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チェック・メイト  作者: 神門
~謎多き学園~編
16/28

第十五局~前夜祭~

 全ての教育機関には、勉強の成果を、つまり勤勉さを測定するためのテストが存在している。

 この捨て駒学園も例外ではなく、四教科、つまり国語、数学、英語、理科の基礎教科に加えて魔法学なるものが実施されるらしい。魔法陣(サークル)作成や術式、詠唱、言霊などの、魔法使用において必要な専門的知識を学ぶのが魔法学。まぁ、一般人や能力者には無縁の教科だ。

しかも、この魔法学は捨て駒学園と他の2校でしか実施されていない特別な教科だと聞いたことがある。これは沈黙先生からの受け折り。


 この魔法学を加え、合計五教科のテストとなるわけだが、何しろここは日本屈指の難度を誇る捨て駒学園。この学園のレベルが桁違いに高いために“五教科だけ”ではなく“五教科も”という表現に移行してしまう。

 俺にとっては、一教科だけでも困難だというのに、五教科なぞもう地獄の領域に踏み込むこと間違いなしだ。

 中学までは魔法学ではなく、社会という易しい名前の教科があったものだが、いつの間にか絶滅したらしく社会の教科は消え失せていた。この学園に社会は必要無いという事だろうか。まぁ尤も、社会なんて小学生が使うような呼称だ。中学になると算数から数学へレベルアップする様に、理科も化学、物理、生物学と分けられる。しかし、レベルアップするどころか抹消されたとあっては、勉強のしようが無いのだ。

 悔しい。非常に悔しい。俺の得意な教科は社会、特に歴史だった。中学時代、常に社会の成績はトップだったのだが、社会が消え失せた今、俺の得意教科は無いに等しかった。まぁ、その為に暗鬼さんから勉強を教えて貰ったわけだし、何とかなるだろう。

もしこれで“すみません。赤点だらけでした”では暗鬼さんに殺されはしないだろうか。


「後どれくらいだ?」


「ん〜、今半分くらいだな」


 俺は今、自分の勉強時間を返上して、終冴のノート写しに付き合っている。勿論、終冴が写しているのは俺のノートだ。

 というのも、沈黙先生の授業の時に終冴が居眠りをしていてノートをとり損ねた事が原因なのだが。俺か?それは愚問というやつだ。俺が沈黙先生の授業で居眠りなどするはずが無かろう!

 付き合っているとは言ったものの、実際のところは『監視役』だ。本当は嫌で嫌で仕方無かったのだが、沈黙先生に頼まれては断れない。


「終冴、テストって何時(いつ)からだ?」


「明日だ。明日の一、二時限目にテストがあって、そっから放課後。次の日の三時限目まででテストは終了。こんな感じだ」


「ふぅん……」


 水床終冴(みなとこしゅうご)。こいつはバカなのだが、そんな事だけはしっかりと覚えている。それだけ記憶力がよろしくて何故点数が採れないんだ?


「そんな事より神夜、今からこっそり脱け出して、ゲー……あだっ!」


 終冴の頭に正義の審判という名の出席簿が振り落とされた。しかも角。あれって地味に痛いんだよねぇ。投下したのは我らが担任、咲群沈黙(さきむらしずか)先生だ。

 終冴が良からぬ事を言う前に止めに戻って来たらしい。可笑しいな。さっきまで居なかったのに。何処から現れたのだろう。

 その表情はいつも通り、引くほど綺麗な笑顔なのだが、


「終冴くぅぅん?ゲー、何かな?その続きを言ってみてぇ?」


目が笑ってない。背後に魔王が見えます。幻覚でありますように。


「ゲ、ゲーセン」


「はぁい、ゲームオーバー」


 終冴にまた出席簿の角が飛んできた。今度は正義の審判等という生易しいものではなく、裁きの鉄槌。終冴の体が冷たい床上で横倒しになり、めり込んでいしまっている。出席簿の角で頭を一日二回、しかも殆ど間を入れずに殴られた終冴は流石に懲りたのか、もう何も言おうとしないし、起き上がろうともしない。

 心が折れたのか、はたまた骨が折れたのか、それは終冴に聞かないと分からない事である。


「終冴……大丈夫か?」


「全……然……」


 床にめり込んだまま発声する終冴。

 まぁそうだろうな。100%お前が悪い。自業自得ってやつだ。早く終冴を起こしてノート写しを続行させよう。先生にも何か教えて貰えるかもしれない。


「先生、ここを……ってあれ?沈黙先生?」


 教室には俺と終冴の二人しか残っておらず、先程まで居たはずの沈黙先生の姿は何処にもなかった。突然現れたと思ったら、忽然と消え失せた沈黙先生。

 これは……いや、まさかな。


「なぁ終冴……続き、どうする?」


「へっ……勿論、やる……さ……」


 終冴は床から顔を引っ剥がすと、机に向かい、俺のノートとにらめっこを再開した。


(もう少し付き合ってやるとするか。どうせ終冴が終わるまで帰れないわけだしな)


 俺は椅子に座り直し、携帯電話を取り出す。時刻は……午後4時44分を差していた。



 −昔、誰かに「お前にとって力とは何だ」って質問されたことがあったっけな。誰から質問されたかなんて覚えちゃいねぇ。殺した奴の顔をいちいち覚えてられる程、俺の頭の容量はデカくねぇからな。

 ただ、俺に言わせるなら、力は『酷なもの』だ。

 力を持たねぇ奴は力を持つ奴を疎み、力を持ってる奴は力を持たねぇ奴の気持ちが分からなくなる。最初は力が無かった奴が何らかの切欠で力を手に入れても同じことになるのは明らか。強者には弱者の心が分からねぇらしい。それがスパイラルと成り永遠に続いて、今に至ったんだと聞いた。俺には力が有る。

 けど、力のねぇ奴の気持ちが何故だか痛いほど良く分かっちまう。だから俺は力を持たねぇ奴は殺さねぇし、傷付けたりもしねぇ。その理由は俺にも分かんねぇんだ。ただ、力のある事に優越感を覚えて弱者を見下す強者が許せねぇのは確かなんだよな。可笑しな話だろ?力を持つ奴が力を持つ奴を許せねぇなんて−


 東京の夜の姿。それは、一晩を通して消えることのない光と、行き交う人々によって創られる光り輝く街。そんな中、人通りが全くといって良い程無い深暗の路地裏。


「おい五木(いつき)!何なんだあいつは!」


「分からん……銃が効かないなんて、そんな奴は疑心暗鬼だけだとと思っていたが……まだまだ知らない事の方が多い、ということかな?」


 その路地裏を何かから逃げるようにして走り続ける二人の男。

 表情はどちらも焦っていることに関しては大差ないが、片方はこの世の終わりのごとく取り乱し、もう片方、五木は冷静に状況を分析中だ。


「ちょっと待てっつうんだよ。捨て駒学園は何処だって聞いただけだろうが。何も銃ぶっ放して逃げ出すこたぁねぇだろう?なぁ?」


 二人の後ろから聞こえてきた声。荒くれ口調で、聞くだけで近付き難くなる声質。声の正体は一人の青年。

 暗くて良くは見えないが、二人の目は確かに一人の青年と呼ぶに相応しい人物の姿を捉えていた。路地裏のアスファルトを滑る様にして移動している青年。まるでスケートだ。しかも、体はぶれずにしっかりと足が地を掴んでいる。


「あいつ、滑ってる、のか?」


「と、とにかく、このままじゃ追い付かれる!」


 二人は懐に忍ばせてある銃を再び抜き放つと、お構いなしに発砲する。しかし、弾丸は青年に届く直前で威力を失い、無様に落下。

 青年は口の端を吊り上げ、嘲笑した。例えるならそう、全てを見下す悪魔の様な笑みだ。


「クックックックックッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! なぁ、お前等って学習能力無いわけ?一回やってダメならもう無駄な発砲(こと)はすんじゃねぇよ。それとも何か?大の大人が『最後まで諦めない』とか勇者様気取りの台詞でも吐いてみるつもりですかぁ?止めてくれ、反吐が出るぜ」


 青年は一旦止まると、掌で地面を触る。その瞬間、二人は転倒して起き上がれなくなった。地面が自分達を拒絶している様な感覚に襲われる。


「起き……上がれない、だと?氷室(ひむろ)、お前もか……」


「どうなってんだよ!?こりゃあ!」


 必死に立ち上がろうともがく無様な五木と氷室に、青年は無表情でゆっくりと距離を詰めてゆく。


「ひぃっ!」


「何者だ……お前は」


「あ?俺か?悪ぃが名乗る程良い名前は持ち合わせちゃいねぇもんでな。もう一度聞く。捨て駒学園は、何処に在るんだ?」


 青年は小型ナイフを取り出すと、氷室の頬にヒタリと冷たい刃を押し当てた。


「俺は弱ぇ奴の命奪うのが大嫌いなんだ。なぁ、殺さなくても良いように教えてくれねぇかな?氷室さん?」


 そして今度は、ナイフを心臓の在る辺りの前へと持っていき、徐々に切っ先を胸へ押し当てていく。


「ひっ……や、止めてくれぇ!」


「ほらほらぁ、急がないと死んじまうぜぇ?さぁ、捨て駒学園は何処にあるんだぁ?」


「その手を退けろ!刀魂(ソード・スピリット)炎の尖剣(オートクレール)!」


 五木が、しなやかで美しい刀身を持つ、オリヴィエ卿の刀剣を炎で創り出し、うつ伏せの状態で青年の背後から足を水平に斬りつける。しかし、その刃はまたも青年に届く寸前でピタリと止められた。


「くっ!何故当たらない!」


「へぇ、炎精霊(ブレイブスピリッター)か……でも、中級魔法使いじゃ俺には勝てねぇよ。じゃあな」


 青年はオートクレールの柄を蹴って弾き飛ばすと、片膝を地面に突き、ナイフを五木の心臓に突き立て、刃先を捻り心臓に空気を入れながら抜き去る。そして抜き去ると同時に立ち上がった。


「……!」


五木は硬直して動かなくなり、うつ伏せの状態で絶命した。ナイフが抜かれた胸からは生暖かな鮮血が漏れだし、アスファルトを濡らす。

 痛みを感じる暇さえ与えないショック死。 一体何処でそんな殺人法を覚えたのか、はたまた偶然か。

肉塊となった五木を見下ろす青年の眼差しは冷たくも見え、悲しくも見えた。


「五木、だっけか?あんたは強ぇよ。俺なんかよりもよっぽどな。おい、ピーピー五月蝿い兄ちゃん、この人、ちゃんと弔っといてくれよ」


「……ああ……分かった」


 先程まで騒いでいた氷室は、それが嘘のよう。

 相棒の意志を継いだ様に恐ろしく冷静になり、既に物体と化している五木を抱き抱えると闇へ消えていった。氷室が青年に攻撃を仕掛けなかったのは、自分では適わないと分かっていたからこその行動だろう。


「なぁ、お前が俺にしょっちゅう言ってただろ?冷静に成れって。ほら、俺は冷静に成れたぞ。その姿も見ないで逝きやがって……待ってろ。必ず“生き返らせて”やるからな」


 氷室の最後の一言を聞いている者は、居なかった。



「転入するのは良いが、場所も教えて貰えねぇんじゃどうしようもねぇな。全く、何で殺しちまったんだろうな。放っておけば良かったんじゃねぇのか?…………いや、違うな。あの五木って野郎は力を持ってた。能力者には劣っていても、中級魔法を使いこなす炎精霊(ブレイブスピリッター)。殺しても問題無かった筈だ……」


 −あいつにも家族は居たはずだ。俺が自分に言い聞かせる様に言葉を並べているのは、その家族からあいつを奪ってしまった現実から逃げてぇだけなのかもしれねぇ。だが、もう遅い。やっちまった事をリセットすることなんざ出来はしねぇんだ。人生にはリセットボタンがある。しかし、それはあくまで過去の自分を見つめ直し、今後の人生を新たにスタートさせるための切欠に過ぎねぇ……時間は戻らない。本当の意味で“やり直す”、“RESTART”なんざ不可能。『俺が人を殺した』これは一生俺について回る。それなら俺は一生、その罪を背負って生きるだけだ。そう……一生、な−


「後、三週間……さぁて、楽しみだぜ……明星神夜か。どんな奴なんだろうなぁ」


次回こそはテストに入れるように頑張ります。

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