第十四局〜勉強days〜
何か趣旨が分からなくなってきました(汗)
ではどうぞ
「ちょっと待ったぁー!」
突如として二人の間に割って入ったのは他でもない、二年<女王>、時皇子時雨だ。しまった、といった表情で頭を抱えている。当初の目的である“霜月先生に感づかれる前に”が、既に崩れ去ってしまった後となっては、頭を抱えずにはいられなかったのだ。
(あっちゃあ〜。間に合わなかったみたいね。霜月先生は“こういうの”にやたらと鋭いのよね。まぁ、“そっち方面”に鋭すぎるせいで、春が来ないのは致し方ないで済ませられる事じゃないんだけど。もう幾つになるのかしら、叶恵先生)
「時雨、あなた今失礼な事考えてたんじゃなくって?」
「霜月先生……心当たりがある様ですね」
“何の事かしら?”と、全てを凍てつかせかねない極寒の笑みを浮かべた叶恵とはうって変わり、こちらは透かした笑みを顔表に作る炎斗。どうやら春が来ないというのは時雨がでっち上げた冗談でも何でも無く、純粋な真実ということになるのだろう。
しかし、先程まで叶恵と炎斗の間にあった敵対意識は何処へ消え失せたのやら、教室は何事も無かったような平和的な空気に戻されていた。二人の手にしていたアロンダイトとフェイルノートはいつの間にか消え失せている。時雨の手によって事態は収拾されたが、後始末は必要だ。二人の繰り広げた戦闘によって、机がひっくり返るわ壁が砕けるわで教室は半壊滅状態にある。
他の先生が気付かなかったのが奇跡と言える程のぶっ壊れっぷり。
「早く片付けて下さいよ? そろそろ始まりますからね……“アレ”が。教室が使えなかったら受けようがありませんよ」
「確かに……私も早く作らなくちゃいけないし。炎斗、今日はごめんなさいね。少々焦ってたみたい。私が悪かったわ」
雪の様に白い手をヒラヒラと振りながら自慢の銀髪を揺らし、叶恵は職員室へと続く廊下をゆっくりとした足取りで歩いて行く。自分の否を認めながらも、それをもって話を終わりにしてしまう、何というか、大人な対応だった。無人の教室に残ったのは炎斗……のみ。
「ん? 霜月先生……あの教師め……上手い具合に片付け回避したな? 時雨も……居ない。ハメられた、か……仕方無い、一人でやろう」
炎斗はいそいそと教室の掃除用具入れから帚とちりとりを取り出していつ終わるとも知れない片付けを始めた。この光景だけを見れば炎斗には手伝ってくれる友達が居ないと思われがちだが、そういう訳では無いのであしからず。
◆
「中間テスト?」
「そう! この学園において、実践演習、文化祭と並ぶ重要行事……それがテストなのよ!」
と、決して大きいとは言えないが小さくもない胸を張り、その胸の前で拳を握り締めた科世の力説を、俺こと明星神夜を含めた悠聖、終冴、トーマの四人は登校して朝一番に聞かされていた。いや、どこの学校もそうだと思うのだが……。流石に実践演習は無いにせよ、テストを軽視、つまり蔑ろにする学校など聞いた事が有りませんので。科世さん、テストは確かに重要行事でありますよ?
だがしかぁし! テストなんて人生に差したる意味を持ちはしないのだ!俺は中学の時にそれを学んでいる。とりあえず勉強して、満足のいく点数をとれば誰も文句は言わない、言われない、言わせない!
「で、科世……俺達にどうしろと?」
「勉強全然分かんないぃ〜! 神夜ぁ、悠聖ぇ、終冴ぉ、トーマァ! 誰でも良いから教えてぇ!」
…………は?
この俺に勉強を教えて、だと? バカ言っちゃいけない。明星神夜が勉強出来る奴だと思っていたのか? そうだとしたら科世、お前の目は節穴だぞ。見た目からして勉強嫌いそうな顔してるだろ? って顔で其処まで判断出来る奴なんて居ないか。
「聞くなら俺じゃなくて悠聖かトーマだな」
「ちょっと待て神夜くぅぅん、何故俺が入っていないのだい?」
「じゃあ終冴君、問題です。水を電気分解したら何と何が出来るでしょうか」
「夢と希望」
ほらバカだ。生粋のバカだ。天性のバカだ。クラスのみんなコケてるぞ。トーマ以外な。 電気分解っつー科学的な要因で夢や希望なんてそんな非科学的な物が出来るわけ無いだろバカ。このバカ。
お前に教わってたら勉強しないよりも悪い結果に成るのは誰の目から見ても明らかなんだよ。
「終冴よ……真面目に成られよ。さすれば、学力も自然に付いてくるだろうて」
口調が江戸時代風になってしまう俺。バカなこの友達を哀れんでいるのだろうな。哀れんでも何も進展しない事など分かっている。だが、哀れまずには居られなかった。水の電気分解が夢と希望なんて、『自分の名前も漢字で書けない』クラスのアホさだ。バカ丸出しの友達を嘲りたいわけでは無いが、誰だって苦笑くらいは沸いてくるだろう。
小学生並みの解答例しか頭にインプットされていない様子の終冴君。あのおバカ解答を冗談抜きの真面目顔で言うのだから更にたちが悪い。確かに真面目に成れとは言ったが、有らぬ方向に向かって行っては意味が無いではないか。
「終冴、ふざけてるのか? こんなの俺にだって分かるぞ」
まぁ中学生レベルの簡単な問題を悠聖が間違うとはとても思えないからな。悠聖、終冴に正しい答えを教えてやってくれ。
「じゃあ何だよ悠聖。言ってみろ、水を電気分解すると出来る物」
「愛と勇気!」
(悠聖もバカだったあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
しかも今度はトーマまでコケている。語尾の『!』マークは自信があったことの表れだとは思うのだが、答えに掠りさえしていない。それどころか、物質ですらない。
悠聖は何処のヒーローなのだろう。愛と勇気、と言えば、子供たちに無償で自分の顔を食べさせることが趣味の某顔パンヒーローしか思い浮かばない。
というか、それ以前に終冴の解答とレベルが寸分違っていないことに驚きである。悠聖のバカは恐らく天然であろうが、流石に今の回答は酷かった。
「ぐっ……まさか……これ程とは……」
膝をつき、強敵と戦った後みたいな台詞を言ってしまっている俺の目の前で、涼しそうな顔をしている悠聖。
何というか、もう溜め息しか出ないのだが、それも無理ない。
終冴は分かるとして、まさかもまさか、あの城ヶ崎悠聖にまで、天然とはいえバカ回答を喰らわされる事になろうとは、俺を含めトーマや科世だって予想だにしなかった筈だからだ。トーマ、同情の目で俺を見るくらいなら、この場所を変わってくれ。
「水素と酸素。この二つだ。分かったか? バカ野郎共」
不意の声はトーマのものではない。声の主を捜して後ろを振り返る。其処に居たのは、
「あ、暗鬼さん!」
「よぅ、お前ら」
218の長身、いや超身を誇る二年<王>、疑心暗鬼さんだった。相変わらずデカい。見上げなければ顔が目視出来ない程である。
「神夜、この人は?」
「そういえば、トーマにはまだ紹介してなかったな。こちら二年<王>の疑心暗鬼さん。最近知り合ったんだ」
「よろしくな」
「え……疑心暗鬼って、『掟破り』の……?」
トーマも暗鬼さんを知っているらしい。『掟破り(アンチルール)』、疑心暗鬼の名はこの日本だけでなく、世界にも知れ渡っている様だ。フランスに居たトーマが暗鬼さんを知っている事からもそれは分かる。しかし、学園最強という称号が世界にまで轟くものなのだろうか。とてもそうは思えないが、今は触れないでおこう。『直に答えは出てくる』、そんな気がしたからだ。
「まぁ、世間一般じゃそう呼ばれてる。それよりも、その金髪に翡翠の瞳……オーフェンリル家の人間だな?」
オーフェンリル家……そういえば聞いた事がある。代々氷使いの家系がフランスに居を構えてるって。それがトーマの家だったのか。オーフェンリルと聞いて気付かなかった俺は何なんだ。親友なのに。
「トーマ・オーフェンリルです。俺はこの名前、あまり好きじゃないんですけど」
「ねぇー! テスト勉強の話は〜?」
見事な横入りを決めたのは、空気の読めなさなら世界最高峰の我らが<女王>白状科世だ。あぁ、そんな話してたっけな。
「勉強なら俺が教えてやるよ」
「え? 暗鬼さんが?」
「これでも二年<王>トップの成績だからな。少しくらい役に立てるだろ?」
うわぁ……この人、本物の完璧人間だ。顔も良くて学園最強。それに加えてこの学園において最高のクラスである<王>のトップときた。もし同じクラスだったなら、張り合うのもバカバカしく思えてくる。それ程の別次元を、この男は生きているらしい。
しかし別次元とはいえ、同じ人間。教えてもらえるならば素直に受け取るのが礼儀というものだ。
「ではお願いします。暗鬼さん」
「分かった。なら放課後、寮の神夜の部屋に全員集合だ」
と言うと、暗鬼さんはさっさと教室を出て行った。って暗鬼さん、俺の部屋知ってるのか?知ってるから俺の部屋に場所指定をしたのだろうが、俺には暗鬼さんに場所を教えた記憶が無かった。
◆
放課後。
それは、学校という呪縛から解き放たれた生徒達が思い思いの行動をとることの出来る時間だ。大抵は遊びに行くか部活だろう。
しかし、今日の学園は違っていた。皆さん寮の自室に籠もってテストに向けての勉強をしている。かくゆう俺も……
「おーい神夜ぁー、何か食い物」
「はいただいまー……ってちがあぁぁぁう!」
勉強出来ている、とは言い難い状況だった。何故勉強を教えるという名目で俺の部屋へとやってきた暗鬼さんに食い物を出さにゃならんのですか!
俺は持っていたポテチを床に叩きつけて叫んでいた。
ん? あぁ! 俺のポテチがあぁぁ!せ っかくとっておいた限定のコーラ味なのに。まったく、人間というものはどうしてこうも他の品と品を合わせようとするのだろうか。ポテチのコーラ味なんて誰が見ても旨そうとは思わない。分かっていながらそれを買ってしまった俺は何なのだろう。どうも『コーラ』、この文字には適わない。それだけ、俺はコーラに心酔しているのだろうな。
「何だよ?今のお前に必要な教科の問題は全て此処に揃ってるっつーの」
と、いつの間にそんな事を調べたのやら、机に積み上げられた問題集を指し示す暗鬼さん。俺はコーラ味のポテチを口に運びながら問題集に目をやった。お、結構イケるなこれ。人の味覚もまだまだ捨てたものでは無いということか。
「おら神夜、食ってる場合じゃねぇぞ?」
あんたが持って来いって言ったんでしょうが。俺に否は無い。
「はぁ……仕方無い、やります、か」
いやいやながらにも問題集を開こうとした矢先、
「神夜ぁー! みんな来ったよぉー!」
科世が悠聖、終冴、トーマを連れ、慌ただしく参上した。
むぅ……これは少々部屋が狭くなりはしないだろうか。一部屋に六人は流石に厳しいと思われる。ここが集団滞在に適した温泉旅館か何かだったら六人くらい余裕で入り、場所を持て余すだろう。しかし、ここは国立捨て駒学園の学生寮。さらには明星神夜という一生徒が使っている自室にすぎない。六人を入れるスペースなぞ無いに等しいと思っていた。が、
「まだスペース空いてるな? よし、勉強すっぞぉー!」
終冴が意気揚々と教科書を広げ、ノートにペンを走らせ始めた。六人が入っているというのに、流石は国立学校の寮と言うべきか、後三人は入っても問題無い広さを残している。よくよく考えてみたら、元々二人部屋、広くて当然だ。ルームメイトは居ないのだろうか。来た時も、俺一人だったし。
「神夜、どうした?」
「いえ、ルームメイトって、居ないのかな……と」
「大丈夫さ。ルームメイトなんか居なくたって、仲間が居るだろ? 同じ場所に存在してなくても、心は繋がってるんだよ」
笑顔で言う暗鬼さんの後ろで、騒ぎながらも互いに教え合って勉強をしている悠聖、終冴、トーマ、科世の四人。
きっと俺は辛気臭い顔に戻っていたんだろうな。寂しくて、悲しくて、誰か隣に居て欲しかった、繋がりを欲していた中学校時代の孤独だった俺の顔に。だが、もうその心配は無い。暗鬼さんが気付かせてくれた。教えてくれた。
友情は不滅であると同時に不変である、と。
当たり前の事。一度築き上げられた友情は簡単には壊れない。そこには信用を越えた信頼が生まれていて、気付けば必然的に周りは友情という一感情の下に集まった奴らで埋め尽くされていくのだ。
「俺は……案外幸せ者かもしれない」
「あ? 何だって?」
「何でもありませんよ。さて、先ずは数学からやりますか…………暗鬼さん、ここの問題なんですけど」
「あぁ、そこはこの公式を使うんだ」
「暗鬼さ~ん。今度は私~!」
「科世もか……一体、どこが分からねぇんだ?」
テスト勉強もたまには悪く無いなと本気で思っている俺が、そこにはいた。