24:神託の巫女
「久しぶりですね」
女性はくるりと振り返り、にっこりと微笑みかける。
兄エリクによく似た笑顔で。
「急に呼び出したから驚いたでしょう、ルッツ」
「それはまぁ・・・それよりどういった用件ですか、母さん」
「相変わらずあっさりした態度ね。母さん寂しいわ」
姉によく似た外見のこの人は俺達の母親であるイレーネ=ツェルニー。
しかし兄や姉と並べば姉妹にしか見えないほど若く見える。
正確な年齢は本人が頑として教えてくれないのでわからないのだが、兄と姉が二十四歳だということを考慮すると四十代以上だろう。
そんな母は神託の巫女と呼ばれる存在だ。
神託の巫女とはその名の通りに神の声、つまり神託を聞く事が出来る存在。
その力でここぞという時には国を救うような神託を受けていた。
王族からも様付けで呼ばれる事からもその重要性が伺え、神託の巫女の命は王からの命と同等となる。
「用件はね、あなたに会わせようと思っている人がいるの」
「会わせたい人?」
「えぇ。すでに会ってしまったみたいだけど」
母が視線をヴァイスへ移す。
「・・・ヴァイスですか」
「えぇ、白竜の子供であるその子よ」
母はやれやれといったように大きく息をつき言葉を続ける。
「ティアナに保護を頼んでおいたのだけど、まさか一緒に来るとは思わなかったわ」
さすがに神託の巫女と呼ばれる母は一目見ただけでヴァイスが白竜の子供であると見抜いたらしい。
「白竜の子供・・・?人の姿を取れるのか」
「あの時の光はブレスだったんですね」
「うんー」
「人の姿になれる竜なんて初めて会ったよ」
「ふふふ、すごいでしょ!」
フェルとターヴィはしきりに感心しヴァイスと話していた。
母があっさりとヴァイスの正体をばらすようなことを言ったということは、この二人はそのことを知っても問題がないということなのだろう。
「神託とやらはなかったんですか」
「神託なんて気まぐれな物。そう都合よくあるわけじゃないわ」
そこでふっと母の表情がすこし険しいものへと変わった。
視線の先にいるのはヴァイス。
「重要な存在だからティアナに保護させたのだけど・・・ルッツと主従の契りを結んでいるみたいだし、これからはあなたが保護するしかないわね」
「は?契りなんて結んだ覚えは・・・」
「したよ!ぼくがにーちゃのおとーとになるって!」
ヴァイスがいう弟というのは、旅の途中で宿などで説明する時に楽だからと兄弟のフリをしようと言った時のことだろう。
「あれが契りなのか?」
「契りは竜が主を主と認めたときに交わされるもの。形式があるわけではないわ」
「そういうものなんですか・・・」
主従の契りは一度結ばれると主人が死ぬまで破られる事は無く竜は主を守り、尽くす。
主は竜に自身の持つ魔力を分け与え、竜は主の魔力を得る事によってその力を増す。
竜にとって主は命と同様に大切な存在となるので容易に契りを結ぶ事はない。
「俺が主・・・か」
「それよりもう一人、会わせたい人がいるのよ」
これまでの流れを無視して母が話しを切り出す。
「こちらに」
「はい」
母の呼びかけに答え、神殿の柱の陰から姿を現したのは俺の知っている人物だった。
「レティ・・・?」
「けっこうすぐだったね」
ふふっと笑うレティは以前見た騎士学校の制服ではなく、正式な騎士服を着ていた。
服のせいか、すこし雰囲気が違うというか違和感がある。
「学生じゃなかったのか?」
「学生だったよ、昨日までは」
「彼女は特別なの」
母がすっとレティの横に移動しレティの肩に手を置く。
特殊な母に特別と言われるとは、どれだけすごい事なのか。
神託の巫女の跡取りだとか、実は精霊だとか言われてもおかしくはない。
「特別とは?」
それまで後ろで様子を伺っていたフェルが口を開く。
黒髪・黒眼というめずらしいレティの容姿に興味を引かれ、思わず質問してしまったようだった。
そこでふと違和感の正体に気付く。
以前のレティの瞳は緑だったはず。
黒い騎士服を身に纏うレティは全身黒ずくめだった。
黒ずくめだが決して怪しいというわけではなく、レティに良く似合っていてた。
この世界に黒い瞳の人間がいるという話は聞いた事が無い。
何やら面倒な事になる気がしてならなかった。