21:聖誕祭の思い出 2
「・・・これが一番簡単な結界呪文。覚えた?」
歌う様に呪文を唱え結界を発動させた兄。
こくりと俺がうなずいたのを確認するとぱっと結界を解く。
「呪文の発動に不可欠なのは魔力容量・呪文への理解の二つ。相性がよかったり熟練すれば発動に呪文の詠唱を省略して発動できる。こんなふうにね」
今度は呪文を詠唱せずトンと杖で地面と突く。
すると先ほどと同じように結界が展開された。
「ただし詠唱を省くと基本的には呪文の威力が下がる。呪文によっては効果すら変わる事もあるから気をつけるんだよ」
「う・・・ん・・・・・」
「まぁそれは魔法が使えるようになれば自然とわかるよ。それじゃ、実践といこうか」
「実践・・・って?」
「まずはさっき俺が唱えた呪文をそのまま詠唱して。理解のない状態では発動しないものだけど、とりあえずね」
さっき兄の唱えた呪文。
一度聞いただけだったが何故か頭にすんなりと入ってきたのでしっかり覚えている。
どうやら結界呪文には発動のキーとなる、いわゆる呪文名を言う必要はないらしい。
深呼吸して目を閉じて呪文と唱える。
「・・・・・」
呪文を唱え終わったが兄の反応がない。
まさか間違えた・・・?
どきどきしながらゆっくりと目を開けると、目の前には驚いた表情を浮かべて立ち尽くす兄。
慌てて周りを見渡すと小さいながらも結界が張られていた。
「驚いた。一度聞いただけで発動までさせるとは思わなかったよ」
「これでよかったの?」
「あぁ、すごいよルッツ」
にっこりと笑う兄にくしゃくしゃと頭を撫でられる。
純粋に、兄に褒められた事が嬉しかった。
ずっと兄と姉は特別で、自分は足元にも及ばないという劣等感があった。
何をしても自分は人並み。
外見だって普通で、人と違うのは決して自慢にはならない髪の色程度。
勇者という特別な存在の兄に少しでも認められた気がした。
「よし。次は・・・」
兄が再びトンと杖で地面と突く。
詠唱もなく張られた結界はあっさりと俺の張った結界を打ち壊して生成される。
強度も比べ物にならないほど強固なもので、今更ながら兄との力の差を見せ付けられた気がした。
「これなら多少の攻撃魔法でも被害も出ないし、周りに気付かれる事もないからね」
そういって杖を地面に置く。
「精霊魔法も試してみようか」
精霊魔法とは火・水・風・地の四属性から成る魔法で、攻撃・補助など色々な効果の呪文がある。
確か兄が得意としているのは火系統で、火系統は攻撃色が強いのが特徴だ。
「それじゃ軽くいくよ」
そう言ってこちらを向いたまま詠唱を始めた兄。
すごく嫌な予感がするのはきっと気のせいではないだろう。
「火炎球!」
予想通り兄の発動した呪文は火炎の球を放つ攻撃呪文で、やはり予想通りこちらに向かって放たれた。
「兄さんっ!」
「大丈夫、それぐらい余裕で避けられる。ティアナなら弾き飛ばしたり叩き切ったりしてるし」
「俺は一般人っ・・・!」
俺の必死の叫びも兄には伝わっていないようだった。
勇者と呼ばれる人達と比べられても困るが、同じ技量を求められてももっと困る。
なんとかギリギリのところで火球は避けることができたが、色々と焦げた臭いがした。
「それじゃあやってみようか」
うんうんと満足気に頷いてこちらを促す兄。
焦げた箇所が気になっていたが、呪文はきっちり覚えていたので問題なく詠唱する事ができた。
「火炎球!」
呪文を唱えるとかざした手からへろへろっと小さな火球が出現して、地面に落ちる。
ぽひゅっと変な音を立てて火球は消滅した。
「小さい・・・」
がっくりと肩を落とすと、ぽんぽんと兄に肩を叩かれる。
「いや、発動するだけで十分だ。もしかしたらもっと上級の呪文でも・・・」
「え・・・?」
「よし、物は試しだ。次やってみようか」
キラキラと眩しい笑顔で言ってはいたが、その笑顔に黒いものを感じずにはいられなかった。