26:呼びかけ
何故、とターヴィに詰め寄られたレティ。
「根っからの庶民なので落ち着かないから・・・です」
答えは俺達の想像の斜め上をいくものだった。
「しかし・・・いくら落ち着かないとはいえ、命を狙われているような状況では・・・」
「ふむ、では護衛の騎士だけでもつけるというのは?」
「そうなんだけど・・・私も護衛は必要ないと思うのよね」
「・・・は?」
フェルの提案も母にあっさりと否定される。
しかし俺も護衛をつけたほうがいいのではないかと思う。
命を狙われているのであれば用心するにこしたことはない。
「ただ必要ない、と言われても納得できないでしょうし・・・そうね、ルッツ」
「ん?」
突然話を振られ慌てて顔を上げる。
「エリクを呼んでくれないかしら?」
こてっと首を傾げて上目遣いでこちらを見つめる母。
知らない人間から見ればかわいらしい女性と映るのだろうが息子である俺にされても気持ち悪いとしか言いようがない。
「いいから早く呼んで?」
ふふっと微笑む母の口元は笑顔の口元だったが、目元はこれっぽっちも笑っていない。
とてつもない威圧感を放っている。王族であるフェルなど目じゃない威圧感だ。
「どうやって呼べというんですか。連絡手段なんてないですよ」
「何いってるの。呼べば来るわよ」
何バカな事言ってるのこの子は、といわんばかりの母。
呼べばくるとかありえないだろうと思いつつ、ふと頭を過ぎる兄の言葉。
「そうだな、『助けて兄さん!』って叫べば助けに来てあげるよ」
ないない、これはない。
恥ずかしい云々ということもあるが、そもそも普通に叫ぶだけでどうして俺に呼ばれたことがわかるどころか俺の居る場所がわかるというのだろうか。
いや、あの人外の兄だからありえなくはないが・・・あって欲しくはない。
「ほら、早く」
「エリク兄さんー・・・」
急かされ、とりあえず呼んでみるがその場を支配するのは静寂のみ。
皆どうやって呼ぶのかと俺に注目している。
はっきり言ってこれはかなり恥ずかしい。
「ほら、ちゃんと呼ばなきゃ来てくれないわよ」
しかし母から発せられる威圧感はさらに強くなり、俺は半ば自棄になって叫ぶ。
「助けて兄さんッ!」
「何だい?」
ぽんと肩に手を置かれ振り返ればそこに立っていたのは兄エリク。
おもわずぽかんと口を開けたまま兄の顔をまじまじと見る。
「何だ?そんな間の抜けた顔をして」
「兄さん・・・?どうして・・・」
本気で人外な兄は呼ばれてここへ来たというのだろうか。
「母さんに呼ばれていたから来たんだけど・・・早く来すぎたかな?」
「いいえ、時間ぴったりよ」
「ちょ・・・まさか・・・!」
ハメラレタ!
そう気付いた時にはすでに遅く。
可哀相なものを見る目でこちらを見ているレティに爆笑しているフェル。
そんなフェルを宥めつつ笑いを押し殺しているターヴィがそこにいた。
ヴァイスは不思議そうな顔をしながらレティに手を繋がれている。
「ふふふ、良いセリフが聞けたでしょう?」
「ええ、可愛い弟に助けを求められるのもいいものですね」
「二度と言うかーッ!」
きっと真っ赤になっているであろう顔を隠すように俺は後ろを向く。
母とはかなり幼い頃に別々に暮らすようになったので最初はあまり母の実感がわかなかった。
無意識に距離を置こうとしていたことに気付かれ、それでやたら俺にかまうのだろうと思っていた。
母の突拍子もない行動も、そんな溝を埋めるための行動なのだろうと思っていたのだが、完全に遊ばれているだけじゃないかと最近は思う。