35:王子襲来
人々の注目から逃れるために入った酒場はまだ開店前の準備中で、店内にいたのは店主と思われる親父とウエイトレスの少女の二人だけだった。
「お客さんすいませんね、まだ開店前なんでさぁ」
「ああ、開店前に申し訳ない。急ぎで静かに話せる場所を貸して欲しいのだが」
「そういわれてもなぁ・・・」
親父が困ったように言い、フェルが頼み込む形となる。
「親父さん、急ぎで例の部屋を貸して欲しいんだが」
すっとフェルを手で制して親父に声をかけたのはターヴィだ。
親父はすっと目を細めたが、すぐにもとの表情に戻り頷いた。
「わかりました。リリ、お客さんを案内してやってくれ」
「はい。お客さん、こっちですよ」
よくわからないまま俺達はリリと呼ばれた少女に案内され、店の奥にある階段から二階の部屋へと通された。
広くもないが、話をする分には十分な広さがある部屋だ。
「ではごゆっくりどうぞ」
人懐っこい笑顔でそう言って、リリは酒場へと戻っていった。
部屋には真ん中に丸いテーブルがありそれを囲むように椅子が並んでいたが、人数分は足りなかったのでヴァイスとライゼが壁際にあったソファーに座り、テーブルには俺とレティそしてフェルとターヴィが座った。
「ここなら人目を気にせずに話しができますよ」
外套をはずし壁に掛けながらターヴィが口を開き、俺とレティも外套を掛け席に着く。フェルはさっさと座ってくつろいでいる。
あいつは後で殴るとして、今はさっさと話を進めるべきだろう。
「ここは?」
「ここは騎士団で内密の連絡を取るために利用していた場所です」
「まぁ、ターヴィが顔パスな時点でそうだろうとは思ってたけどな」
ターヴィは手馴れた様子でテーブルに用意されているお茶をグラスに注ぎ、みんなに配る。
「ちなみに親父さんは傭兵ギルド『アーク』の元マスターで、リリは元アサシンという実力も機密保持もバッチリな酒場なんですよ」
「それは頼もしいが色々物騒な肩書きだな」
「だから利用できたんですよ。ここも遠見避けの結界が張ってありますからね」
たしかにこの部屋には結界が張ってある。ただそれは弱いもので、確かに普通の人間ならこの結界を破って魔法で中の様子を伺うことはできないだろう。しかし力あるものならば話は別だ。
「あ、もちろんイレーネ様やエリク様の結界と比べないでくださいね?あの方たちの結界は特殊なんですから」
俺の考えを見透かしたかのようにターヴィが苦笑する。
まぁたしかにあの人たちを基準にしたら色々間違っているのは確かだ。
「わかってるよ。で、なんで二人がここにいるのかって話だけど・・・」
「視察といえばやっぱり王子の出番だろう?」
しばらくその場を沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのはお茶を飲んでむせたライゼだった。
とりあえずライゼは放置するとして、俺はジロリとフェルを睨みつける。
「却下だ却下。そもそも今荒れている物騒な国を視察するだけのことに、普通第二とはいえ王子様がホイホイ行く必要がないだろう」
そんな俺の様子をフェルは気にする様子など微塵もない。
「そうはいってもな、『信託の巫女の息子』や『勇者の弟』という肩書きを隠していくならばお前はなりたての冒険者であって視察にいくような立場の人間じゃないだろう?」
「う・・・それは・・・まぁそうなんだが」
言葉に詰まる俺をみてフェルはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
兄の笑顔と被って見えて激しく嫌悪感を抱く、そんな笑顔だ。
「あぁ殴りたい」
「・・・お前な」
「悪い、つい本音が」
「余計に悪いだろう」
つい本音が零れ落ちたがフェルは文句はいえど気にする様子はない。
堅苦しいあの場所で気負い無く過ごせる相手、それが俺達の関係だった。
ただ俺がほとんど王城には近づかなかったので会う機会はそう多くはなかったのだが。
「・・・それで?」
「親書を渡すのは俺のほうが体面もよいってことだ」
「立場で考えるならターヴィだけでも十分だろう」
俺と違ってターヴィは正式な騎士なのだから。
「私は近衛騎士としてフェル様の警護を外れるわけにはいきませんので」
「やはり見目麗しい王子が行った方が盛り上がるだろう?」
「つまりフェル様は、自分が行って人の目を集めたほうがルッツさんが動きやすいだろうと言いたいんですよ」
素直じゃないんですよ、とターヴィは笑う。
確かにターヴィの言うとおり、フェルが俺のために行動してくれたことなのだろう。
しかしそれは同時に・・・
「厄介ごとに首突っ込めといっているのと同じだろ、それ・・・・」
親書を渡したらすぐにでも戻るつもりだった。
何かあっても気づきませんでしたということにして。
この王子を連れて行ってにすんなり事が進むなんて到底思えずに、先の事を考えると胃がキリキリと痛んだ。
街を出る前に胃薬を買っておこう・・・