アルバの怒り
視点がまた三人称になってしまいました。読みにくかったらすみません!
医師が駆け込んできたのは、アルバの絶叫がまだ部屋に響いていた時だった。
やってきた医師はすぐに脈を測り、オリガの瞳を覗き込み、香の染み込んだ布に顔を寄せる。やがて額の汗を拭いながら低い声で言った。
「どうなのだ!?オリガは……」
「――命に別状はございません。ただ、糸に仕込まれていた香料が強すぎましたな。毒に近い作用を持ち、衰弱と高熱を引き起こしております。安静にさえすれば、やがて落ち着くでしょう」
「……そうか」
その言葉に、アルバの胸の奥を締め付けていた黒い手が、かろうじて少しだけ緩んだ。
腕の中のオリガの体はまだ熱を持ち、呼吸は浅い。だが、死の淵から引き戻された――その事実だけが、彼をわずかに支えていた。
だが安堵は束の間。
次に心を満たしたのは、冷たく鋭い怒りだった。
「……香料だと?」
次の瞬間、アルバの全身からは灼けるような怒気が放たれた。
剣を抜いたわけでもない。怒鳴り散らしたわけでもない。
ただ、ゆっくりと立ち上がっただけだった。
だがその仕草に、伯爵たちの背筋は氷の刃で切り裂かれたかのように強張った。
アルバの瞳が鋭く細められる。
その視線は、まるで首を刎ねる刃そのもの。誰に向けられるともなく、ただ空間を貫いただけで、伯爵の喉は息を呑む音さえ出せなくなる。
(ひとたび疑いをかけられれば、この場で首を落とされる……)
誰もがその幻影を見た。
実際、アルバが一歩でも近づけば、剣も法も不要だった。彼の決断ひとつで、血飛沫が絨毯を染めることなど容易に想像できる。
だからこそ、伯爵も侍従も、呼吸を潜め、凍りついたように身じろぎ一つできなかった。
アルバの声は低い。だが、抑え込まれた怒気がその一音一音に研ぎ澄まされた刃を宿す。
「侍従長」
「はっ!」
「この布の出所を洗え。一糸の曖昧さも許すな」
剣を抜くより恐ろしい命令だった。
誰もがその場で背筋を伸ばし、少しでも失策をすれば首が飛ぶのは自分かもしれぬと悟る。
広間の空気が張り詰め、誰一人として言葉を発せなくなる。
「……カミラ」
「はい」
低く抑えられた声に、しかし剣より鋭い殺気が宿っていた。
「お前は他の侍女と協力して伯爵の部屋をくまなく調べろ。何かあればすぐに教えろ」
「承知しました」
短い命令の一つひとつが、広間の空気をさらに重くする。
「カレド公」
「ひゃい!!」
「お前がオリガに布を贈ったのだったな……」
低く押し殺した声。その一言だけで、広間の空気は凍りついた。
カレド伯爵の喉はひりつき、声は出ず乾いた息しか漏れない。奥歯が恐怖でガチガチと鳴り、静寂の中、その音ばかりがやけに大きく響いた。
「ことと次第によっては……わかるな?」
アルバの瞳は闇の底から冷光を放ち、青白い炎が揺らめいているかのようだった。激情の赤ではなく、凍てつくように澄んだ青。その冷たい炎は、ただ一人、カレド伯爵だけに向けられ、逃げ場を奪う。
周囲の誰もが声を失った。怒号も剣もいらない。ただ王の纏う冷たい殺気が、伯爵の心臓を締め上げる縄となり、呼吸を奪っていった。
「わか、わかりました……」
カレド伯爵はやっと喉の奥からその言葉だけをひり出すと、アルバ王の殺気に恐怖で顔が真っ白になり、その場に崩れ落ちた。
* * *
アルバの視線がふと柔らかさを帯びた。 腕の中に眠る少女へと注がれる眼差しは、氷が音を立てて解け落ちるように、静かに熱を取り戻していく。
汗に濡れた髪をそっと撫で、熱を持つ頬に指先を添える。 その仕草には、先ほどまで広間を支配していた殺気の一片もない。ただ、ひとりの男の、ひとりの妻を失いたくないという祈りがあった。
「オリガ……俺の心はお前でなければ決して照らせない……」
囁きは誰の耳にも届かぬほど弱く、しかし胸を抉るほど切実だった。 王としての冷徹と、夫としての脆さ。 その二つの相反する姿を見せつけられた伯爵たちは、誰ひとりとして顔を上げられなかった。
* * *
アルバはそっと身を屈め、オリガの耳元に唇を寄せた。
誰にも聞かせたことのない、たった一人、オリガにだけ向ける声で囁く。
「……オリガ、俺の光」
それは風に溶けるように小さく、それでいて夜の静寂を震わせるほど真実味を帯びていた。
アルバは相当怒ってますね!当然だ!
アルバの静かな怒りと冷酷さ、伯爵に向ける殺気に、広間の張り詰めた空気、伯爵の喉のひりつき具合などで感じていただけると嬉しいです。
怒りが静かすぎてわかりにくいなどの感想があると思うんだけど(ないかもしれませんけど)アルバは決して怒りを表に出したり、激高したりしないんです。
申し訳ない!
オリガ(※ただしオリガが聞いてない時に限る)にだけ向けられる確かな愛情。アルバの不器用さもだんだん解れてきたような気がします。
ここまでお読みいただきありがとうございました!




