オリガの誕生日
オリガが手料理を振る舞ってから数日後の話です。
アルバは何やら執務室で話をしているけれど…
「そういえばオリガの誕生日が近いな」
午後の光が書見台に斜めに差し込み、厚い帳面の縁を金色に染めている。ここは俺の執務室だ。
毎年国民からは国王の俺のみ祝われていたが、オリガは結婚式のお披露目のみで国民には顔をしばらく出しておらぬ。
「というわけだが、貴公らの意見はどうだ?」
俺は御意見番らを集めて意見を募った。
俺の問いに、まず宰相が口を開いた。巻物を胸に抱え、慎重に言葉を選ぶ。
「今の王妃様は、"わがまま姫"でも何でもありません。この誕生日でございます。陛下と王妃様の歩みを民に示すことは、国の未来を明るく照らしましょう」
続いて、胸甲を輝かせた将軍が声を張る。
「王妃様が変わられた姿を兵士も民も目にすれば、バラム王家への忠義は揺るぎなきものとなりましょう」
侍女頭のカミラは一歩進み、声を震わせた。
「かつての王妃様をご存じの者ほど、今のご様子に敬愛を示すでしょう。現に私もその一人です。誕生日はその証を国民にお見せする良き機会かと存じます」
「カミラ、お前は事実オリガに助けられているものな。あの時のオリガは俺もまこと別人かと思ったものだ」
「今の私があるのも、オリガ様のおかげです!」
オリガの評判がまだ城であまり良くなかった頃のことだ。カミラは一度、オリガに助けられている。カミラが話していたオリガへの中傷が俺の耳に入り、職を失うところだったのをオリガが庇って助けたのだ。
「しかし、確かに王妃様は変わられましたが、中には王妃様を疎む者もおりましょう。祝祭の席で悪意を持つ者が紛れ込めば、せっかくの晴れ舞台が災いの場と化す危険もございますぞ」
警備担当官が眉をひそめ、軽く机を叩く。
なるほど、賛否が分かれるな。だが意見が出るのは良い兆しでもある。
「最後に……ヤマト、お前はどう思う?」
ヤマトは俺の侍従の中で最も古参で最も俺のことを熟知している老侍従だ。
年老いているとは言ってもその判断と手腕、抜きん出た才能は今のところこのヤマトを超える者はいない。
だから俺は大事の時には、最終的にこのヤマトの言葉で決めることにしている。
ヤマトの言葉が的確なのは皆わかっているので、俺が最終的にヤマトの名を出した時には皆自然と黙って従うようになっている。
ヤマトは顎髭をそっと指でなぞりながら言った。
「ふむ……そうですな」
ーーその声に、皆が自然と黙る。
「……確かに、祝祭の場に悪意ある者が紛れる危険は否めませぬ。ですが陛下。危険を恐れては、民の心を掴む好機を永遠に失いましょう。
さればこそ、このヤマト、警備の手立てを万全に整えることをお約束いたします。
王妃様の御変化を民が直に仰ぐのは、国にとって何よりの宝。
今こそ陛下と王妃様の歩みを示される時かと存じます。」
ヤマトの言葉に、宰相も将軍も、さらには警備担当官までもが静かに頷いた。執務室には、ひとつの決意が満ちていった。
老侍従ヤマトの声が静かに消えると、執務室には一瞬、張り詰めた沈黙が訪れた。
俺は深く息を吐き、机に両手を置いて立ち上がった。
窓から差し込む光が机の上の書簡を照らし、ひとすじの埃が揺れる。
「……よし、決まりだ」
低く言い放った声に、廷臣らが一斉に姿勢を正した。
「オリガの誕生日には祝祭を開く。彼女の歩みを、そして我らの未来を、民に示すのだ。警備の手立ては怠るな。城も街も隙なく備えよ」
将軍は胸甲を打ち鳴らし、宰相は深々と頭を垂れる。警備担当官も渋面のまま、しかし力強く頷いた。
俺はわずかに目を閉じる。
オリガ……お前がどれほど変わり、どれほど強くなったかを、今こそ皆に見せるときだ。
「これは、王としての決断である」
そして、胸の奥で小さく呟く。
「……同時に、夫としての願いでもあるのだ」
その瞬間、重苦しかった空気が解け、執務室には確かな決意が満ちていた。
ヤマトは個人的にかなり好きなキャラクターです。発言力を持つおじいちゃんとか強いおじいちゃん好きなんですよね。
アルバの部屋兼夫婦の寝室とは違い、書見台や巻物、分厚い帳面などでロマンチックな要素は皆無な「まさに仕事部屋」ということを感じて頂ければと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




