を見てる!俺がビリとは限らないだろ?」
抗議すべく終冴が立ち上がるも、全員がこれまた一斉に首を振って否定した。
「ち……ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
目に涙を溜め、絶叫しながら教室から走り去っていく終冴。
いや、もうテスト始まるんですが……。
◆
皆が席につき、問題用紙が配られる。先程教室から走り去っていった終冴はというと、俺の前の席で
「フフフ……フハハハハ……アーッハッハッハッハアァァァァ!」
壊れていた。
だが、そんな事にいちいち構ってはいられない。
一限目は国語。俺が現国と呼んでいる教科だ。先ずは歴史の問題……は?歴史?国語じゃない!?
そういえば国語は沈黙先生の担当だった。あの人、やたらと歴史が好きだって聞いたことがある。だからといって国語のテストに織り交ぜる程の歴史好きとは、恐れ入るよ。主旨を完璧に間違えている。その問題とは『アーサー王伝説』についての説明文だった。説明文ならば国語として認められるのだろうか?
アーサーはブリテン王国に君臨した絶対的な王。後に騎士王と称される程の名君である。前に話したかもしれないが、俺は学校こそ嫌いなものの、歴史だけは学年トップの成績をキープし続けた。ろくに授業も受けなかったにも関わらず、何故そんな成績でいられたのか、今でも不思議で仕方がない。
『問一、アーサー王が最初に手にした剣の名を答えよ』
“最初に”という言葉でピンと来た。
アーサーが手にした剣は聖剣エクスカリバー。これは誰もが知っていることだが、最初に手にしたのはエクスカリバーではない。
これはあまり知られていないが、エクスカリバーはカリバーンという、“王を選定する岩に刺さった剣”が元になっている。アーサーはそれを岩から抜き、ブリテンの王と成った。しかし戦いの最中、カリバーンは折れてしまう。
その日の夜、アーサーは湖の女神からお告げを聴き、明くる朝、折れたカリバーンを湖に投げ入れると、カリバーンはエクスカリバーと成ってアーサーに授けられる。後にアーサーがモードレッドと相討ちになり、アーサーの死後、エクスカリバーは湖の女神に返却され、二度と人の手に渡ることなかった。というのがエクスカリバーの歴史。
故に答えは
『カリバーン』
沈黙先生も中々マニアックな問題を出してくる。……というかこれはテストではなくクイズだと思うのだが。説明文に全く書かれていない事を訊かれても困る。さて、次の問題は……
『問二、太陽神ルー(光の神ルー)が創ったとされる魔槍、ブリューナク。その特徴を答えよ』
今度は神話かよ!しかも脈絡が一切無い。
アーサー王伝説の途中から、何の繋がりも無い神話が飛び出して来ていたのである。
だが……まぁ良い。神話も俺の得意分野だ。
魔槍ブリューナクの特徴、それは
『槍自体が意思を持つ』
と、言われている。
確かめるすべは無いが、神を崇拝していた大昔の人の考える事だ。神ならそんな槍を創れても不思議ではないと思ったのだろう。
よく知っていた、と自分を褒めて撫で回したいくらいだが、まだテストは終了していない。自分を褒めるのはそれからでも遅くはないはずだ。この後も、
『問七、グングニルを武器とするオーディン。その別名を答えよ』
だとか
『問十四、円卓の騎士において最強とされている人物の名を答えよ』
やら歴史や神話寄りの問題が登場したが、俺は何故か全てを答えてしまった。因みに、問七の答えは『主神』。学園自治団の名にも使われている、いわずとしれた最高神、オーディンの通り名。
そして、問十四の答えは『ランスロット』。名剣アロンダイトを操り、馬上の戦いにおいて右に出る者は居なかった程の名騎士である。
二時限目−数学
『3以上の自然数nに対してx+y=z(全ての文字にn乗)を満たすような自然数x、y、zは存在しない。これを……』
分かるか!
これ『フェルマーの最終定理』だろ絶対!天才学者ワイルズが証明するまで365年間誰にも解けなかった数学最大の超難問を高校のテストで出す奴がどこに居る!……この学園に居た。
いくらレベルが高いからってなぁ……こんなもん解けるかっての。
『証明しなくても良いです』
フェイントかよ!
そう思った瞬間、ゴツッ、という鈍い音がして、皆が座ったまま机に頭をぶつけていた。テスト中だから後ろにひっくり返るわけにもいかなかったらしい。
あぁ……このテスト、先が思いやられるな。この学園の先生は変わり者が多すぎる(という俺の勝手な推測)。こんなんでよく日本五大学校の一つが務まるものだ。因みに日本五大学校とは、この日本で五本の指に入る名門校のことである。
捨て駒学園、冥王学園、聖翔学園、郡ヶ丘学園、そして煌麟学園。いずれも名だたる学園ばかり。
しかし、捨て駒学園がその枠に入っていることが俺からしてみればもう既に勲章物であり、在校生としては驚きの一言な訳だ。
さて、話を戻したいのだが、え〜と……何の話だっかな……あ、そうか。テストについてだったな。
数学のテストは最初のフェイント以外、割とマトモな内容だった。レベルこそ高校二年生クラスだが、暗鬼さんに教わった内容がそのまま出題されたんで、九死に一生を得たわけだ。
あぁ、暗鬼さんが居なかったら今頃俺は九死どころか破滅していたという意味だからな?
一日目は無事に、と言って良いか分からないが、まぁ終了した。
◆
「輝土先生、あのフェイント、笑えませんでしたよ?」
そう言ったのは、神夜達〈歩兵〉一組の担任、咲群沈黙その人だった。笑えないと言いつつも、笑顔である。
沈黙は今、職員室でテスト答案採点の真っ最中。歴史ではなく国語のテストだ。
「笑えたのは問題自体では無く、生徒のリアクションでしょう?分かっていますよ。そうなる様にあの問題を作ったんですからね」
沈黙の発言に答えたのは、沈黙から見て右隣の机に座る数学担当教師、輝土紅一朗。眼鏡が似合うハンサム先生だ。こちらも数学の採点中である。
確かに一クラスの生徒が一斉に頭を机にぶつけている光景は、想像しただけで爆笑ものなのだろうが、それを楽しむ為に『フェルマーの最終定理』を高校テストに用いるところなどは、“変わり者”というには十分な要素だろう。しかし、“変わり者”とはいうものの、紅一朗はその自覚が無いらしい。何せ、この学園には変わり者しか居ないと言っても過言ではないからだ。
変わり者の中に居れば、自分が変わり者だという自覚など現れる筈も無い。
「あぁでも、神夜君だけは机に頭ぶつけてませんでしたよ?流石、私のお気に入り!」
何故か上機嫌になっている沈黙を余所に、突然席を立ち上がる紅一朗。そして、職員室のドアを開け放った。
「どこに行かれるんです?」
「採点が終わったので、約束を果たしに行って来ます」
「約束……ですか?」
沈黙は首を傾げた。
「ええ。ある生徒から、私と魔法で勝負したいと申し出がありましてね。ちょっと演習場に」
「輝土先生に魔法で勝てる人なんて居るのかしら?」
「居るとは思いますが、闘ってみないことにはどうとも言えませんよ。では」
紅一朗は職員室を後にする。職員室には、ペンの、紙を滑る音が暫く響いていた。
何がしたかったんでしょうね、私。何かしょうもない話になりました。申し訳ありません。
これからもよろしくお願いします。