アルバの過去
アルバ視点です。
俺は花畑を見渡しながら、口を開いた。
「……ここはな、嫌なことがあると、俺がよく逃げ込んでいた場所なんだ。子供の頃から、ずっと。王になる前も、なってからも」
言葉はゆっくりと、しかし止められないように口から零れていく。オリガが成人するまでは話すまいと思っていた俺の過去……だが、今ならば。
ライラを許す、オリガの全てを包み込むような心。そして俺に向けられた真実の愛。俺はもう一度人を、オリガを信じてみようと、思ったのだ。
そして何よりオリガを失えば、もうこのように二人で語らう事もできない!
俺はそれが何より恐ろしかった。
「オリガ、聞いてくれるか。俺の過去を」
オリガは静かに頷いた。その青い双眸には、澄んだ慈愛が満ちていた。幼さを残しながらも、すべてを受け入れ、赦そうとする包み込むような温もりがそこに宿っていた。
その瞬間、風が花畑を渡り、季節を超えて咲き誇る花々が一斉に揺れた。陽の光は柔らかく降り注ぎ、オリガの頬を金色に染め上げる。
まるで天が、彼女の慈しみを祝福しているかのように――。
俺は深く息を吐き、胸に積もらせてきた重石をようやく下ろす覚悟を決めた。
「俺の過去を語らずにきたのは、お前を信じていなかったからではない。幼い肩に背負わせるにはあまりにも重く、暗いものだからだ。だが……あの布の毒で、お前を失いかけた時、思い知った。――もはや隠すことは、守ることではないと」
声は震えてはいない。ただ静かに、だが揺るぎなく。
「オリガ。俺の歩んできた影を、お前に委ねたい。光の中にいるお前だからこそ、きっと受け止めてくれると信じている」
「ええ、アルバ」
* * *
俺には、もう誰もいない。
天涯孤独――この言葉を、これほど身に沁みて知った者もそうはいないだろう。
まだバラム国が国として不安定だった頃、俺は幼くして数多の戦火を見た。諸外国の矢面に立たされ、兄たちは次々と戦場へ駆り出され……そして、帰っては来なかった。
戦死の報せを受けるたび、母の顔から血の気が引いていった。
父は現実から目を逸らすように酒に溺れ、やがて病に倒れた。王の威厳などそこにはなく、ただ弱り果てた男が一人、命を落としていった。
母は、兄たちの訃報を受けるたびに心を削られていった。食事も喉を通らず、やせ細り、最後は骨と皮ばかりの姿になって――息を引き取った。あのとき、母の手はまるで冷たい枯れ枝のようだった。
残されたのは、俺ひとり。
家族のぬくもりも、支えてくれる者もいない。ただ、崩れかけたこの国を立て直すため、王の座に座らねばならなかった。泣く暇などなかった。
勝たねばならなかった。
敗北すれば、この国は消える。兄たちの死も、母の涙も、すべて無駄になる。だから俺は、御意見番の助言を頼りに、血で道を切り開き続けた。
それからの年月、俺はただ一人で生きてきた。 誰かに弱音を吐くことも、支えを求めることもなく。王として、剣を握る手を決して緩めることなく。
俺はいつのまにか隣にいたオリガに微笑みかける。
――だから、こうしてオリガ。 お前が隣にいることが、俺には信じられないほどなのだ。
(結婚した当初、俺は愚かにもお前を遠ざけようとした。本当は好きだったのにーーその想いが強ければ強いほど、失う恐怖に怯えたのだ。だから、飾りの王妃でいてくれればいい、と自分に言い聞かせ、冷たく振る舞った)
だがそれは、愛していたからこそだ。お前を失わぬために、心ごと閉ざそうとした……
……長い間、俺はひとりで立っていた。
だが――今は違う。
「ありがとう。今や、お前だけが……俺の心の支えになっている」
ようやく口に出したその言葉は、想像以上に重く、震えていた。王としての威厳を保つために、決して人前で言えぬ弱さ。それを、俺は今、目の前の小さな少女にだけ晒している。
オリガを失いそうになって初めて、俺は気づいたのだ。
自分がどれほど愚かで、どれほど彼女に縋っていたかを。
なぜ、もっと早く言えなかったのだろう。
なぜ、失いかけるその瞬間まで、俺はこの想いを認められなかったのか。
――馬鹿な男だ。 数多の戦場を生き抜き、幾千の敵を退けてきた王が、たったひとりの少女の前ではこんなにも無力で、脆い。
俺は、唇を噛みしめる。 それでも、いま胸に渦巻く想いだけは真実だ。
「オリガ……お前を、二度と離しはしない」
オリガが成人するまではと話せなかったアルバの過去。今回オリガに打ち明けた理由の一番は、ライラの布事件を通して「オリガを失いたくない」という想いが強くなったからだと思います。かなり重い話なのに話してくれてありがとうアルバ!
個人的に最後のアルバのセリフ、好きですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




