第十局〜冷たい親友〜
神夜の過去が一部明かされます
ではどうぞ
昔、俺には親友が居た。金髪に翡翠の瞳が美しいフランス人。
そいつと最初に会ったのは、小学校に入って二ヶ月くらいの時だ。急遽転入ということで俺のクラスに入ってきたのは良いのだが、特異な容姿と、外国人という事もあるのだろう。
仲間の輪に入れず、一人教室の隅に座っていて、それを不思議に思った俺は無意識に声をかけていた。
「ねぇ……君……」
「!」
俺を映したその瞳は怯えていた。体も小刻みに震えているのが分かる。知人が一人も居らず、右も左も分からない土地へ放り込まれたとなれば怯えもする。俺だって同じ境遇下だったらそうなっていただろう。
「……名前は?」
「…………」
答えなかった。いや答えられなかった。ただ首を傾げるだけ。それも当然。何せ当時、そいつはまだ日本語が使えなかったのだから。
しかし、先生も先生だ。せめて一言言ってくれれば良かったものを、何も言わないから接し方が分からない。
自分の持つ母国語が通じない相手とコミュニケーションをとるという課題は、小学校一年生にはきつすぎるという事を考慮していなかったのか。それとも忘れていただけなのか。
何にせよ、小学校一年生で英語が使える日本生まれの日本育ちなど居るはずもなく、沈黙が流れた。
「ぼ、僕、明星神夜。よろしく」
「!」
先程も言ったとおり、接し方が分からない俺は、沈黙を破ってとりあえずそいつの手を無理矢理握ってみる。普通なら驚いて手を引っ込めるところだが、そいつは引っ込めるどころか急に笑顔になり、俺よりも強い力で俺の手を握り返してきた。
その瞳には、涙。これは嬉し涙に分類されると思う。
そいつは恐らく、繋がりが欲しかったのだろう。年の端もいかない子どもが味わう孤独は相当なものだというからな。
ましてや何も分からない場所に居て、孤独を味わってきたそいつにとっては、俺の差し出した手が何よりの救いに思えたのだろう。
その日を境に俺とそいつはいつも一緒だった。登下校の時、昼食、昼休みに至るまで、二人一緒に行動していた。先生がその光景を見かける度に、寂しそうな顔をしていたことには気付かなかった。
家が近所だと知ったのは、一緒に帰るようになってしばらくの頃。家の場所を知った俺は、毎日といって良いほどそいつの家に足を運んだ。
その度に二人で騒ぎを起こしては近所の人たちに追いかけられたものだ。
相変わらず名前は明らかにならないものの、そんな事はどうでも良いと思える程の仲になった俺とそいつ。
何気ない会話。
綺麗に整った、小学生とは思えない顔。
安心感のある手の温かさ。
その全てがかけがえの無いものと成っていった。俺はそれがずっと続くと思っていた。だが、別れというものは突然やってくる。
小学四年生になった年のある日、そいつは学校に来なかった。
一度も学校を休まなかった奴が休むと、何とも言えない違和感があるものだ。少なくとも俺はそう感じていたが、他の連中はいつも通りというか、気にもしていない様だった。
会うのが楽しみで学校に来ていた俺はうなだれて席に着く。
すると、先生が何やら険しい表情で俺の机の前にやってきた。
「神夜君」
「何ですか?先生」
そして、先生がその口から絞り出した言葉は……。
「先生……今、何て……」
「あの子は今日限りでフランスに帰ることになってたの。他のみんなは知ってるわ。あなたには言わないで欲しいって、本人たっての希望だったから言わなかったけど……」
俺は先生が何を言っているのか理解出来なかった。いや、しようとしなかっただけかもしれない。
理解してしまうと、あいつと別れるという現実を受け止めなければならいからだ。
しかし、現実は残酷で、残忍で、無慈悲だった。
「あの子がフランスへ帰ることになってたのは知っていたから、仲良くなってしまうと別れが辛くなる。だから、何も言わなかったのだけど、あなた達を見てたらどうしても言い出せなくって……ね」
俺はこの時、自分の愚かさを自覚した。
別れを俺自らが辛いものにしていたのだ。その辛さを塵ほども顔に出さず、今まで俺と接してくれていたなんて思いもしない事。先生が何も言わなかったのはこの時に備えてだったのだ。
余計な事をして、知らなくても良い現実を知ってしまった。俺がもし、他のクラスメイトみたいに、あいつとそこまで仲良くなっていなければこんなに悲しむ事はなかっただろう。
「でもあの子、あなたにメッセージ、残して行ったわ……“今までありがとう。たった一人の親友、明星神夜君”って」
「!」
俺は気付いた時にはもう学校を飛び出していた。
先生が何か言っていたが、全く耳に入らなかった。それ程、当時の俺は無我夢中で空港を目指して走っていたのだろう。
そいつが何時の便でフランスへ発つか、小学四年生に分かるはずもなく俺は空港中を走り回った。
そして見つけた、金髪の少年。
もう飛行機に乗ってしまうかというところだった。
「神夜……君……どうして……」
俺を見るそいつの目は動揺に震え、涙が後から後から溢れている。
「待ってるから」
「……え?」
「君にまた会えるまで……僕はこの日本で待ってるから!必ず……帰って……き……て」
俺ももう涙を抑えられなくなり、感情の為すままに泣いた。今思い返しても、何故あんな事を言えたのか自分でも不思議に思ってるんだがね。
「うん……必ず帰って来るよ!恥ずかしくて言えなかった僕の名前、今なら言える。覚えててくれるかな?」
「……勿論!」
「分かったよ。じゃあ言うね?僕の名前は……」
◆
「今日からこの<歩兵>一組になったトーマ・オーフェンリルだ。種類は魔法使い。属性は氷。よろしく頼む」
俺は目の前に立つ青年を凝視した。月日が経っていることもあり、少し変わったところもあるが、やっぱり俺の親友だ。
「トーマ……本当にトーマなんだな?」
「ああ、久しぶりだな……帰ってきたぞ。神夜」
覚えていてくれた。俺があの時言った“待っている”を、トーマはちゃんと覚えていてくれた。俺は嬉しくて泣き出しそうになるのを堪えた。
よし、良くぞ耐えたな俺の涙腺。今度賞状を贈ってやろう。『耐えましたで賞』ってな。
「じゃあトーマ君、席は神夜君の隣で良いわね?」
「ええ、構いません」
トーマが俺の机の前にやってくる。
実に六年振りに見る親友の顔は懐かしくもあり、新鮮でもあった。
「また、一緒だな」
「あぁ、馬鹿やって頃が懐かしい。神夜が何時もしくじっていたからな。おかげで俺もとばっちりを喰らったものだ」
「フッ……なら学校でも一丁やらかしてみるかい?親友さんよ?」
「悪くないな」
俺もトーマも笑顔で固い握手をかわす。何故か氷の魔法使いであるトーマの手は温かかく、安心感がある。
(そうか……手はあの頃のままなんだな)
俺が思い出に浸っていると、沈黙先生の声が俺の意識の中へと飛び込んできた。そのせいで俺の中に蘇っていた思い出が瞬く間に弾け飛んでいく。
それにしても沈黙先生、何やら真剣な表情だな。
「神夜君、突然で悪いんだけど、今からみんなを連れて第一演習場に集合をお願い」
「相手はどこのクラスです?」
演習場集合といったら、演習しかあるまい。
「二年<騎士>よ」
二年<騎士>か……ん?誰が重要な人が居たような気がするんだが……誰だっけ?全然思い出せない。
「どうした神夜、変な顔しやがって」
これは地顔だ、バカ終冴。喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ俺は、再び二年<騎士>の重要人物を記憶の中から掘り出そうとする。が、
「ささ、早く行こう神夜~」
「お、おい!そんなに引っ張るな科世!自分で歩けるから!」
科世によって俺の記憶探索は打ち切られた。どうもこういう時に見せる押しの強さには敵わないんだよな。はーい、探索部隊撤収撤収ー。
俺はどこかのギャグマンガの様に襟を掴まれてズルズルと引き摺られて演習場へと連れて行かれる事になる。後ろを付いて来る悠聖、終冴、トーマの笑顔が無性に腹立たしい。
◆
第一演習場の西側。そこに俺、明星神夜は居た。目線の先には二年<騎士>の先輩方。相手にとって不足は無い。
「待ってたわよ神夜。今日はあんたを、いやあんたのクラスを潰してあげる」
「げっ!緋狩!?」
思い出した。二年<騎士>には俺の幼馴染こと咲群緋狩が居るんだ。
……え~、科世?何だか真っ黒いオーラが体を取り巻いているんだが、それはスルーってことで良いのかしら?
よし、スルーしようか。
「科世、今日はお前に……」
「緋狩さん!!」
おおう……いきなり大声を出すもんじゃありません。心臓に悪いでしょうが。
「今日は負けませんから!」
「……かかってらっしゃい」
互いに微笑み合う緋狩と科世。
女の争いはドロドロしてて気分が悪くなるって聞いたことがあるけど、この二人を見てるとそういうイメージが沸いて来ないのは何故だろう。
まぁ良いか。今はそんな事気にしている場合ではない。そろそろ演習が始まる。
結構久し振りだな、演習。だが、そんな事を言い訳にして緋狩に負けるわけにはいかないもんな。
「それでは、一年<歩兵>一組対二年<騎士>の実践演習……開始!」
かくして、俺達と緋狩の戦いが始まった。
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