01:イェーガーの勇者サマ
俺の住む国イェーガーには勇者と呼ばれる双子の兄妹いる。
兄は金髪碧眼のいかにも王子サマな外見のエリク=ツェルニー。
妹は黒髪赤眼の可憐な外見のティアナ=ツェルニー。
どちらも見目麗しい勇者だ。
この世界は千年もの昔、たった一匹の竜に滅ぼされかけたことがある。
暗黒竜とも呼ばれるその竜は、他の竜族を圧倒する力を持っていたという。
例えば一息で小さな街など簡単に燃え尽きてしまうというブレスを吐くだとか。
例えばその爪で小さな山など削り取られてしまうだとか。
現実味のカケラもない言い伝えだけの存在。
親が子供が悪いことをしたときに悪い子は暗黒竜が来て食べられてしまうぞ、と脅しに使う程度の存在。
だが、ある時そんな存在が何故か突然沸いて出た。
国お抱えの預言者がいるというのに、よくあるサーガのような仰々しいお告げだとか予言だとかいった何かしらの前触れのようなものもなく、それは沸いて出たという表現がぴったりなほど突然現れたのだ。
多くの狂暴化した魔物を従えた暗黒龍が現れたのはイェーガーの隣国のフォルクという国。そしてフォルクは一夜にして滅んでしまった。
フォルクはイェーガーほど大国ではなかったが決して小さな国でもない。その時初めて人々は言い伝えられていた暗黒竜の力が決して大げさでなかったことを知ったのだった。
――それから七年の月日が流れ。
世界は滅びることなくそれなりに平和を取り戻していた。
それはもちろん勇者サマが暗黒竜を倒したから。
一国をも滅ぼした竜を倒した見目麗しい双子の勇者。
その人気は国内だけにはとどまらず他国にも熱狂的なファンが存在し、さらには熱心に崇拝する人間までが続出した。
まぁそれは赤の他人であれば問題はない。むしろ俺だって勇者様たちを尊敬していたと思う。だが、その勇者が身内となると話は別だ。
人気者の二人に毎日際限なく届けられるプレゼントと称した色々な品々。それらは一般家庭の我が家におさまりきらず庭先にまであふれでた。
家の周りには常に我が家の様子を伺っている熱狂的なファンや信者たち。害意はなさそうなのだがとにかく鬱陶しい。
放置しておいたのが悪かったのか、タチの悪いことに記念と称して我が家の壁を削って持っていく輩まで現れた。
記念に何か欲しいと思うのはしかたがないし、思うだけならば問題はない。しかしこれは明らかに器物破損でこのさきさらに悪化することが容易に想像された。
そして誰かがやれば必ず真似をする人間が現れて――
日に日に薄くなっていく我が家の壁。
とうとう穴が開いた時、引越しを決断した。
家族は母と兄と姉と俺の四人。
母は王宮勤めをしていて住み込みで働いていたので兄姉と三人だけで引っ越すこととなった。
勇者サマな兄と姉が選んだ新しい我が家は簡単には人が近寄れない場所。
断崖絶壁が美しいツィーレンという山の中腹で、一般には強敵と言われるはずの魔物が生息する場所だ。
普通は間違っても住もうと思うはずもない、それどころか近づこうともしない危険地帯である。
しかしそんな場所に姉は、
「ここなら魔物も弱いしそうそう人も来ないし住みやすそうなところね」
と嬉しそうにほざき、一方の兄は、
「ここは景色もいいし落ち着くなぁ」
と絶壁の上でのんびりと昼寝をする。
勇者ともなると感覚が普通とはかけ離れているらしい。
当時の俺は10歳でごく普通の子供。
つまり勇者の弟であっても能力は一般人と同じ。鬱陶しいストーカーのファンや信者から逃れることはできたが常に命の危険と隣り合わせとなった。
伝説級の戦闘力の兄と姉からみれば平和な場所で、一般人の俺は常に命の危険を感じながら必死に生きてきた。
そんな必死の努力の甲斐もあって17歳となった今、俺はそれなりに力を身につけていた。