第九局~『掟破り(アンチルール)』~
いや~、疑心暗鬼さん強し。
ではどうぞ。
「おいおい、学生相手に拳銃とは、穏やかじゃねぇな」
恐る恐る目を開けた俺の前には、二メートル越えの巨大な人影。こんなに大きな人を俺は一人しか知らない。二年<王>にして『掟破り(アンチルール)』の異名をとる化物、疑心暗鬼さんだ。
その暗鬼さんの額の前で弾丸は静止し、地面にカランと乾いた金属音を立てて勢い無く墜落した。
「お前は……『掟破り(アンチルール)』、疑心暗鬼……何故弾丸が効かない!? いや、何故当たらない!? 確かに頭を……」
「銃じゃ、いや……この世の物じゃ俺は殺せねぇよ」
男は何が起きたのか分からないようだった。それも当然だろう。俺も最初はわけが分からなかった。まぁ、今もわけが分からないが。
とにかく、暗鬼さんには攻撃が当たらない。それが剣であろうが銃であろうが同じことらしく、その能力のせいで俺達は暗鬼さんに敗北した。
というか科世は!? …………おぉ! 見事に気絶しているではないか!
「神夜、久しぶりだな。そいつを連れて早いとこ寮に戻れ。ここは俺が引き受ける」
「でもっ……分かりました。任せます、暗鬼さん」
ひっくり返った科世を背負った俺は、暗鬼さんを残してその場から全力で走り去る。振り返ると、暗鬼さんの後ろ姿。その姿がとても頼もしく見えた。
(暗鬼さん……どうか無事に帰ってきてください! 別に心配してはいませんけど……)
◆
「さぁて、ここからは俺が相手だ。この『掟破り(アンチルール)』、疑心暗鬼がな」
そう言う暗鬼の顔はこれまでにないくらいの笑顔だった。
その笑顔に恐怖を覚えた男は拳銃を再び構え、お構い無しに暗鬼へ向けて発砲する。が、やはり弾丸は暗鬼に到達する前に空中で止められ、地面に落ちていく。
男も学習能力が無いわけではないので、もう銃を撃つことはしなかった。
「まさかお前……能力者、か?」
「勘の良い奴は好きだぜ? でもお前は嫌いだ」
「……結構だ」
暗鬼はそれなりに広い心の持ち主ではあるが、知り合いに銃を向けるだけでなくいきなり発砲する輩を好きになれというのはいくら暗鬼でも無理な話だ。
そんな人類大好き人間など、この世に数える程しか居ない。いや、居るかどうかも分からない。もし居るとすればどこかの学園の生徒会長くらいのものか。
「ここらでとっても早い種明かしをしてやる。マジックでもこんなに早く種明かしはしないと思うぜ? アンタの言うとおり、俺は能力者だ。その能力は『設定変更者』。俺の好きなように設定を一つ決め、それを世界に固定する。今俺の決めた設定は“自分の体に物質が当たらない”だ。つまり、物理的なダメージを無効化できるんだ。剣も弾丸も拳も魔法も俺には届かないってわけよ」
随分遅い気がするが、ここでこの世界について説明しよう。この世界には三種類の人間が存在する。一般人、魔法使い、そして能力者。比率は六:三:一の割合で能力者は一割とかなり少ない。それはおおよその数字であって、実際は一割にも満たないだろう。能力者は希少な存在であり、それを日本中から集めたのがこの捨て駒学園である。
疑心暗鬼はその能力者の中でも群を抜いての別格。いや別次元だ。何せ能力は『設定変更者』。全てを自分中心に変えてしまうことが出来る。
いわば世界の理を操ることが出来るわけで、それ故に付けられた二つ名が『掟破り(アンチルール)』。世界の掟を破ってしまうのと、余りに強すぎるという二つの意味が在るらしい。
仮にもしその能力が無かったとしても、別段困りはしなかった。元々の腕っ節の強さとタフさを兼ね備えていたからだ。
この世界において疑心暗鬼という存在は絶対であり、同時に必然でもあった。しかし、他に追撃を許さない生まれ持ったこの絶対能力のせいで、絶対であるにも関わらず暗鬼は昔から一人だった。絶対故の一人だったのかもしれない。
そんな暗鬼には親が居ない。正確に言うなら『殺された』が正解だろう。
まだ生まれて間もない暗鬼を、戦争のために育てようという組織が狙った事があり、両親は暗鬼を守って亡くなってしまった。
暗鬼は三歳から施設で暮らす事になる。
それなりの歳に成り、学校に通い出すと、大人がやたらと暗鬼に突っかかってきたが、負けたことはない。全て返り討ち。誰一人として暗鬼に触れることなく闇へと消え失せていった。
自分に寄ってくる者は皆無。友達すら居なかった。暗鬼の能力を知った瞬間、周りの者は全て遠ざかった。
最強故の孤独。
教室であろうが寮であろうが何時も孤独。それが当たり前。
「『設定変更者』……化け物か……お前」
「ああそうだ、俺は化け物だよ。だがな、こんな俺でもあいつ等は受け入れてくれたんだ。俺の考えを認めて真似までしてくれやがったんだよ」
そう、神夜は暗鬼の考え方を認め、受け入れてくれた。
やっと出来た繋がりを断ち切られるわけにはいかない。 今までこんな事は、人を守ろうと思ったことはなかった。心境の変化とはこの事を言うのだろう。
「さぁ、どっからでもかかって来な。返り討ちにしてやる」
「今、お前の相手をしている暇はない!」
男が手を宙に翳すと、いくつもの魔法陣が空中に出現しその魔法陣から火炎弾が放たれ、暗鬼へと一直線に向かってゆく。
が、その火炎弾もやはり暗鬼に当たる直前で弾け飛び、原型を無くして拡散する。
「火炎奏者か。てめぇが神夜の家燃やした犯人ってわけだ」
「!! どこでそれを…………」
「俺が何の情報も持ち合わせてないと思ったら大間違いだぜ? 神夜はその時、保健室で寝んねしてたんだ。家ごと燃やそうとしたのに残念だったな。捨て駒学園学園自治団『主神の一撃』、鉄城炎斗さんよ?」
「そこまで知っているとはな。まぁ別に知られて困る事ではないが……不愉快だ」
炎斗は唇を噛み締めた。
暗い中でも、暗鬼の目にはそれがはっきりと目視できる程に。一度殺し損ねた相手を、今度は疑心暗鬼という予想外のイレギュラーによってまたしても殺し損ねてしまった。
加えて相手が自分の情報を、いずれ分かってしまうとはいえ、明かしもしない内から握っているとあっては、不愉快な事この上ないに違いない。
「いいからそこをどけぇ!!」
「嫌だねっと!」
炎斗は炎を刀の形に形成し、暗鬼に斬りかかる。
暗鬼も同じように剣を出現させてその一撃を受け止めた。その剣の名前は『炎月』。
<王>の装甲をも切り裂く破壊力を秘めた大剣だ。炎月と炎の剣がぶつかり合い、鈍い音を立てる。
「何故お前らは、いや“お前は”神夜を殺そうとするんだ? あいつは魔法使いでもなければ能力者でもない、一般人だせ? 殺すなら科世の方だと思ったんだがな」
「あいつは……明星神夜は危険だ……消さねばならい!」
炎斗の口調に応える様に、炎の剣の刃にあたる部分から炎の触手がいくつにも枝分かれして四方から暗鬼を襲う。
夜の住宅街で炎が踊った。
それを見た人が居たなら、何とも美しい光景だったに違いない。
「へぇ、そんな事も出来んのな。便利な能力だ……料理には困らないんじゃねぇの?」
「!」
平然と立って話す暗鬼を前にその言葉など一語も耳に入らないくらい、炎斗の頭の中はパニックに陥っていた。
暗鬼は最初に言っていた。
『自分の体に物体が当たらない』という設定を定めた、と。炎斗はまだ理解出来ていなかったというわけだ。
暗鬼の『設定変更者』の能力の意味を。
暗鬼が絶の存在であるということを。
暗鬼が世界に定めた設定は覆らないということを。
「世界の設定は俺に決定権があるんだ。まだ分かんないかな? お前はどう足掻こうと、俺という絶対の存在の前では小さすぎる存在なんだよ。俺には勝てないんだ」
「……それ以上は、これを受けきってから言え!」
両手を宙に掲げた炎斗の頭上には、空を覆い尽くさんばかりに広がる巨大な炎球が一つ。
「宇宙より出でし灼熱の申し子……総てを焦がし、焼き尽くさん! これが俺の最高魔法だ! 太陽の紅炎!」
炎球が暗鬼に向かって落とされ、轟音と共に辺りは炎に包まれた。
これほどの騒音が鳴り響いているにも関わらず、起きて窓の外を見ているような住民は一人として居ない。
ただ無神経なだけなのか、それとも恐怖で外を見る事が出来ないのか。それは本人にしか分からない事だ。
「だからぁ、効かねぇって」
「! ……馬鹿……な」
自分の最大攻撃を浮けても、やはり立っているその男。疑心暗鬼。
炎斗は全身が脱力感に襲われるのを、如実に感じる事が出来た。自分の意思とは関係無く、体がもう諦めてしまっている。
目の前の最強にただただ圧倒されるのみ。指もまともに動かない。何とか口は動くが、口が動いてもどうしようもないことくらい、炎斗にも分かっていた。
「な、何故!」
「あ?」
「何故お前はあいつを、何の価値も無い一般人の一年を守ろうとする!そんな事をしてお前に何の得が……」
「おい……少し黙れ」
怒りを露わにした暗鬼の形相に、炎斗は思わず黙り込んでしまった。炎斗の額には汗が滝のように流れ、今にも倒れそうな虚ろな目になっている。
「損得勘定の問題じゃねぇんだよ。仲間を助けるのに理由なんて要らねぇだろ!」
“仲間を助けるのに理由は要らない”
暗鬼からしてみれば、一生使うことは無いだろうと思っていた言葉。
生まれた時から一人で親の愛も知らず、施設でも避けられていた暗鬼に初めて出来た繋がり。この繋がりは暗鬼にとってそれ程大事な繋がりなのだ。
「次からも神夜を狙う様なら、俺が『主神の一撃』を潰してやるからな」
言い捨てて暗鬼は夜の路地へと消えていった。残ったのは、全てを打ち砕かれ、地面に尻餅をついている炎斗だけ。
だが次の瞬間、
「炎斗ってばカッコ悪いな〜……何故一人で明星神夜を殺そうとしたの〜? 私も混ぜて欲しかったなぁ」
「この声は……時雨か」
背後から聞こえてきた無邪気な声に炎斗は振り返らずに答える。声の主は女性だった。着ている制服から見るに、捨て駒学園の生徒なのは間違いない。
「……」
平静を装ってはいるが、炎斗は全てを砕かれたのだ。顔を上げる事はしなかった。
「これはあの方の命令じゃなく、俺の独断からな。一人で動いた方が無難だと思ったまでだ」
「あんまり悪いことしちゃだめだよ?」
「分かっているさ」
そう言って漸く立ち上がった炎斗は時雨と呼ばれた女生徒と共に、暗鬼の後を追うように、夜の闇に紛れていくのだった。
その日、炎斗の顔が上がる事はなかった。
どうでしたでしょうか?
感想などお待ちしてます。では、また会いましょう