西の森の花畑
今日は西の森の探索です。俗っぽく言うとただのデートです。
「今日は西の森の探索で終わらせる予定だったんだが、その辺りを統治している伯爵にぜひ食事をと言われてな。どうする?断る事もできるが……」
「ええ!喜んでご一緒したいわ!バラム城以外の方に認知されるチャンスでもあるし……」
「あまり根を詰めすぎるなよ。リアムの一件からまだそんなに経っていないのだから」
「もぉ〜、アルバは心配症ですね!心配しなくても私は元気ですよ!」
そう言って私は、全然ありもしない握りこぶしを作ってみせた。
「ふっ、なんだそれは。砂糖菓子みたいに柔らかそうな拳だな」
「筋肉がなくて悪かったですね!アルバがムキムキすぎるんです!」
「ははは、オリガは本当に可愛いなぁ」
そう言ってアルバはいきなり私を横抱きにしてきた。
「見ろ、オリガくらいなら羽根より軽い。俺にかかれば、この程度は息をするようなものだ」
「なっ//いきなりやめてくださいよ……」
そう言いながらも、私はアルバの力強い腕に胸が熱くなる。
私たちはだいぶ打ち解けてきた気がする。最初の頃は硬い表情しかしなかったアルバも、最近は頻繁に笑うようになった。
ソウタに乗って揺られていると、西の森の奥に、突然ひらけた花畑が広がった。
風に揺れる花々から甘やかな香りが漂い、蜂の羽音が小さく耳をかすめる。陽の光が木漏れ日となって落ち、花弁の一枚一枚を宝石のように照らしていた。私は思わず深く息を吸い込む。胸の奥まで澄んだ香りで満たされて、心まで洗われる気がした。
切り株に腰掛けるアルバが、その景色を見渡しながら口を開く。
「嫌なことがあると、よくここで考えごとをしていた。木漏れ日と花の匂いに包まれると、不思議と平静を取り戻せるんだ」
普段は表情を崩さないアルバが、少し柔らかい声でそう言った。私は胸が詰まる。――アルバにも、こんな場所で心を休めていた時があったんだ。私はまだ、この人のことを何も知らない。
「アルバ……いつか、あなたの過去や悩んでいることを聞かせてください。私に話すことで、少しでも楽になるのなら」
私の言葉に、アルバは驚いたように目を見開き、それから微かに笑んだ。
「オリガ、その気持ちだけで十分嬉しい。だが――まだ話せない。この王としての重圧は、お前には重すぎる」
(……それでも俺は、この森をお前に見せた。誰にも触れさせなかったこの場所を。
それが俺の精一杯の証なんだ――オリガ、お前にだけは心を開いているのだと)
「私はもう十六歳です!」
思わず声が大きくなる。
けれどアルバは、頑なに首を振った。
「まだ十六だ。俺が本心を語るのは……お前が二十歳になってからだ」
「あと四年もあるじゃないですか!」
「あと四年しか、だ」
その声音には、揺るがぬ意志があった。優しげに微笑んでいても、その目は頑固そのもので、譲るつもりがないことがはっきり伝わってきた。
私は口を尖らせて視線を逸らす。悔しいけれど、どんなに訴えても彼は聞き入れないのだろう。王としての強情さと、私を守ろうとする優しさが、同じところから来ているのだと分かっていても……胸の奥で小さな苛立ちが燻る。
その時、アルバの愛馬ソウタが鼻先で私の肩をつついた。
「あっ……」
バランスを崩した私を、アルバが素早く抱き止める。突然、視界いっぱいにアルバの整った顔が迫り、思わず頬が熱を帯びるのを感じた。
紅潮した顔を見られたくなくて、アルバから視線を逸らす。
悔しいけれど――分かっている。アルバは私よりもずっと年上で、成熟した男で、筋肉の鎧のような体を持っている。その腕にかかれば、私は羽のように軽く抱き上げられてしまう。背丈も、腕力も、経験も、何ひとつ勝てるものはない。そう思うと悔しいけれど、同時に安心する自分もいる。
至近距離で見上げた彼の顔は、木漏れ日の影を受けて輪郭が柔らかく縁取られていた。
唇が近づき――私は反射的に目を閉じる。
(あっ、キスしちゃう)
キスは何回もしている。でもこのキスはいつものそれとは少し……
結婚式や最初に朝食を一緒にした頃とは違う、慈しむような、包み込むような。
……熱が、耳にまで広がった。
やがてアルバがふっと顔を離し、何事もなかったかのように言った。
「今日は、この辺りを統治している伯爵の屋敷に一泊しよう。――“染物”で栄えた領地だ、鮮やかな色彩が楽しめるはずだ」
唐突に話を逸らされた気がするけれど……まあいいわ!
「ソウタ、私たちを仲直りさせてくれたの?本当にお利口さんね……」
私はソウタの艶やかなたてがみに頬を寄せながら、小さく息を吐いた。
ぶるる、とソウタが首を振る。その顔はどこか誇らしげだった。
ソウタ、グッジョブ……
四年後と言わずいつかアルバの過去を話してくれる時が来るといいね!アルバはこれでもオリガにはかなり心を開いています。花畑をオリガに見せたのがその証明ですね。わかりにくいですが。汗
ここまでお読みいただきありがとうございました。




