銀糸の甘い香り
三人称です。
贈り物の布をどのようにしつらえるかワクワクして広げるオリガだったが……
オリガはアルバと別れて、贈り物を預けるために一旦伯爵に用意された部屋にいた。
オリガは一度は遠慮したものの贈られた布を大層気に入っていた。
「どのようにしつらえようかしら。特別な日のためのドレスもいいかもしれないわ」
オリガが紫地に銀糸を織り込んだ布を胸に抱いた瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。花の蜜のように濃厚で、けれどどこか鋭い香り。胸の奥をざわめかせ、視界がきらめく。
「……あれ……?」
思わず眉を寄せたオリガの耳に、伯爵の声が優雅に響いた。
《この布は、夜空を映す鏡。どうかオリガ様の手で、新しい物語を与えていただきたい。きっとオリガ様をより一層輝かせるでしょう》
伯爵の声が遠くで聞こえ、目の前が揺れ、頭がクラクラする。現実が遠のいていく。視界の端で、銀の糸が揺れ、そこから無数の光が溢れ出す。
――星が、零れている?
(ちがう……これは……)
オリガの身体がふらりと揺れ、異変に気付いたアディが思わず声を上げる!!
「オリガ様!」
しかしオリガの膝は崩れ落ち、布を抱えたまま床に倒れ込んでしまった。額にはじわりと熱がこもり、頬が赤く染まっていく。
「ど、どうしたんだよ!! 誰か! アルバ様! お医者さま!いないの!?」
アディがオリガの体を支えて声を荒げ、カミラをはじめとした従者たちが走る。
その陰で、柱の影に潜むひとりの娘が、薄く唇を歪めていた。
カレド伯爵の一人娘――ライラ。齢十八の、うら若き女性は、アルバに密かな想いをつのらせていた。
(効いてきた……糸に染み込ませた香料の力。あの女さえ倒れれば……アルバ様はきっと、私を……)
ライラの瞳は熱を帯び、憧れと嫉妬に揺れていた。
オリガを苦しめるその姿を想像するだけで、胸の奥が甘美に震える。
オリガは意識が遠のきながらも、布の香りに気づいていた。
(……これはただの……染め布じゃない……何か……仕掛けられて……)
熱に浮かされるようにオリガの意識は途切れ、暗闇に沈んでいった――。
「オリガッ!」
伯爵が呼びかけるよりも早く、別室にいたアルバが扉を蹴破らん勢いで駆け込んできた。視線が倒れ込む妻を捕らえた途端、アルバの顔は蒼ざめ、血の気を失っていく。
「どうして……! さっきまではしゃいでいたじゃないか! おい、オリガ! 目を開けろ!」
いつもの冷静沈着な威厳などどこにもなかった。アルバは床にひざをつき、オリガの細い体を乱暴に抱き上げる。指先は震え、肩も震え、必死にオリガの額へ手を当てる。熱い。あまりにも熱い。
「……っ! こんなに……熱が……」
アルバの胸の奥に黒い恐怖が広がる。背筋に冷たいものが走り、血の気がサーッと引いていく。
国を動かす王である前に、俺の妻、オリガは――かけがえのない、自分の半身なのだ。
オリガを失えば、国も権威も、何もかも無意味だ。
「誰か! 医師を! 水を! 急げ!!」
声は怒鳴り声ではなく、必死の叫びだった。周囲の貴族や従者は、初めて見る王の狼狽に息を呑む。
「オリガ、頼む……俺を置いていくな。まだ、俺の傍に居てくれ!!」
震える手で頬を撫でる。薄く開いた唇に、息を感じる。それでも心臓を握り潰されるような恐怖は消えない。
「死ぬな……頼むから、死ぬな……!」
アルバの声は嗚咽にかすれ、額をオリガの頬に押し当てた。
王の姿はそこにはなく、ただ一人の愛する女を失うかもしれぬ男の、剥き出しの絶望があった。
――その様子を、柱の陰から見ていたライラ。オリガが困ればほんの少しでも……と期待していた胸の内が、音を立てて崩れ落ちる。
オリガが羨ましかった。妬ましかった。アルバ様の横に立ってのほほんとしているオリガが!!本来ならそこに立っていたのは自分だったかもしれないのに!
けれど、あの必死に縋るアルバの姿を見せつけられてしまえば、彼の心が決して自分には向かぬことは明白だった。
どれほど策を弄しても、あの女には敵わない。
二人を隔てるものはなく、まざまざと突きつけられる絆の強さは、ライラの胸を焼き尽くした。
ライラー!!!!怒
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