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1-4「正義の少数派」

「おい、トワ……俺の……兄ちゃんが……死んだ……」


その言葉で、僕はベッドから飛び起きた。

ソラの目には、溢れるほどの涙が滲んでいる。


ソラの兄が、死んだ……?


脳裏にアラタ兄ちゃんとの記憶が駆け巡る。

いや、これは……まるで思い出したというより、たった今“インプット”されたかのような奇妙な感覚だった。


「おい、ソラ!一旦落ち着け!どういうことか、ちゃんと教えてくれ!」


「だから言ってんだよ……兄ちゃんが死んだんだよ!頼む、来てくれ!」


ソラの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪み、息も絶え絶えだった。

僕は急いで服を着替え、彼の家へと駆け出す。



10分ほど走って、ようやくソラの家に辿り着いた。

そこには、村中の人々が集まっていた。

まるで事故現場に群がる野次馬のように、みんなが口々に囁き合っている。


その人混みをかき分けて、僕は家の中へ駆け込んだ。


「トワ!こっち、兄ちゃんの部屋!」


ソラに導かれ、アラタ兄ちゃんの部屋に入る。


ベッドには、彼が静かに横たわっていた。

体は既に硬直し、呼吸も気配もない。……誰が見ても、それは“死体”だった。


傍らにはソラの両親がいた。

父はうつむいて立ち尽くし、母は口を押さえて嗚咽を堪えていた。


「兄ちゃん!兄ちゃんっ!」


ソラが駆け寄り、その体に触れようとした瞬間

——


「やめろ、ソラ!アラタに触るな!悪魔が移るぞ!」


ソラの父が、怒鳴り声をあげた。


……悪魔?


その言葉に、僕は違和感を覚えた。

外傷も苦しんだ様子もない。まるで安らかに眠っているような死だった。


「兄ちゃんは悪魔なんかじゃない!俺の、大事な兄ちゃんだ!」


「違う……こいつは“ドリーマー”だったんだ……ザドキエルに魂を売ったんだよ。見ろ、この腕を」


父がアラタ兄ちゃんの右腕をまくると、そこには赤く浮かび上がった“0”の数字。


僕も、思わず自分の右腕の袖をめくる。

そこには、黒く“95”の数字が刻まれていた。


「この数字……ゼロになったら死ぬってことか……?」


ソラの父は、重く口を開いた。


「普通に生きていれば、この数字は減らない。100のままだ。お前たちも、そう教わったはずだろ?」


「じゃあ……兄ちゃんは普通じゃなかったってことかよ!?兄ちゃんはいつも“夢なんか持つな。普通に生きろ”って言ってたんだぞ!」


「だが、それが嘘だったんだ……アラタは夢を追っていた。だからこそ、命を削ったんだ」


「まさか……兄ちゃんが……“ドリーマー”だったなんて……」


その時、母が何かに気づいたように呟く。


「そういえば、最近……服も身体も、いつも泥だらけで帰ってきてた。仕事だって言ってたけど……あの子、本当は……」


ソラは拳を握りしめ、俯いた。

だがその背に、絶望の色はなかった。

代わりに、何かを決意したように僕を見つめた。


「トワ……ちょっと、付き合ってくれ」


「……わかった」


僕は黙って頷いた。

彼の中で、何かが繋がったと感じた。



ソラはゆっくりと歩きながら、何かを思い出しているようだった。


「確か……こう行って……あの木の下だったと思う」


気づけば、僕たちは家の裏庭に出ていた。

数本の木が立ち並ぶ中、ソラは一本を見定めて土を掘り始めた。


「……あった!これだ!」


彼が両手で掘り起こしたのは、手のひらより大きいが両手で抱えられるくらいの木箱だった。


「それ……なんなんだ?」


「1年くらい前に兄ちゃんに言われたんだ。“もし俺が死んだら、この箱をお前が見つけろ”って」


「中には何が入ってるか、聞いてたのか?」


「いや……そのときは冗談だと思っててさ……本当に死ぬなんて思ってなかった」


「……開けてみよう」


僕とソラは、箱をゆっくりと開ける。


中には、紙の入ったガラス瓶と、辞書ほどの分厚い日記帳が入っていた。


分厚い本には、アラタ兄ちゃんが10年近く書き続けた日記がびっしりと綴られていた。

そして瓶の中の手紙には、こう記されていた——



ソラへ


お前がこの手紙を読む頃、俺はもうこの世界にはいないだろう。

本当は、これを残すべきかずっと悩んでた。


お前は昔から、まっすぐすぎるほど優しくて、

誰かのために動ける人間だった。

そんなお前を、ずっと誇りに思ってた。


だからこそ、この世界の闇を、お前にだけは背負わせたくなかった。


ずっと「夢なんて持つな」「普通に生きろ」と言ってきたのは、

お前を守りたかったからだ。

本当は、俺も信じてたんだ。

どこかに“お宝”があることを。

“ドリーマー”が世界を救う存在だってことを。


隣村の図書館で、世界の真実を読んだ。

でも、それを知った俺には、何もできなかった。


俺にできたのは、せめてお前を守ることだけだ。


でももう、限界が来た。


この箱にあるものは、ただの形見じゃない。

お前がいつか進むための、“鍵”だ。


信じるかどうかは、お前の自由だ。

でも、もし進むなら……どんな未来でも、お前なら変えられる。そう信じてる。


どうか生きてくれ、ソラ。

夢を、捨てないでくれ。


——アラタより



ソラは手紙を読み終えると、そこに挟まっていた小さな鍵を手に取った。

握りしめるその拳に、涙はなかった。


「……トワ、今日は一杯だけ付き合ってくれよ。……最後の酒だ」


その瞳には、確かに“希望”の光が灯っていた。

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