アルバとソウタ
三人称です。少し説明くさくて読みにくいかもしれません。
「ーーオリガ、無事でいてくれ。必ず、お前を取り戻す!」
胸に握りしめたオリガの布切れのぬくもりが、血のように熱く脈打つ。
夜空には曇り月。ただ一筋がアルバの道を照らすように北東の闇を示していた。
夜明け前の冷たい風が頬を叩く。ソウタの吐息は白く曇り、蹄は泥に深く沈み込んでいた。
僻地の村はずれ。そこはひっそりとした荒野の入り口。アルバはソウタを止め、地面に身を屈めた。
ーー深く抉られた車輪の跡。まだ乾ききっていない。つい先程まで馬車が通った証だ。
「……ここか」
* * *
さらに進むと、車輪の跡と並んで、蹄の乱れた痕があった。
急がせるように打ちつけられた跡。
明らかに誰かが追われることを恐れ、夜のうちに急いでいた。
「オリガ......」
掠れた声が漏れる。怒りとも焦燥ともつかないものが喉を焼き、全身を突き動かす。
(薬の臭いがする……)
風に乗って、どこか鼻を刺すような異臭が漂っていた。
ただの馬車の通行ではない。何者かが不浄を抱えていた証だ。
「薬屋か......すでに逃げたか!遅かった!」
低く呟き、アルバはソウタの背に再び跨った。愛馬の首筋に手を置き、囁く。
「行くぞ。まだそう遠くへは行ってないはずだ。奴らを逃がすな」
ソウタは一声いななき、地を蹴った。
まだ新しい轍は、北の林道へと続いている。
アルバの瞳には王としての冷徹さはもうない。
ただ一人の男として、愛する女を奪い返すためにーー
焦燥と怒りの炎を燃やしながら、闇を切り裂いて駆けた。
* * *
林道の奥に、それは打ち捨てられていた。
車輪は片方が折れ、泥に沈んでいる。馬の姿はなく、ただ黒く濁った水たまりが月光を吸い込んでいた。
アルバは無言のまま降り、手で木の破片をどけていく。指先に触れたのは、見覚えのある布ーー
細かな刺繍が施された、オリガのドレスの裾の切れ端だった。
「……っ!」
胸の奥が焼ける。
それを握り締めた瞬間、抑え込んでいた感情が溢れ出す。
「オリガ.....必ず、必ず俺が取り返す」
その時、ソウタが低く鼻を鳴らした。
耳を立て、地面をかぎ、落ち葉を掻き分けるように鼻先を向けていく。
「.....ソウタ、何かあるのか?」
アルバは息を呑んだ。
血でも毒でもないーーもっと微細で、獣の嗅覚でしか捉えられないもの。オリガの……
ソウタは迷いなく、北東の獣道を見据えていた。
「そうか......まだ続いているのだな」
アルバは愛馬の首筋を撫で、鞍へと再び身を預ける。
ソウタの瞳と自分の瞳が一瞬重なった。
その導きを疑う理由は、どこにもない。
「行け、ソウタ。お前の嗅いだ道を、俺が切り開く!」
次の瞬間、鬱蒼とした林を裂いて、馬と男は駆け出した。
枝を砕き、夜気を切り裂き、ただひとつの光一一愛する者の気配を追って。
ソウタは良き相棒ですね。アルバの乱される心を、ソウタが側にいる事で若干冷静になれている感じもします。
馬と男は駆け出した←これお気に入りです。
最後まで読んで頂きありがとうございました!




