オリガの異変
三人称です。
数日後、バラムの晩餐にて。ハンナが雇ったであろう女中がオリガの飲み物に静かに薬を落とす。
初めはただ、妙な倦怠感と、夢見心地が続いただけだった。
(変ね、お酒だったのかしら?でも私がお酒は飲めないのを女中はよく知っているし……)
……ところであの女中は誰だったかしら?
やがてオリガは、うつつを抜かすように言葉を繰り返した。
「……を、出なくちゃ……」
まるで誰かに操られているかのような、瞳を見せるようになった。
「オリガ?どうしたのだ?」
オリガの異変にいち早く気付いたのは、隣にいたアルバその人だった。
「オリガ?!」
アルバが抱き止めても、その瞳は焦点を結ばず、やがてオリガは囁くように呟いた。
「……わたし……城を……出なくちゃ……」
その声は、誰かの意思をなぞるかのように硬く、冷たい響きさえ帯びていた。
「オリガ、お前……」
アルバの胸に、得体の知れない不安が広がっていた。堪らなくなってオリガを抱きしめても、その瞳には光がなく、まるで人形を抱いているかのように冷たい。
咄嗟にオリガが飲んだ飲み物の匂いを嗅いだが、お酒の匂いはしない。舐めてみても、何も異常は感じなかった。
(飲み合わせが悪かったのか?)
「今日はオリガと早めに休む。ヤマト、あとは任せた」
老侍従ヤマトにそう告げると、アルバは急ぎ二人の寝室に入った。
* * *
その夜、バラム城は静まり返っていた。重い雲に覆われた月が、時折光を差しては影を伸ばす。
オリガはアルバにしっかりと抱きしめられていたが、オリガは小さいのでアルバの腕をするりと抜けて、まるで夢遊病者のように寝台を抜け出した。
裸足のまま、冷たい石畳を踏みしめ、ひたすら歩を進める。
「……わたしは……城を……出なくちゃ……」
その呟きは、何の感情も感じられない虚ろな声。
青い瞳は焦点を結ばず、ただ闇の彼方に見えぬ糸を引かれるように前へと進む。
侍女たちは眠りについており、衛兵たちでさえ、王妃が静かに門をくぐる姿に気づかなかった。ただ一陣の風が裾を揺らし、オリガの淡い香りを夜気に残すだけ……
外の世界に足を踏み出したオリガは、胸に一瞬だけ微かな痛みを覚えた。
(アルバ……?どこにいるの……?)
『オリガ……』
微かな呼び声が胸の奥で響く。だが次の瞬間、黒い霞がその声をかき消す。
「……行かなくちゃ……」
どこへ行こうというのか。白い肌を月光にさらしながら、王妃は城の灯りを背に歩き去っていく。
その姿は愛する人の元から離れたというよりーー
まるで見えざる闇の手に連れ去られる人形のようであった。
ついに毒牙にかかってしまったオリガ。衛兵もアルバでさえ気付かないほどの薬……
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