32:最強と最弱
夕食は有難くない事に、母主催の小さな晩餐会が開かれることとなった。
晩餐会といっても、招待客は先ほど神殿に集まっていたメンバーのみの小さなものだ。
指定された時間まではまだしばらくあったので、すっかりと忘れていたライゼの様子を見に部屋へと戻ることにした。
それを伝えると明らかにつまらなさそうな表情をするフェル。
しかしターヴィに何かを耳打ちされるとぱっとその表情は明るくなった。
あれは間違いなく、ろくでもない事を吹き込まれた顔だ。
「それじゃあ俺は自室で少し休むかな。またあとでな」
「それでは失礼致します」
やたらニコニコと笑顔を振りまきながら、フェルとターヴィはフェルの自室へと戻っていった。
その場に残されたのは俺とヴァイスとレティ。
いかにも何か企んでいますといわんばかりのフェルの態度にあきれながらもレティへと向き直る。
「・・・あふぉ王子は放置するとして、レティはあの人と一緒に行かなくてよかったのか?」
「あの人ってイレーネ様?」
「あぁ」
尋ねると、レティは不思議そうな顔をする。
「うん、料理で忙しいからその辺を見てきていいって。それよりルッツはどうするの?」
命を狙われているにしては警戒が足りないような気もするが、色々と人外な仕様のレティなので気にしたら負けなのかもしれない。
「俺達も部屋に連れを残したままだから一旦戻るつもりなんだけど・・・」
「連れ?」
「人外でヴァイスの下僕」
「ちがうよー、らいぜはおともだちなの!」
的確な表現だと思ったのだが、ヴァイスにぷくーっと頬を膨らませて反論された。
そんなヴァイスをレティは「可愛い可愛い」と撫でていた。
「せっかくだから挨拶しにいこうかな」
「うんっ、ねーちゃもいっしょ~!」
俺の返答など待たずにヴァイスがレティの手を引いて走り出す。
ふと違和感を感じて目を凝らせば、うっすらと浮かび上がる魔力の糸。
恐らく通過する人間を感知するタイプの情報系の魔法といったところだろう。
先程通ったときはなかったので神殿に行っている間に何者かが設置したと思われる。
レティを狙うという者なのか、王家の権力争いの関係の者の仕業か。
どちらにしても大した害はない魔法だが、目障りなので消そうかと思い手を伸ばしかけたその時。
ぷつん、と魔力の糸があっさりと切れ、消え去った。
「あれ、今何か光った?」
「さー?ねーちゃ、はやくいこー」
「うーん、そうだね」
糸が切れた時に火花のようにパチっと光ったことに気がついたらしいレティだが、魔力皆無の彼女には何が起こったのかわかっていないようだった。
逆に魔力の高いヴァイスだが、魔力抵抗値が高すぎた為に魔力の糸が耐え切れず焼き切れてしまったというところか。
今の様子からすると、糸の設置者にヴァイスが通過したという情報は伝わらずに消滅したようだ。
それにしても子供だからなのか、ヴァイスは魔法に対する防御のみが高いだけで感知能力は低いようだ。
少々拍子抜けした感が否めないが、問題が起きたわけでもないので放置しておくことにする。
・・・面倒だし。
「頼もしいかぎりだな」
ふっと息をついて二人を追いかける。
やはり王宮というところは陰謀というヤツが渦巻いているようで嫌になる。
普通とはかけ離れた世界だし。
一方部屋で待っていたライゼは不機嫌だった。
ぶすっとした表情でベットに腰掛けている。
その傍らにはヴァイスとレティ。
不機嫌の理由はその体調と、レティにべったりなヴァイスの様子からだろう。
起き上がれる程度には回復しているあたり、へたれとはいえドラゴンの端くれだけはある。
もしくは絶対値が低すぎて回復速度も速いということだろうか。
まぁそんな事はまずありえないのでやはりドラゴン補正というものだろう。
「ヴァイス、その人間は・・・?」
「ねーちゃだよー」
「レティシアです。よろしくね」
にっこりと微笑みかけるレティとは対照的に、警戒する様子を隠そうともせずにライゼはレティを睨みつける。
「えーっと・・・ルッツ?」
困った様子のレティがこちらに振り返る。
「ソイツは自分より強いと認めればあっさり懐くから大丈夫」
「ちょっとまて」
「ふんふん、強いと認めてもらえればいいのね。あ、ちょうどいいところに果物ナイフが」
サイドテーブルに置いてあった果物と果物ナイフを見つけ、レティがナイフを手に取る。
「果物ナイフなんて学校で火竜討伐の実習に参加した時ぐらいしか使った事ないけど、大丈夫かなぁ?実際火竜って火トカゲだったし・・・」
「実習で火竜討伐だなんて、さすが騎士の学校だな」
「ちょっとまて、驚くポイントが違うだろ」
レティの言葉に感心している俺にライゼがつっこむ。
以前レティがドラゴンと戦ったことがないと言っていたが、それは間違いのようだ。
火竜は立派なドラゴンである。間違っても火トカゲと呼ばれるようなものではない。
「・・・あぁ、そうだな。本来の使用目的に使ったことはないのか?」
「んー・・・ない」
「そのポイントでもないだろ」
レティに聞きなおした俺に、ライゼがさらにつっこんだ。
「とりあえずかるーく手合わせしてみる?」
レティが微笑みながらその感触を確かめるように軽く果物ナイフを一振りすると、何故か衝撃波が発生し、床板の一枚がパキンと割れた。
そんなつもりはなかったのだろうオロオロするレティ。
ライゼはちらりと視線を床板に移すと「遠慮します」と光のような速さで土下座した。
さすがライゼ、清々しいほど見事なヘタレっぷりである。