オリガの手料理
伯爵家の一連の事件から数週間。
オリガはアルバの刺繍を繕っていた。
伯爵家の騒動が嘘だったかのように、しばらくは平穏な日々が続いていた。
私は刺繍をだいぶ完成させていたが、まだアルバの手の先に何を結ぶか迷っていた。
「うーん、このアルバの指先、国民に手を差し伸べる形がいいかしら?それとも馬鎧を着けたソウタに乗っているから、国を救った英雄的なのもいいかも……」
(でもそれだと嫌なことも思い出しちゃうよね……)
私は象牙細工に縁取られた鏡台の前で思考を巡らせていると、アディがニヤニヤしながら口を開く。
「何考えてるんですか?またアルバ様のこと?」
私はまたアディに髪を整えてもらっていた。今日はアクアマリンではなくターコイズを髪に巻き込んでもらった。
「それにしてもこの見事な金色の髪、羨ましいな!ライラの懺悔の時、本当にオリガ様が女神に見えたもん!」
「そ、そうですか。この国では女神が持つ色彩ですものね。最近まで知らなかったけど……」
(アディったらいちいち大袈裟だわ。私が女神だなんて……)
「ああ、それで思い出した!オリガ様の故郷ロミナから手紙が届いていたよ。それと荷物も。何やら野菜みたいだったけど、それはすぐに台所にやったけどね」
「えっ!?私に宛てた荷物なのに??」
「だってオリガ様、料理なんかしないでしょ?心配せずとも一流の料理人が作ってくれるから大丈夫だって、それにそんな格好で台所なんかに入ったら」
「アディ!着替えを用意して!うんと動きやすい服がいいわ!」
「いや、いやいや……そもそもそんなもんはありませんよ。オリガ様は一応この国の王妃様なんですから」
「でも、そのお野菜たち、ひょっとしてズッキーニとかチーズとか入ってなかった?」
「ズッキー?何ですかそれは」
「私の好きな料理――《メランザーネ・アッラ・パルミジャーナ》よ。普通は茄子を使うんだけど、私はズッキーニを使った方が好きなの」
胸が熱くなった。両親が、私の好物を忘れずに送ってくれたのだ。
「ではその……メランザーネ何とかを料理長に作ってもらいましょ」
「ダメよ!!」
「ええ〜??何故ダメなんですか??」
「それは……私が作って、その……ゴニョゴニョ……」
「ああ〜わかりました!アルバ様に食べてもらいたいのですね!オリガ様が作った手料理を!」
「アディ!もぉ〜!直接的に言わないでよ!」
* * *
「絶対ダメだ。この国の王妃に万一のことがあったらどうする。火も刃物も使うのだぞ。お前が指先を傷つけただけでも、城中が大騒ぎになるのだぞ」
一連の話をアルバにしたら、食い気味で断られた。
アディは相変わらずニヤニヤしながらこちらを見ている。
それでも、私は諦めきれなかった。アルバに故郷の味を知ってほしい。郷里の思い出を分け合って、一緒に喜んでほしい。
「これでも私細かい作業には自信があります!それに私故郷の料理は覚えています」
「それで?」
アルバは私をまっすぐ見つめているが、話を聞く気が全くない顔をしている。アルバがこの表情をしている時は何を言っても無駄だと知っている。だけどーー。
「そ、それで、ア、アルバに……私の手料理を、食べてほしいの」
「……」
アルバはしばらく頭を抱えていた。
(クッソ、可愛いすぎるだろオリガ……)
「……そういうことなら一応許す。ただし俺直々に監督するからな。仕事を片付けてからだからな、勝手にするなよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中が一気に明るくなる。私はアルバに思わず抱きついた!
「わぁ〜ありがとうアルバ!私頑張ります!」
そう言って、私はアルバの頬に口付けた。
アルバは一瞬、凍りついたように動きを止める。
(……なんなんだこの可愛い生き物は!)
理性では「王妃を危険から守らねば」と考えているのに、胸の奥が甘く痺れるようにざわめく。
「さあアディ行きましょ!台所用の服を探さなきゃ!」
「そんなのあったかなぁ。料理長に聞いてみるか……」
シリアスな話が続いたので、ちょっぴりほのぼの話でも。オリガはアルバのために腕を振るいます。
※メランザーネ・アッラ・パルミジャーナは、オリガの故郷の割と一般的な料理のひとつです。
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