34:新たなる旅立ち
「それじゃあ今回ここへ来てもらった本題なのだけど」
次の日の早朝、やはり母に呼び出され今回はライゼを含む四人で神殿へと訪れていた。
今回フェルとターヴィはこの場にいないので呼ばれていないということだろう。
「ヴァイスとレティの件だけではなかったのですか?」
「本題は別よ。その二人の件はちょうど時が来ていたにすぎないわ」
「はぁ・・・では本題とは?」
信託の巫女である母だが、受けた信託の意味まで説明することはあまりせずに、信託として受けたという言葉のまま伝えることが多い。
今回も二人の件に関しての説明をする気はないようだ。
ならばさっさと本題とやらを済ませるのが最善だろう、と話をすすめる。
「ルッツ、あなたを信託の巫女の代理としてフォルクへの使者に任命します」
「フォルクですか・・・」
それは七年前、一夜にして暗黒竜に滅ぼされた国。現在絶賛復興中である。
「確かフォルクはまだ王位が空いているのでは?」
「そうね」
「確か前王に子供はなく、前王は七年前に亡くなってますよね」
「その通りよ」
「今は前王の弟と妹の子供達が王位を争っているとかいう噂を耳にしましたが」
「噂じゃなくて事実ね」
「ちなみに拒否権は?」
「あるわけないじゃない」
「・・・デスヨネ」
そんな王位争い真っ只中の国へ使者として赴く。
しかもただの使者ではなく、信託の巫女の使者。さらに残念なことに勇者の弟であるという事実。
前者はともかく後者は口外するつもりはないが、調べればすぐにわかることである。
間違いなく面倒ごとに巻き込まれることは必至だろう。
フォルクでも勇者は王の仇でもあった暗黒竜を倒した英雄であり、絶対の存在だ。
復興を目指す国内からは王子や王女の結婚相手にという話が当然のように出てきた。
しかし兄や姉にそんなつもりは微塵もなく、あっさりと断り戻ってきて今に至る。
王位争いが起きているが、勇者のどちらかと婚姻したとなれば間違いなく王位を継ぐのはその人物であろう。
いくら王制とはいえ民意は無下にできない。荒廃し一からの復興の真っ只中にあり、王家の力も落ちている状態であれば尚更だった。
そこに勇者の弟がホイホイとやってきたとなればどうなるか。
本命を釣り上げるための餌として利用しようとする人間がいるかもしれない。
本命の勇者ではないが勇者に極めて近い人間。それこそ下手をしたら勇者の代用として利用されることだってありうる。
つまりフォルクの王位を狙う人間から見れば俺は葱を背負ってきた鴨。カモネギとも呼ばれる利用価値満載の存在だろう。
どこでどう間違ったのか。
平穏な暮らしを求めて旅に出たはずだった。
それが今は、家にいた時以上の面倒ごとに巻き込まれている。
しかし信託の巫女の命に背くのは王命に背くとも同じ。
そもそも従わなければ、あのどこからともなく沸いて出る兄と姉に追いかけられ、愛情という名の嫌がらせを受けるのは目に見えている。
「わかりました、行きます。で、使者として何をすれば?」
「内密にフォルク国内の視察。ついでに親書を届けてもらうわ」
「親書がついで、ですか」
「ええ、王位争いに紛れて不穏な動きがあるようだから。もし必要と判断したならその火種を消して頂戴」
「重大そうなことをさらっと言わないでください。誰が聞いているかもわからないんですから」
事も無げに国家間の問題にすら発展するであろう事柄をあっさりと口にする。
それに触れれば、母はにやりとした表情を浮かべ・・・
「この信託の巫女の結界を気づかれずに破ることができる者がいるとでも?」
そう自信満々に言ってのけたのだった。
そして告げられた出発日は明日。
ライゼたちの他に、騎士であるレティが護衛として同行することとなった。
それでも国の使者の護衛が騎士一名のみというのは少ないのだが。
それよりも急すぎるだろうと思うのだが、あの母にはそんな常識は通じない。
フォルクはイェーガーの隣国で往復するのに五日間程度かかる。
あちらでの滞在日数を考慮しても二週間もあれば戻れるだろうと、簡単な準備をして休むことにした。
そして次の日、俺たちは王都を後にした。
別に隠すわけでもないが、必要以上に騒がれるのも面倒な騒動が増えるだけなので遠慮したい。
ならば普通の旅行者のように馬を使って行くのがいいだろう。王都に来た時のように竜に乗ってなどと派手なことをすればあっという間に目をつけられてしまうので論外だ。
馬で国境近くの村まで移動しようとしたのだが、馬が怯えてライゼを乗せてくれなかったので断念し馬車で移動することとなった。
普通の馬ではいくらへたれとはいえ竜の気配に怯えてしまったのだ。その点ヴァイスは優秀で、竜どころか気配自体が希薄で二人乗りではあるが乗馬に問題は無かった。
ライゼはこんなところでもお荷物っぷりを発揮していた。この四人の中では一番体格に恵まれているというのに。
馬車ならば普通の馬でも緊張が伝わってはくるが、問題なく乗車することができた。
そして馬車の乗り換えのために立ち寄った街にヤツらはいた。
「おぉーい、ルッツ!遅かったなぁ!」
ぶんぶんと手を振るあふぉとそのすぐ後ろに控えるかのように佇んでいる騎士服をきっちりと着込んだターヴィ。
とりあえず見なかったことにして、乗り換えの馬車の乗り場へと踵を返す。
するとあふぉは慌てたかのように俺たちを呼び止めたのだった。それはそれは大声で。
そんなあふぉの声に人々が振り返り、俺たちにも視線が集まる。
「ねぇ、あの騎士様って・・・」
「間違いない、副団長様だよ!」
フェルはあまり表舞台には出てこないのであまり顔が知られていないが、ターヴィは式典などにも多数出ていたのでそれなりに顔が知られているようだ。
ちなみに現在は副団長ではなく、近衛騎士長でフェルのお守りという立場になっていて式典などに出る機会はほぼ皆無である。
「とりあえず・・・場所を変えるぞ」
「ああ、異論はないぞ」
睨み付けるような視線を投げかけて言ったのだが、フェルには微塵も気にする様子はなく嬉々として答えた。
騒ぎが起きるのを嫌がる俺と話をするためにわざと目立つような言動をしたということだろう。
そしてあの時の笑顔の理由はコレかと盛大に溜息をついた。