10:姉>兄
さて、と兄がこちらに向き直る。
「それじゃ、用事も済んだことだし俺は戻るよ」
よし、すぐ帰ってくれ。
そう思っても言葉には出さないが。
「ティアナも、もう黒竜の心配はほとんどないんだから一緒に戻るぞ」
「そうねぇ・・・エリクと一緒に戻ったほうが早いし、カッツェもルッツと一緒がいいみたいだものね」
ぱっと姉が振り返る。
「ルッツ、私達は戻るけどちゃんとレティちゃんとカッツェを守るのよ?」
「わかってるよ」
「そうだな、『助けて兄さん!』って叫べば助けに来てあげるよ」
「遠慮します」
危ない時に叫んでどうやって気付くのか、むしろ間に合うのか気になるが、あの人たちなら来るだろう。
間違っても叫ばないようにしよう。
「それじゃあまたね」
「あ、はい」
さすが兄さん、レティに声をかけるのを忘れない。
これが天然王子たる所以だろう。
兄がトンと杖で地面を突くと、ぱっと足元に魔方陣が展開される。転移魔方陣だ。
呪文の詠唱なしで発動させるのを見るたび、俺とは次元が違うと思い知らされる。
あっという間に二人の姿が消え、とたんに辺りは静けさを取り戻した。
「そうだヴァイス。どうして名前をカッツェって言わなかったんだ?」
「だってヴァイスはヴァイスだもん。カッツェもだけどヴァイスも名前なのー」
カッツェは姉が勝手につけた名前だろうからヴァイスが本名だということだろうか。
なら呼び名はヴァイスのままでよさそうだ。
そう思案していると、後ろでレティがほうっと息をつく。
「色々驚きすぎて疲れちゃった。あはは」
「確かにね、お疲れ様。それはそうと気になってることがあるんだけど」
「ん、何?」
気になっていること。
姉さんには最初緊張してかみまくっていたのに兄さんにはまったく無反応だったこと。
今まで見てきたなかで初めての反応だった。
大体の反応は姉には緊張しすぎてまともに話せない人ばかりで、兄には真っ赤になりすぎて倒れる人が続出するとかでやっぱりまともに話している人を見たことがない。
尋ねてみるとすごく不思議そうな顔をされた。
「ティアナさんには憧れていたから。同じ女の人で剣士なのにとっても強くて素敵なんだもの」
「素敵・・・か?」
「一般的に見たらかなり素敵なの!」
弟の立場からだと、危険極まりない家族愛をぶつけてくる人間で素敵とは程遠い存在だ。
他人という立場がうらやましい。
「でもお兄さんは強くてかっこいいんだろうけど憧れるとかそういうのはないなぁ」
「そうなのか?」
「私って魔力がないから魔法ってよくわからないし」
要約すると姉は同じ剣士で強いから素敵で憧れる。
兄は魔道師で強さが理解できないからすごいとは思っても興味がない、ということか。
最後までレティが赤くなることはなかったから本気なのだろう。
レティが赤くならなかったからか、去り際の兄の背中が少し寂しそうだった。
「ふあぁぁー」
「あら、ヴァイスおねむ?」
ヴァイスが大きな欠伸をする。
「ねむー」
ごしごしと目をこすっている様はとても子供らしい。
まだ時間は深夜で竜といえど子供は寝ている時間だろう。夜行性でもないようだし。
「それじゃ結界を張りなおして休もうか」
「そうね」
結界を張りなおして再び俺達は体を休める。
ただ、まだレティの反応で気になることがあった。
ヴァイスが竜だと知ってもあまり驚かなかったこと。
そのまま同行するとなっても態度がまったく変わっていないこと。
いくらヴァイスが子供で人の姿をとっているとはいえ、普通は何かしらあるもんじゃないだろうか。
それとも俺の考えすぎで、世間の女性は竜をかわいいだとか思っているのだろうか。
実際街にでることはあっても、生活の時間のほとんどを山の中で引き篭りのようにすごしてきたのだから世間の常識で知らないことがあってもおかしくはない。
自分の常識についての自信をすこし無くしたところで俺は眠りについた。