22:聖誕祭の思い出 3
「振弾撃!」
詠唱時に光の輪をまとった兄が放ったのは初めて目にする呪文だった。
ある程度以上の呪文の詠唱時に現れる光の輪。
放たれたのは明らかに危なそうな代物だ。
「うわわっ!」
再びギリギリのところで避ける。
どうんっ!
地面に着弾したソレは激しい音を立てて地面をえぐり取った。
つぅと冷たいものが背筋を伝う。
死ぬ。当たったら間違いなく死ぬ。
「ちなみに詠唱なしだとこんなふうに連射もできる」
兄の周りに再び光の輪が現れる。
こちらに向けてかざした手に魔力が集まっているのがわかる。
あの危険物を本気で連射してくる気なのは明らかだ。
それに対してこちらは今日始めて魔法を使ったばかりで対抗する手段は無く避けるしかない。
「たぶん当たっても死にはしないだろうから。痛いだけで」
「死ぬと思うっ!」
「ほら、いくよ?」
やはりこちらの意見など聞いてはもらえず、次々と先ほどよりは多少小さいサイズの弾が撃ちだされる。
それでも適当に放っているだけのようで、数は多いが十分避けることができていた。
どかっ!と激しい音をたてながら周りの地面をえぐっていく魔力弾。
見た目と聞いた呪文の詠唱のイメージから高振動の魔力弾を撃ちだしているようだ。
死なないかもしれないが瀕死にはなるであろう破壊力。
とにかく兄の気が済むまで必死に避けるしかない。
「こんな感じだけど、わかったかい?」
息も切れてそろそろ限界というころ、やっと兄が攻撃の手をゆるめた。
「わかっ・・・た、から・・・っ・・・」
やっと開放されると思ったその時。
避け続けていたがゆえにできた地面のえぐれに足を取られバランスを崩してしまった。
すでに体力も限界で踏みとどまる事も出来ずそのまま倒れる、と思った瞬間。
「ルッツ!」
兄の叫び声に振り向けば目前にせまる魔力弾。
ヤバイとは思ったがどうすることもできず、次の瞬間わき腹辺りに強い衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされごろごろと地面を転がる。
起き上がる事もできず、何本かアバラもやられている様で声も出ない。
うまく呼吸することも出来ずに息が詰まる。
朦朧とする意識の中で、兄が結界を解いたことを感じ取る。
そして再び魔力に包まれどこかに転移したことを感じたが、どこへ移動したのかはわからなかった。
「・・・・・!」
薄れていく意識の中、誰かが呪文を唱えているのを感じた。
少しだけ緩む痛みの波。
きっと回復呪文を誰かがかけてくれたのだろう。
そのイメージだけを頭にしまいこんで、俺は完全に意識を手放した。
「ルッツがエリクに抱えられて医務室に転移してきた時はホント驚いたぞ」
「そうそう、確か私と手合わせしてモロに腕に剣を受けて治療していたんですよね。模造剣でよかったですね?」
「・・・そうだったな。十二歳のいたいけな王子に容赦なく攻撃してくれたよな」
「そういう鍛錬でしたから」
フェルにジト目で睨まれてもターヴィは全く気にしていない様子で懐かしそうに遠い目をしていた。
結局俺は意識が戻った後、療養も兼ねてすぐに家に戻ったので怪我についてどういう説明がされていたのかは知らなかった。
フェルの話によると兄は言葉を濁して明確な説明をすることはなかったらしい。
しかし城を出てすぐエリクのファンに囲まれたところを目撃されていた事。
結界が張ってあった為、兄の魔法で瀕死の怪我を負ったことは知られていなかった事。
そのことから、あの怪我はエリクのファンによるものだろう推測されていたらしい。
そして兄がこの怪我の事は内密にして欲しいと頼んだ為、事件として扱われる事もなくそれ以上詮索されることもなかったという。
「実際は?」
にやり、と笑いフェルが問う。
兄のことをよく知っているフェルだからこその質問。
「犯人は兄」
「やはりな」
くくっと声を殺してフェルが笑う。
そんなフェルにターヴィが声をかける。
「フェル様、そろそろ・・・」
「そうだな。明日は母上との面会があるのだからな」
「・・・はぁ。気が重いよ」
「ははっ、では失礼するとしよう。今日はゆっくり休んでくれ、お客人」
最後だけ何となく王族っぽい口調で席を立つフェル。
「それでは失礼致します」
ターヴィがきっちりと騎士らしく礼をし、フェルに従い部屋を後にした。
静寂が訪れた部屋の中。
聞こえるのはヴァイスといつの間にか眠っていたライゼの寝息のみ。
俺もさっとシャワーを浴びてベッドに横になる。
明日のことを考えると気が滅入るが、疲れもあってすぐに眠りに落ちたのだった。