↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

はじめての王様


三年一組の窓際で、 佐倉悠太はずっと雨を見ていた。

雨粒は、 校庭の鉄棒を濡らし、 砂場を小さな湖に変えていた。

昼休み。

みんなはサッカーができなくて騒いでいる。

悠太はそういう輪に入るのが苦手だった。

別に嫌いではない。

でも、 入ろうとすると、 いつも少し遅れてしまう。

笑うタイミングとか、 走り出す瞬間とか。

なにもかも、 半歩だけ遅い。

「佐倉ー」

突然、 担任の宮本先生に呼ばれた。

「図書室にこれ返してきてくれるか?」

積み上がった本を受け取る。

悠太は小さくうなずいた。

「はい」

図書室は好きだった。

静かだから。

図書室の奥には、 使われなくなった机が並んでいる。

古い地球儀。

脚のぐらつく椅子。

誰も読まない百科事典。

その隅で、 カチ、 という音が聞こえた。

「……?」

覗き込むと、 知らないおじいさんがいた。

白い髪。

細い指。

そして、 木の板。

その上に、 奇妙な形の駒が並んでいた。

「将棋?」

悠太は思わず口にした。

おじいさんは顔を上げる。

「ああ」

それから少し笑った。

「知ってるかい?」

悠太は首を横に振った。

テレビで見たことがある程度だった。

「知らない」

「そうか」

おじいさんは、 一枚の駒をつまんだ。

そこには、 『王将』 と書かれていた。

「これは王様だ」

そう言って、 盤の上へ置く。

カチ。

その音が、 なぜか妙に耳に残った。

「王様なのに、 あんまり強そうじゃないね」

悠太が言うと、 おじいさんは少し驚いた顔をした。

「ほう」

「だって、一歩しか動けない」

「その通りだ」

おじいさんは笑う。

「でもな、 将棋は“強い駒”より、 “負けない王様”を作るゲームなんだ」

負けない王様。

悠太は、 その言葉を頭の中で繰り返した。

家に帰ると、 母はまだ仕事だった。

冷蔵庫には、 ラップのかかったカレー。

電子レンジの回る音だけが、 部屋に響く。

悠太は、 ノートに変な字を書いていた。

『王将』

何度も。

何度も。

なぜか、 あの駒の形が頭から離れなかった。

翌日。

雨は止んでいた。

休み時間、 みんなが外へ飛び出していく。

悠太は少し迷ってから、 図書室へ向かった。

おじいさんは、 昨日と同じ席にいた。

「来たか」

「うん」

悠太は、 昨日より少しだけ大きな声で言った。

「将棋、 教えて」

おじいさんは、 静かに目を細めた。

窓の外では、 春の風が、 濡れたグラウンドを乾かし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。