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わがまま王妃の奮闘記!  作者: 杉野みそら
第五章

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アルバの怒り

視点がまた三人称になってしまいました。読みにくかったらすみません!

 医師が駆け込んできたのは、アルバの絶叫がまだ部屋に響いていた時だった。


 やってきた医師はすぐに脈を測り、オリガの瞳を覗き込み、香の染み込んだ布に顔を寄せる。やがて額の汗を拭いながら低い声で言った。


「どうなのだ!?オリガは……」


「――命に別状はございません。ただ、糸に仕込まれていた香料が強すぎましたな。毒に近い作用を持ち、衰弱と高熱を引き起こしております。安静にさえすれば、やがて落ち着くでしょう」


「……そうか」


 その言葉に、アルバの胸の奥を締め付けていた黒い手が、かろうじて少しだけ緩んだ。


 腕の中のオリガの体はまだ熱を持ち、呼吸は浅い。だが、死の淵から引き戻された――その事実だけが、彼をわずかに支えていた。


 だが安堵は束の間。


 次に心を満たしたのは、冷たく鋭い怒りだった。


「……香料だと?」


 次の瞬間、アルバの全身からは()けるような怒気が放たれた。

 剣を抜いたわけでもない。怒鳴り散らしたわけでもない。 

 ただ、ゆっくりと立ち上がっただけだった。


 だがその仕草に、伯爵たちの背筋は氷の刃で切り裂かれたかのように強張った。


 アルバの瞳が鋭く細められる。

 

 その視線は、まるで首を()ねる刃そのもの。誰に向けられるともなく、ただ空間を貫いただけで、伯爵の喉は息を呑む音さえ出せなくなる。


(ひとたび疑いをかけられれば、この場で首を落とされる……)


 誰もがその幻影を見た。 


 実際、アルバが一歩でも近づけば、剣も法も不要だった。彼の決断ひとつで、血飛沫が絨毯を染めることなど容易に想像できる。 

 だからこそ、伯爵も侍従も、呼吸を潜め、凍りついたように身じろぎ一つできなかった。

 アルバの声は低い。だが、抑え込まれた怒気(どき)がその一音一音に研ぎ澄まされた刃を宿す。


「侍従長」


「はっ!」


「この布の出所を洗え。一糸の曖昧さも許すな」


 剣を抜くより恐ろしい命令だった。

 

 誰もがその場で背筋を伸ばし、少しでも失策をすれば首が飛ぶのは自分かもしれぬと悟る。

 広間の空気が張り詰め、誰一人として言葉を発せなくなる。


「……カミラ」


  「はい」


 低く抑えられた声に、しかし剣より鋭い殺気が宿っていた。


「お前は他の侍女と協力して伯爵の部屋をくまなく調べろ。何かあればすぐに教えろ」


「承知しました」


 短い命令の一つひとつが、広間の空気をさらに重くする。


「カレド公」


「ひゃい!!」


「お前がオリガに布を贈ったのだったな……」


 低く押し殺した声。その一言だけで、広間の空気は凍りついた。

 カレド伯爵の喉はひりつき、声は出ず乾いた息しか漏れない。奥歯が恐怖でガチガチと鳴り、静寂の中、その音ばかりがやけに大きく響いた。


 「ことと次第によっては……わかるな?」


 アルバの瞳は闇の底から冷光を放ち、青白い炎が揺らめいているかのようだった。激情の赤ではなく、凍てつくように澄んだ青。その冷たい炎は、ただ一人、カレド伯爵だけに向けられ、逃げ場を奪う。 


 周囲の誰もが声を失った。怒号も剣もいらない。ただ王の纏う冷たい殺気が、伯爵の心臓を締め上げる縄となり、呼吸を奪っていった。


「わか、わかりました……」


 カレド伯爵はやっと喉の奥からその言葉だけをひり出すと、アルバ王の殺気に恐怖で顔が真っ白になり、その場に崩れ落ちた。


* * *


 アルバの視線がふと柔らかさを帯びた。 腕の中に眠る少女へと注がれる眼差しは、氷が音を立てて解け落ちるように、静かに熱を取り戻していく。

 

 汗に濡れた髪をそっと撫で、熱を持つ頬に指先を添える。 その仕草には、先ほどまで広間を支配していた殺気の一片もない。ただ、ひとりの男の、ひとりの妻を失いたくないという祈りがあった。 


「オリガ……俺の心はお前でなければ決して照らせない……」


 囁きは誰の耳にも届かぬほど弱く、しかし胸を(えぐ)るほど切実だった。 王としての冷徹と、夫としての脆さ。 その二つの相反する姿を見せつけられた伯爵たちは、誰ひとりとして顔を上げられなかった。


 * * *


 アルバはそっと身を屈め、オリガの耳元に唇を寄せた。

 誰にも聞かせたことのない、たった一人、オリガにだけ向ける声で囁く。


「……オリガ、俺の光」


 それは風に溶けるように小さく、それでいて夜の静寂を震わせるほど真実味を帯びていた。


アルバは相当怒ってますね!当然だ! 

アルバの静かな怒りと冷酷さ、伯爵に向ける殺気に、広間の張り詰めた空気、伯爵の喉のひりつき具合などで感じていただけると嬉しいです。


怒りが静かすぎてわかりにくいなどの感想があると思うんだけど(ないかもしれませんけど)アルバは決して怒りを表に出したり、激高したりしないんです。

申し訳ない!

オリガ(※ただしオリガが聞いてない時に限る)にだけ向けられる確かな愛情。アルバの不器用さもだんだん解れてきたような気がします。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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